第53話 神理を描く少女
「――くるくるくるくる、お空を回って、きらきらきらきら、お星が降ればぁ……世界の果てまでひとっ跳びっと」
結局私は、エセルの誘いに乗って、彼女が滞在しているという町まで送り届けて貰うことに決めた。その主な理由としては、私たちが置かれている現状を鑑みて、このアシュ砂漠で立ち往生することだけは何としても避けたかった点が挙げられる。
そしてエセルが町まで長距離転移するためだという移送用の魔導陣を砂上に描いている間、ようやく現状を咀嚼し始めたリゼたちに対し、可能な限り解り易いように努めて説明を行ったものの、リゼはそんな私の胸元を何度も小さく叩きながら、その紅潮した顔を其処に埋めてきた。
「メルは……いつだってそうです! いつも、いつもいつも独りで、何でも勝手に決めて……! メルが、あなたが居なくなってしまったあと、一人取り残されるこの私の気持ちなんて……やはり全然、何も、解っていないじゃないですか!」
「ご、ごめんなさい……リゼ。あの時はあなたたちを救うために、他にどうしていいか分からなかったのよ……それにもう、迷っている時間もなくて、気づいたらもう、決めてしまったあと、だったの……本当に、ごめんなさい」
「うっ……ぐっ、ご無事で……良かった、です……本当に、良かった……」
腕の中でひたすらに涕泣するリゼの姿を見て、私は先ほど自分が実行しようとしていた行為の重さを改めて実感すると共に、この胸の奥底から急に噴き上げて来た形容し難い感情の高まりに、思わず咳き上げてしまいそうになった。
すると人目を憚らず声涙を漏らしていたリゼの姿を見かねたのか、陣を描いていたはずのエセルがこちら側へ歩み寄り、リゼに対して再びあの飴玉を差し出した。
「ねぇ、お姉ちゃんもこれ食べる? きっと、元気になれるから」
「う、あ……ありがとう、ございます……あなたが、メルと私たちを助けてくださったんですよね……? あなたは、私たちの命の恩人、です」
「おんじん……? よくは分からないけど、笑ってくれて、よかったよ」
エセルは微笑みながらそう言うと、再び陣の方へと戻り、何事もなかったかのようにその続きを描き始め、そして今度は彼女と入れ替わるようにして、しばらく傍で様子を見ていたレイラが、私とリゼの顔を覗き込んできた。
「あの……メルさんたち、どこかお怪我はありませんでしたか……?」
「レイラ。身体は意外と、何ともなかったみたいです。メルは大丈夫ですか?」
「ええ、私も特には……あっ、でも私の荷物が確かリゼの駱駝に――」
「それなら大丈夫ですよ、メル。私が駱駝から落ちたものを両脇に抱えて、全力で走ってきましたから。あそこにちゃんと置いてあります」
「あら、本当……ありがとうリゼ、とっても助かったわ」
その荷物にはもちろん、お母様が使われていたあの
そしてまたその鞄は、お母様の形見の一つでもあったため、荷物の中身が失われることよりも、その鞄が永久的に失われてしまうことの方が、私にとっては遥かに恐ろしく感じられた。それがああして無事であるという事実は、本当に喜ばしい。
「お姉さんたち、陣、描き終わったからそろそろ飛ぶけど、準備はいい?」
「あっ、分かったわ。すぐ皆でそちらに向かうわね」
エセルが砂上に描いた魔導陣には、太陽と月と星のようなものに加え、これまでに見たことも無いような文字が多く刻まれていて、その全ての模様が濃い魔素を漂わせながら深い紫の光を周囲に向かって燦然と放っていた。それはいわば、別の場所に導くための極めて高度な魔導陣が、見事に起動していることの証明。
しかしそんな陣をごく僅かな時間で作り出してしまう彼女の存在はやはり、私の知る普通からは著しくかけ離れているように強く感じられた。
「みんなちゃんと入った? ……じゃあ行くよ!
辺りの風景が、先ほど急激な変転を見せた時と同様に、再び大きく歪みながらその形を刻々と変容させていき、やがてそれは少し古ぼけた空き家の中を想わせる輪郭を、この視界の内にありありと描き出した。
「はい、到着!」
「もう、飛んで来たの……? ここはいったい――」
「ここずっと誰も居なかったみたいなの。誰に断って良いかも判らなかったし、ボクが勝手に使っちゃった」
私たちの足元には先ほどエセルが描いていた陣とよく似た図柄があり、その近くには大きな羊皮紙に描かれた地図のようなものと、宝珠のようなものが飾られたペンダントと思しき法具が見えた。
「この地図を頼りに、法具を使って大きな魔素の反応を探してたんだけど……やっと見つけたと思ったら、お姉さんたちだったんだよね」
「そうだったの……けど、何はともあれ、私たちはあなたに助けられた。本当にありがとう、エセル。私の荷物の中から、何かお礼として渡せるものは――」
「あぁそんなの別にいいってば。それよりまぁた振り出しだなぁ……」
そう言ったエセルが眺める地図のようなものには、赤いバツ印が付けられている地点があり、そのすぐ左横にはフランベネルと書かれた文字が確認できた。
「この印が現在地だとすると、ここは……ポル、カーナ? どうやらフランベネルのすぐ近くにある場所みたいね」
「……あっ、メル! それならこのエセルに何とかお願いをして、一気にフィルモワールまで送り届けて貰うというのはどうでしょうか」
「それは少し厚かましくはないかしら……? けれど確かに、飛ばして貰えるのなら、それに越したことはないものね。とりあえず、お願いするだけしてみましょう」
命を救ってくれた恩人に対して、何の返礼も返さないままさらにお願いごとをするとは、図々しいにもほどがある。しかしもし一瞬で目的地まで飛べるとしたら、それは本当に願っても無いこと。ここは一つ、非礼は承知の上で、訊ねてみなくては。
あの神理を易々と描いて見せた、眼前の少女に。
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