ドルンセンの町で

第6話 病の後ろに潜む影


 ――ここがエマとレナが住む町、ドルンセンね。

 流行り病のせいか町中が閑散として、不気味な静けさに包まれている。


 リゼが話を聞いた宿屋の主人によれば、病気の主な症状は、腹痛に高熱、嘔吐や下痢、そしてまた体中に紫斑が出るという特徴があって、最終的には全身の痙攣から意識混濁へと陥って終には死亡する、とのことだった。


 さらにまた彼は、その病気がここ二、三日の間に急速に町中へと拡がったと言っていたけれど、一体何を介してそうなったのかは、未だ判ってはいない様子。


 とりあえず、二人に紹介してもらったこの宿を拠点にして、病についての情報をもっと集める必要がある。まずは、この二人が何故元気なのかについて、その理由を探らないと。


「ねぇ、エマとレナの二人に、一つ訊きたいことがあるのだけれど、あなたたちってその薬売りが持っていた特効薬を飲んだのかしら?」

「ううん、飲んでないよ。でもこのあいだね、町の外で遊んでから家に帰ったら、何だかパパもママも元気がなくなってて……それからずっと寝こんでるの」

「そう……。ちなみに、これまでの食事では、ずっとご両親と同じものを食べたり、飲んだりしていたの?」

「うん。ごはんの時はいつも一緒だし。あ、でもパパやママには内緒で、町の外になってる野イチゴを、よくレナと二人で食べてたのはあるかも」

「そうだね。外でなってるものは、勝手に食べちゃだめっていわれてたけど、最近になって一杯なり始めたから、ついとって食べちゃったの」

「ふむ……野イチゴね。ありがとう、二人とも」


 確かに、ここに来る道中になっていた野イチゴ――パルマベリーには、私の知る限り抗毒および解毒作用がある。しかしあくまでそれは食中毒などに対するもので、悪気ミアズマが原因の病に対しては、然したる効果は得られないはず。


 ――ただ、もしこの流行り病が、そもそも病気ですらなかったとしたら……?

 こうした嫌な予感というものは、往々にして当たってしまうもの。

 まずはそこから、はっきりとさせておく必要がありそうね。


「リゼ、悪いのだけれど、ここに来るまでの街道になっていたパルマベリーを幾つか採って来てもらえるかしら。あれは別に誰かが育てているわけでもない様子だったから、遠慮する理由はないはずよ」

「あ、良いですね。朝は目一杯食べてきたつもりでしたけど、とっくにお昼は過ぎていますし、実は最初に通った時にも少しばかり失敬しようかと思っていたぐらいで。ここはちょっとぐらい、多めに採ってきても――」

「もう、ただ食べるためじゃないわ。確かめたいことがあるのよ」

「え、確かめたいこと、ですか?」

「そう。それで二人の内どちらかにも、リゼを手伝って欲しいのだけれど、良いかしら? ひょっとしたら、ご両親を救うための手立てが見つかるかもしれないわ」

「ほんと? それじゃエマが行く!」

「……あの、メルは一緒に行かないのですか?」

「ええ。私はその間に一度、例の薬売りのところに行っておきたいのよ。それじゃあ……レナ、話していた薬売りさんが居るところに、私を案内してもらえる?」

「うん、良いよ」



 ***



 ――居たわね、頭に青いターバンを巻いた、恰幅の良い黒髪の男。

 とても判り易い特徴で助かるわ。おかげで、見間違えることもない。

 あの身なりからして、やはりマタール王国からやって来た商人かしら。


 それにレナは、男の腕に蝶が留まっていた、とも言っていたけれど――


「おや、この辺りじゃ見かけない感じのお嬢さんですね……旅のお方で?」

「……ええ、ちょっとこちらに用があってね。ところで、今この巷で流行っている病に効く薬が、ここにあると聞いたのだけれど」

「ほう、まだお若いのに随分と耳の早い御方ですね。ご入り用のお品は、確かにこちらに置いてございますよ」


 右腕に蝶の……入れ墨がある。レナが言っていたのはこれだわ。

 そして木蓋で封をされた、白い陶器製の小瓶――これが、特効薬ね。

 こんな小さいもの一つで、この町を騒がせている病が治るというのかしら。


「お嬢さん、こんなもので本当に治るのかって顔、されてますね?」

「……あら、これは失礼。つい、顔に出てしまっていたようね」

「訝るのも無理はありません。しかしその効果のほどは、抜群でございますよ。この小瓶の中にある液体をぐびっと呑み干せば、あら不思議、あれだけ身体を苦しめていた症状が嘘のように消えて、たちどころに病気が治ってしまうのですから」

「へぇ……すごいのね。ちなみにこれは一つ、おいくらなのかしら?」

「在庫は残すところ、こちらに置いてある限りですので、お一つ、一万六千アウルになっております」


 ――何、一万六千ですって? 故国ロイゲンベルクでも、一般的な市民の月あたりの平均所得が確か五千アウルほど。ましてやこの辺りであれば、その水準よりもずっと下であるはず。この商人はこれを命の値段として、客の足元を見ているのね……貧しい家であるなら、それの家族分など、とてもすぐに出せる金額ではないはず。


「あら、随分とお高いのね。でもこんな値段で、そこに在る分を売り切れるのかしら?」

「確かに、かなり値は張りますが、死んでしまっては元も子もありませんからね。私も私で、養わなければならない家族が故郷くににいるもんですから」

「なるほどね……命が惜しくなったら、また来るわ」


 ――彼自体は一見したところ、至って普通の行商人に見えた。尤も、人命より商売の方を優先している考えには、流石に賛成出来ないけれど。


「ね……ものすごく高かった、でしょ?」

「そうね。けれど、あんなところから買わなくても、一から作れるかもしれない」

「それって、どういう……こと?」

「ふふ、きっとすぐに分かるわ。それでレナ、あなたにもう一つ案内してもらいたい場所があるのだけれど……この町の井戸って、何処にあるか知っているかしら?」

「うん、分かるよ。えっと、全部で三つあるけど……」


 これはまだ私の推測でしかないものの、この町の水源を調べれば恐らく、明らかになる真実が新たに出てくるはず。まずはここに三つあるという井戸の水を、一つずつ入念に調査しなくては。

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