閉ざされていた真実
第25話 成すべきことを成すために
「レイラ、ちょっといいかしら。どうか、今からいうことをよく聞いてね」
「えっ……あ、はい」
「もし明日中に私とルイズ、そのどちらかがここに戻らなかったら……この書簡を持って、ロイゲンベルク王国にあるキルヒェンシュヴァイクを目指しなさい。そしてこれが当座の資金よ。あとはこの紙に目的地への順路と、あなたの力になれるかも知れない人が居る場所も、併せて記しておいたから」
「エミーリアさんたちが戻らなかったらって、そんな……こと」
「最悪の事態は想定しておかないと、関係者であるあなたの身も危なくなる。私とルイズは、あちら側の使いがここに到着次第、共に屋敷へと向かう。あとは実際にその時を迎えなければ、どうなるか分からないから……もしもの時は、ね」
――キルヒェンシュヴァイクには、ディートリンデという同年代の知人が居る。
彼女は私たちが通っていた学院の校長、その孫娘で、人から恐れられ一般的には排除すべき存在だとされている妖魔にも、規律さえ守れるなら、人の世で暮らす権利は十分にあると主張する、数少ない擁護派の一人だった。
妖魔の存在は私にとって、母を失うことになった元凶でもあったが故に、彼女とはよく意見の対立から衝突を繰り返したものだけれど、そんな彼女であれば、妖魔と人間……その中間の立場に置かれたレイラの特異な境遇に対しても、きっと一定の理解を示すに違いなく、決して悪いようにはしないはず。
少なくとも私が知り得る中では、レイラのことを任せられる、唯一の人間。
伯爵に保護を願い出るどころではなくなった以上、今は彼女を頼るほかない。
「ただいま戻りました、エミリー。今しがた下で使いの方と鉢合わせになりましたが……このまますぐに出られますか?」
「ええ。ちょうどこちらの用事も終わったから問題ないわ。このまま屋敷へと向かいましょう。では……レイラ。行ってくるわね。きっと、またここへ戻ってくるから」
「エミーリアさん……ルイーゼさんも。どうか、ご無事で。私、ここでずっと待っていますから」
***
彩り豊かで、豪華絢爛な料理の数々。しかし今の私に舌鼓を打てるほどの余裕は微塵もなく、まるで味のしない、色の抜け落ちた鉛玉を、次々に口の中へと運んでは、ただそのまま
「そういえば……エミーリア君。君たちは、妖魔が人を監禁していたという施設で、他に何か手がかりになるようなものは見つけたのかい? あるいは、監禁されていた彼女らから得られた新しい情報などがあれば、耳に入れておきたいのだが」
「いえ。大変残念ながら、そういったものは何も。恥ずかしながらあの時は、囚われていた人たちの救出、その一点に集中していたあまりに、周りを見回す余裕が無く、そして彼女らもまた、落ち着いて話が出来るような状態ではありませんでした」
「ふむ……無理もないだろう。まぁ、あとはこちらから派遣した調査員から、何かしらの情報が得られるはずだ。さて、君たちが請うていた運河利用の許可についてだが、此度の功績を称え、特別にこの許可証を発行させてもらった。私から君たち二人に対する、せめてもの返礼として、心置きなく受け取りたまえ」
ようやく手に入れた、グラウ運河を渡るために必要不可欠な利用許可証。
これさえあれば、私たちはフィルモワールへと通じる水路を渡ることが出来る。
しかし今晩、リゼと共にここへ赴いたのは、これを貰うためだけではない。
「この度は身に余るご厚情を賜り、本当に感謝の言葉もありません。これで、私共は次の目的地へと向かうことが出来ます」
「確かフィルモワールへ向かうと言っていたな。それで、君たちはすぐにここを発つつもりなのかい?」
「はい。畏れながら詳細については何も申し上げられませんが、同国に火急の用があるため、私たちは明日中にもここを離れる予定です」
「そうか……ならば、無理に引き留めてはなるまいな。それでは、今夜はどうかこの食事だけでも、ゆっくりと楽しんでいってくれたまえ。ささやかながら、まだ甘味も用意してあるのでな」
***
「……本当に、こちらの玄関までで結構ですわ。門までは歩いて参りますから」
「ええ。使いの方とはいえ、私たちのためにこれ以上のお手を煩わせるわけにもいきませんから。今夜は本当にありがとうございました。領主様にも、どうぞよろしくお伝えください」
「それでは、これで失礼いたします。おやすみなさい」
――半ば畳みかけるようで、強引な形になったけれど、これでリゼの言っていた問題の場所を探ることが出来る。あの使いの者も、私たちがそのために帰りの馬車を断ったとは、夢にも思っていないことでしょう。
「分かりますか、メル? 私が妙な気配を感じたのは、あちらの建物です」
「何かしら。庭道具の倉庫と見るには、少し不思議な感じだけれど……」
中庭の隅に立つ、灰色の煉瓦で造られた、小さな円筒状の建物。
その扉の前には、最近になって付けたと思われる、妙に頑丈そうな錠前がある。
とはいえ、リベラディウスの刃を以てすれば、蟻を潰すに等しいはず。
「この大きな錠前……やはり、ここに何かあるに違いないわ。はっ!」
「ん? 中は……何も、無い? いや、あれは……下に続く階段?」
「この先にこそ、私たちが抱いていた疑念の正体があるかもしれない。さぁ、ここまで来たら臆せず前へと進みましょう」
地下に伸びる階段を隠すためだけに造られたと思われる、張り子の如き建物。
普段人の目にすら触れる機会のない、この屋敷の中庭にあって、かのザールシュテット伯が一体何を秘匿していたのか、今こそ確かめる必要がある。
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