第39話 幻蝶の行進


 私たちが着替えを終えてから程なくして、踊り子による行進が始まった。

 よく見れば、私たちのような踊り手とは別に、楽器隊のような人たちも見える。


 町中は夥しい数の人間で溢れ返っていて、日中はまだ幅が広く見えた通りも、今では少し大きく動けば、たちまち観客の身体に触れてしまいそうなほど狭く思えた。


 リゼの動きは最初はとても固く見えたものの、徐々に見られていることに慣れて来たのか、途中から武技でも披露しているといわんばかりの、躍動感に満ちた曲芸的な身のこなしを見せ、また周りの観客もそれを見て大きく沸いていた。


 また一方のレイラは、化粧室に置かれていた、長い棒の先にリボンに使うような薄い布が付いた道具を手にして、自身も控えめに揺れ動きながら、その布を方々に向けてひらひらと棚引かせていた。


 そして私は、幼い頃に貴族令嬢の嗜みとして指導を受けていた、『バロ』という舞踊の中で披露される動きを積極的に取り入れ、出来る限りのたおやかさを以て、上品かつ華麗に見えるように努めながら、自分なりに振る舞って見せた。


「他の子たちも楽しそうね……思ったより、悪くないかもしれない」


 そうして町中を他の子たちと共に、三者三様で長く練り歩き、先頭集団に追随しながら一時間半ほど経過したところで、最初に行進を始めた地点へと回帰し、そこでようやく私たちの出番を終えることが出来たようだった。


「はぁ……これでやっと、終わりですか。私、どれぐらい長く歩くのか聞いていませんでしたから、少し力の配分を誤った気がしますね」


 リゼはあの調子を最後まで貫いていたせいか、明らかに疲れの色が見えたものの、その表情には行進の前に見せていた、恥ずかしさや怒りの面影はもはや無く、ある種の達成感のようなものが伝わってくるような気がした。


「さすがに……疲れましたね。私ももう、腕が上がりません……」


 レイラはレイラで、自身の身体で表現できない分を、手にした道具で何とか補おうとした結果、終始その腕を大きく動かすこととなり、その両腕にはもはや力が入らないといった様子で、落ちた両肩からだらりと下に垂れていた。


「まぁ、良い運動と体験とをさせて貰ったって感じ、かしらね」


 私自身も、しなやかな動きを見せ続けるということが、当初考えていたよりも遥かに骨が折れる行いであったことを、この身を以て知ることが出来た。

 加えて、リゼと話していた女性の言葉の真意も、同時に解ったような気がした。


「さぁ、これで私たちは私たちに課せられた役目を無事に果たしたわ。あとはサルマンの屋敷に戻り、彼の帰宅を待ってから、再度話をしましょう」



 ***



「ふぅ……さすがに今日は疲れたわね、リゼ」

「そうですね……しかし、まさかまたこうして、メルとお風呂をご一緒することになるとは……」

「いいじゃない。今日のあれを体験した後では、恥ずかしい気持ちなんて全部吹き飛んでしまったでしょう? 今回はレイラも一緒だけれど、みんなで入れば楽しいものよ。それに、せっかくこの広さがあるのだから、勿体ないわ」


 ――この浴場は、凡そ個人が使うには余りあるほどの広さがある。

 私が屋敷で使っていた浴場と比べても、ずっと規模が大きいように思えるほど。


 昨日はレイラのお母様のこともあったから、皆で一緒に入れるような雰囲気ではなかったけれど、今日はお互いに労をねぎらいながら、この湯煙の中でゆったりとした時間が過ごせそうね。


「それにしてもこの大理石の床面に、金の蛇口と獅子を象った湯口、そしてこの池ほどもある大きな浴槽……全く、一体どんな商売をすれば、こんな贅沢な暮らしが出来るのでしょうね、メル」

「しかもこのお湯、ミルクみたいな色をしていて、とってもさらさらしています。私、今でもこんなところに自分が居て良いのか、戸惑うぐらいで……」

「レイラ、自分をあまり卑下してはいけないわ。あなたは他の人には無い力と、誰よりも優しい心を持っている。それはもっと誇ってもいいことだと、私は思うのだわ」

「そう言ってもらえると嬉しい、です……ありがとうございます、メル」


 ――ええ、それ以外にもリゼと比肩出来るほどのものをあなたは持っている。

 大小で優劣をつけるようなものではないにせよ、この晴れてはいかない心の靄が、湯煙のせいではないこともまた確か。まぁ、気にしても仕方はないけれど。


「……それから二人共、今日は本当にお疲れ様。リゼにレイラ、今日は私があなたたちの背中を流してあげるわ。まずはリゼ、あなたから」

「えっ、またメルに背中を……? それはさすがに――」

「いいから。ほら、あっちに座りなさい」


 ――今日は迸る怒りもしっかり堪えて、与えられた役割もきっちりとこなして見せてくれた。これは私からあなたへの、ささやかだけれど、ほんの気持ちよ。


「ひっ!」

「あら、ごめんなさい。そんなに強く掴んだつもりはないのだけれど、大きいものだから、つい手に力が入ってしまって。もっと優しくするわね」

「ふ……ふふ、ふひゃははははははは!」

「こら、そんなに動くとちゃんと洗えないでしょう? ほら、じっとしていなさい」

「そ、そう言ったって……ん、ふふふふふふ!」


 ――こうしていると、子供の頃にお風呂でじゃれ合っていた時のことを思い出す。

 あなたと私は、共に同じ年月を過ごしながらも、お互いに違うものを見て来た。

 だけど、私たちそれぞれの気持ちは、やはり変っていないように感じられる。


 そして最近、そこへ新たに加わることになったレイラ。私たち三人が、これからどんな時間を歩んでいくのかはまるで見当も付かないけれど、どうかそれが素敵なものであるようにと、私は祈るばかりなのだわ。

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