真実と向き合って
第91話 秋の足音と共に
私とリゼとがお互いに秘めていた想いを吐露し合ってからというもの、彼女と私の関係の中にもこれまでには無かった大きな変化が生まれた。
それは、お互いに心から好きだという気持ちを隠したり誤魔化したりはせず、私を取り巻く身近な人たちの前でも憚ることなくその意思をはっきりと宣言するようになったということで、決して所かまわず愛をみだりに語り合うというものではなく、私とリゼの繋がりが如何なるものであるかを、あらぬ誤解や憶測を挟まれる余地が無いように、自分たちの方から努めて周知させるということに他ならなかった。
最初に話を聞いてもらったレイラは、私たちの旅には途中から加わった仲間であるものの、その道中で私たちの昔話を詳しく聞かされていたことも手伝ってか、かなり前の段階から私とリゼとの繋がりを、ただの友達同士をとうに通り越した関係だと思っていた旨を聞かされて少し驚いた。
またエフェスには、まだそういった物事を言葉で聞いただけで咀嚼することはかなり難しいのではないかと考えていたものの、彼女はその本質自体を何処か理解していたようで、逆にこちらがその返事に窮してしまうほどだった。
そして最後に事の成り行きを伝えたシャルは話を聞くなり、傍らのエステールと見合いながらとてもにこやかな表情を浮かべて喜びの意を満面に表し、親戚の叔母さん然とした雰囲気で私たちの肩を景気付けに何度も叩いた一方で、さらにリゼには何か個人的な内容を耳元で囁いていたようだった。
この二人は以前にも何か不思議なやり取りをしていたように感じられたものの、特に悪い気配のようなものは伝わってこなかったため、敢えて私がリゼにその内容を訊ねるようなことはしなかった。
こうして身近な人たちが皆、これまでとは大きく変わった私たち二人のことを暖かく受け容れてくれたことに対して、私とリゼは二人でその喜びを噛み締め合うと共に、お互いが持つ想いのかたちを今の私たちが出来る範囲で届け合い、さらに自分たちのこれからを創るために今まで以上に頑張って、それをより一層素敵なものにしていこうと誓い合ったのだった。
それから新たな想いを胸にそれぞれが新たな一歩を踏み出し、私も己の進むべき道を究めんと研鑽する一方で、時にはシャルの屋敷地下に設けられた修練場にてレイラまでをも巻き込んで心身の鍛錬に励み、そうして慌ただしく過ぎゆく日々にこの身を任せている間にいつしか季節の巡りはその歩みを進めていたらしく、ふと気が付いた頃には、私たちがフィルモワールに辿り着いてから早三か月もの月日が過ぎ去ろうとしていた。
***
「へぇ……最近は注文や意見書の数がかなり増えているようですね、メル?」
「ええ、リゼ。最初は
開店当初は周囲の人たちも私の店が一体何の店なのかがよく判っていなかったらしく、興味本位で足を運んでくれたであろう人がちらほら見られただけであったものの、リゼたちに手伝ってもらって制作したチラシの配布や、最初に訪れたお客さんたちからの伝聞があってか店を訪れる人たちの数は徐々に増え始め、既製品の注文に加えて、これから作って欲しい商品の希望などを記せる意見書にも次第に多くの書き込みが寄せられるようになっていた。
「でもこの商品希望のところは……何だかすごいものがありますね。例えばこの、好きな人を絶対に振り向かせるお薬が欲しいですって……媚薬ってやつのことでしょうか? そんな薬で振り向かせた気持ちなんて、本物じゃないでしょうに。自分自身が相手に想いをぶつけなくてどうするんですか……これは、没ですね!」
「あっ、一人で勝手に審査しちゃだめよリゼ。寄せてもらった意見にはあとでちゃんと全部目を通した上で、作るかどうかを決めるのだから。まぁ、それは悪用されたら大変なことになりそうだから、ちょっと遠慮したいところだけれど」
「え? 遠慮したいって……ひょっとして作ろうと思えば作れるんですか?」
「うぅん、世の中には本当に色々な材料があるからね。おそらく不可能ではないと思うわよ。実際、近いものなら今の私でも作れるかもしれないもの」
「それって本当ですか……? はぁ、やはり錬金術ってすごいというか、ちょっと恐ろしいくらいかも……」
リゼは相変わらずピッツァ作りの修行に精を出しているものの、彼女が休みの日には調合用の資材を運んでもらったり、商品の包装を手伝ってもらったりもしていた。また最近彼女は、その休みの合間を利用してお菓子作りの練習も始めたらしく、よく失敗を繰り返しながらも少しずつその腕を上げてきているようだった。
