第40話 点と点とが繋がる瞬間


 サルマンが自宅に戻って来たのは、復活祭の翌朝。

 昨日は宴会でもあったのか、酒の残り香が漂っていた。


「この度は本当に、ご協力を頂いて感謝しておりますぞ、皆さま方。お召し物もそれはよく似合ってございました」


 ――この男、全く平然とした口調で、よくもそんな台詞が言えたものだわ。

 隣のリゼが感情を抑えているというのに、それを焚き付けてどうするのよ。


「あの……僭越ながら申し上げさせて頂きますが、衣装のことについては何も聞かされてはいませんでしたから、当日に現物を初めて見た時に、酷く戸惑いました。そのことについて、事前に何か一言、あっても良かったのではないでしょうか?」

「ふむ。ちなみに、私が仮に最初からお話していたら……ルイーゼさん、あなたは参加されましたか?」

「それは……私個人でなら断っていましたけれど、私は従者ですから、エミーリアの指示があれば、もちろんそれに従っていました」

「いや、失礼。少し意地悪な訊き方をしてしまいましたな。実の所、あの催しものを執り行うにあたって、若い女性の人手が足りておらず、あの時は本当に猫の手も借りたいぐらいだったのですよ」

「しかし、宗教上の理由から普段は肌を隠していたこの町の女性たちにとって、あの催し物は開放的になれる格好の機会だとも聞きました。ならば、望んで参加しようとする子たちは、人手が足りなくなるほど少なくないのでは?」

「例年通りならばそうでしたが、今年に入ってからは、若い女性が失踪する事件が立て続けにありましてな。そういった理由から、外出を極力制限させている親御さんも多くいらっしゃったのです。祭りの最中であれば尚のこと、その混乱に乗じて新たに人攫ひとさらいを企てる輩が居るかもしれませんから」

「えっ……人、攫い?」


 ――まさか、ザールシュテットで起きていたことと同じ事件がこの町でも起きていたとは。あの時は、事情を詳しく知っているであろうクリストハルトを逃したこともあって、誘拐の真の目的を掴むことは叶わなかったけれど、かの誘拐自体は、私が思っていたよりも遥かに広域に渡って発生していたことになる。


「実は……私たちがここへ来る前に寄った町でも、同じような失踪……いえ、誘拐事件が連続して起こっていました。其処ではある人間と妖魔とが裏で結託した上で、何らかの目的を遂げるために人を次々と攫っていたようですが……」

「人間と妖魔が……ですと? 俄かには信じ難い話ですが、あなたの顔を見る限り、どうやら本当の話のようですな。今日の午後、王陛下とのお目通りが叶うように取り計らいましょう。今の話も先んじてお伝えしておきます」



 ***



 午後。サルマンの助力もあり、ようやく王陛下との謁見が叶った。

 玉座はヴェールのような半透明の布で包まれていて、直接その御姿を窺い知ることは出来ないものの、これで陛下にお伺いを立てる機会自体は得られた。


「面を上げられよ、旅の者たち」

「は。此度は私共の急な来訪にも拘らず、ご拝謁を賜り――」

「堅苦しい挨拶は抜きで良い。そなたたちのことについては、復活祭への協力も含め、既にサルマンから大方の話は聞いている。ここ以外の町においても、若い娘らの失踪が相次いでいたとな。まずはその事件について、詳しい話を聞きたい」

「はい。私たちが先に訪れた、ラスズールのザールシュテットという町でも同様の事件が起きておりました。詳しくお話をさせていただきますと――」


 王陛下には私たちの素性を可能な限り暈しながら事の詳細だけを伝え、町の領主が妖魔と裏で通じながら若い女性を攫っていたことは勿論、他にも町外にあった監禁施設の存在と、屋敷の地下で件の合成獣と一戦を交えた話なども伝えた。


「……ふむ。話は分かった。復活祭への貢献に加え、貴重な情報を齎してくれたことに対する褒賞として、そなたたちには南方への通行許可を与えよう。だがその前に一つ、頼みたいことがあるのだ」

「は、どのようなご用命でしょうか」

「ちょうどその南方にある地下遺跡の調査に向かったナディアという者が、未だ戻って来んのだ。恥ずかしい話だが、今は復活祭の直後でまともに動ける者が少なくてな。そこで、そなたたちに彼女の様子を確認してきて貰いたい。人攫いの件もあるが、古の獣を退けた力を持つというそなたたちであれば、安心して任せられる」

「かしこまりました。謹んでお受けいたします」

「場所は、公道上を真っすぐ進んだ先にある石板の標識に従えばすぐに判るはずだ。移動の足として駱駝らくだも貸し出そう。それでは、よろしく頼んだぞ」



 ***



「砂漠の船とも称される駱駝……こうして乗るのは初めてですが、メルと共に乗馬の経験をさせていただいていたおかげで、何とか乗りこなせそうです」

「ふふ、これも貴重な体験だわね。それとレイラ、移動中は私の背中に掴まっていれば大丈夫だから、どうか安心して頂戴」

「あっ……はい。またご面倒をかけてしまいますが、どうかよろしくお願いします」


 ――この用命を果たせば、今乗っているこの駱駝も私たちに与えて下さるそうだから、次の目的地までの移動にも困らなさそうね。

 あとは、これから向かう遺跡に居るであろう調査員が無事だと良いのだけれど。

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