そしてちょうど今も、このオーベルレイユと対を成す美の都、グランフィリエで流行っているという、中に紙状のくじが挟まれている面白い焼き菓子を作っているという。ただ加熱に使う調理器具の使い方がロイゲンベルクのそれとは異なるらしく、その扱いには少し手を焼いているようだった。
「それにしても最近は日中でも随分と過ごしやすくなってきましたよね。ついこの間まであんなに暑かったのに、あっという間に衣替えの時期になっちゃいそうです。正直、もうちょっとだけ海の方に多く遊びに行きたかったですよ」
「ふふ、水に入れなくても楽しみ方はまだ幾らでもあるわ。今度、皆で一緒に浜辺で花火でも楽しみにいきましょう」
「え? 花火って、よくお城で祝祭の時に打ち上げられる、あの……?」
「そんな大層なものじゃないけど、皆が手に持って楽しめるくらいのものなら私でも調合できるわ。まぁ実物を見れば分かるから、楽しみに待っていて頂戴」
「手に持って……? へぇ、それはまた楽しみですね」
「ええ……そういえばリゼ、上の方はまだそのままで大丈夫なの?」
「上の……? あっ! いけない……そろそろ出さないと焦がしちゃう! すみませんメル、また後で!」
「やはり忘れて……お願いだからまた真っ黒のを持ってこないで頂戴よ……リゼ」
すると裏口を抜けて外の階段を駆け上がるように戻って行ったリゼと入れ替わるようにして、店の戸から来客を知らせる鈴の音が鳴り響いた。
「あ……いらっしゃいませ」
「こんにちは。こちらに錬金術で作られた不思議な商品が色々あると聞きまして……ちょっとお店の中を見せてもらってもいいですか?」
「ええ、もちろんですわ。どうぞ手に取ってご覧になってください。商品についてご不明な点がございましたら、いつでもお気軽にお申し付けくださいね」
現在店内の商品棚には、これまで寄せられた意見や希望も反映した上で、様々な調合品を陳列してある。それは歯磨き粉や髪油といった日用品に始まり、胃腸の働きを整える整腸剤や下痢を抑える止瀉薬に加え、
ちなみに最近までは日焼け止めの効果を持った軟膏剤と、肌に潤いを齎す保湿効果を持った化粧水といった美容品、そしてかつてシャルから渡されたものをもとにして作った輪っか状の強力な浮具なども、海難防止用品としてよく売れていた。
「ほう、本当に普通のお店にはないような商品が色々と……これは何ですか?」
「それは様々なお花から色素を抽出して作った
「へぇ……すごいですね。それにしても、これだけ魅力的な商品が幾つも置かれてあれば、お店が順調にいっているのも頷けますよ、メル」
「えっ? あなた……もしか、して……?」
近くでまじまじと見た彼女の
「こちらでは……初めましてですね、メル。お元気そうなご様子で、何よりです」
「あなた、エヴァ……よね? 前に会った時の雰囲気とあまりにも違い過ぎて、こうして間近で見るまで、誰なのか全く判らなかったわ」
「今日は……アンリエッタとしてここに来ましたから」
「アンリエッタ……それが、あなたの本当のお名前なのね?」
「はい。アンリで構いませんよ」
「では、アンリ。良かったらこの後一緒にお茶でもどうかしら? ちょうどリゼの作った焼き菓子が出来上がるところなの。私の後ろに休憩用の小部屋があるから、そちらで頂きましょうよ」
「そうですね……では、お言葉に甘えて――」
「エヴァさん! ちょっと……!」
その時、店の戸を荒々しく開けると共に店内に入ってきた女性が、真っ青な顔をしながらアンリが持つもう一つの名前を呼び、彼女に何かを伝えたようだった。
「……話は、分かったわ。今すぐにそちらに向かうから待っていて」
「はっ。では、また後ほど……」
「何かあったの……? アンリ」
「その……エセルが、移送先の施設からその姿を……消しました」
「何……ですって……?」
エセル。エフェスと瓜二つの顔かたちをし、その命を執拗に付け狙う神理を描く少女。先に私たちとも死闘を繰り広げ、リゼは危うくその命を落とすところだった。結果的にエセルは、当時エヴァと名乗っていた……このアンリエッタによって捕縛され、この国内の何処かにあるという厳重な警備体制が敷かれた施設に収監されていたはず。しかしその彼女が、其処から姿を消したということは……。
私たちにようやく訪れたこの平穏な時間が、早くも終わりの刻を告げているのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます