幕間 第11幕 その時 前編


「ふぅ……まさかこんなことになるだなんて、ね。けれど、願っても無いことだわ」


 今年もまた王城にある闘技場にて、国王並びに王妃の両陛下がご臨席のもとで行われる、年に一度限りの天覧魔術会の日を迎えた。

 私の学院からも各学年から代表として二名が選出され、魔術による天覧試合を披露することになっており、今年は何と私が、その学年代表の一人として選ばれた。


 対する相手の名前は、イングリート・エスターライヒ。

 私とリゼを長年に渡って罵り続けてきた、あの因縁の相手。

 今日はこれまでに受けた屈辱を晴らせる、最初で最後の機会。


「私は嬉しいわ、メルセデスさん」

「ん……?」

「だって今日、私がここであなたを完膚なきまでに叩きのめし、その醜態を両陛下や観衆の皆様方にお届けすることが叶うのですから」

「そう。どうやら素敵な夢を見たようね」

「それが現実になるのよ! この今からねぇ!」


 程なく審判員が試合開始の合図を告げ、戦いの火蓋は切って落とされた。

 今日まで私が師匠せんせいから授かった剣の技、そして己自身で磨き続けてきた魔導の力、その両者が真に試される瞬間が、ついに今、訪れた。

 リゼもこの観客席の何処かで私のことを見守ってくれている。


 試合ではお互い、攻撃に用いる魔素を予め変化させ、相手の体内魔素と反応して分解させるような性質を持たせた状態で戦うことで、相手の肉体を傷つけることなく、徐々に無力化状態へと導いてゆく。

 そして先にどちらかが全ての戦闘能力を失った時、その雌雄は決する。


燧烽の輪舞イグニス・サルトー!」

「魔素が全身から炎の如くほとばしって、狂い踊るように激しく舞っている……どうやら、最初から出し惜しみ無しで来るようね。全く、あなたらしいわ」


 イングリートは魔術において学年内でも主席の位置を争うほどの実力者で、特に炎の魔現にかけては彼女の右に出るものは居ないと言える。故にその彼女が今その全身に纏っている自信ほのおは、ただの伊達では決して無い。

 そしてこの烈火の如く燃え盛る旋風から伝わる、肌を炙るような熱波も、本物。


「今こそ思い知るといいわ……魔現の恐ろしさを! 哮ろ炎狼ルプス・フランメウス

「くっ!」


 触れれば蒸発は免れえないほどの獄炎が狼の輪郭を象り、私が今居る位置だけでなく、これから移動するであろう位置へと先んじて、宙空を激しく揺らめかせながら疾風のように駆け抜けていく。相手は私をただ単純に倒すのではなく、もはや消し炭にするぐらいの気概を以て、こちらに猛攻撃を仕掛けてきている。


「ふふ、避けても無駄よ! そいつは何処までもあなたを追いかけるわ。あなたのその取るに足らない貧相な魔素を喰らい尽くすまでね!」


 彼女の放つ魔現は本当に凄絶でいて恐ろしいまでに精確。しかしそれにただ気圧けおされるだけの私ではない。この私にもそれに対して決して引けを取らない、エーデルベルタの剣術と魔導とを融合させた、私だけの力がある。


「凍てつけ……氷華裂風刃シュネーゲシュトゥーバー!」

「私の炎を氷の魔術で退けた……? メルセデス、いつの間にあんな魔現のような術技を……けれど、そんなもので私の力を抑え込めると思っているなら、とんだ見当違いだわ。開け砲門ポルタ・オブスキュラ!」


 ――彼女の身体が凄まじい魔素の放出によって俄かに宙へと浮き始め、そしてその背後に現れた炎が魔導陣を描き出していく……きっとあれは、自身の魔素をより強く具現化させるための画布キャンバスのようなもの。


「降り注げ! 燬焚の沛雨アエストゥーム・インブレス!」

「炎弾が雨霰のようにこちらに降り注いで……範囲ごと焼き尽くすつもり?」

「ふふふっ、いつもの自信ありげなあなたは一体何処へ行ったのかしら? 逃げてばかりじゃ何も出来なくてよ!」


 イングリートの周囲には猛火が大きな渦を巻きながら巍然と立ち昇り、さながら堅牢な城壁のように彼女を厚く取り巻いて、攻防一体の様相を呈している。

 そしてその一方で、こちらに考える余裕を全く与えさせまいとばかりに、夥しい数の炎弾が八方から私を狙いすましたかのように、間断無く精確に降り注いでくる。


「ならば……岩砕裂涛刃アウスブルッフ!」

「くっ、闘技場の床面を抉って盾代わりにしながら炎を防いで、その舞い上がった粉塵でこちらの狙いを妨害するつもりかしら? メルセデス、小癪な真似を」


 ――これでほんの少しだけ時間稼ぎが出来る。

 この隙にイングリートの防御を破り、確実に一撃を加える機会を手繰り寄せなければ。しかしあの攻防一体の炎陣、どう攻略すればよいものか……。


「……あら? あれは……」


 煌々と照らされたイングリートの額に、時折汗のようなものが輝いて見える。自身の魔現とはいえ、やはりその熱や炎は彼女自身にも牙を剥き得る諸刃の剣である様子。となれば必然的に、彼女の至近にある空間だけは、炎陣の安全圏となるはず。


「ふ……好きなだけ足掻くといいわ。逃げ隠れする場所が無くなるまでね!」


 ――こんな時こそ、師匠が常々私に伝えてくれたことを思い出さなくては。

 突破口は常にその口を開けているもの。それに気付けるか否かは見る者次第。

 死中にあってすらも活路は見出せる。ただ一つ、大事なものさえ見失わなければ。

 

 それは、最後の瞬間まで自分を諦めない、強い心。

 かつて私が一度棄て、リゼが拾ってくれたもの。

 もう決して、この手から離しはしない。


「何処かに、必ず……」


 イングリートの炎弾を防いだところで、まるで無尽蔵といわんばかりの間隔で新たな弾が打ち出され、このままではきりがない。発射から着弾までの時間も僅かで、回避しても、至近距離にまで迫ったものは、こちらの魔素を辿って追尾してくる。

 そしてそれ以遠の距離にあった炎弾は、そのまま床面に直撃して――


「ん……着弾から、その力が現れるまでには、ごく僅かなずれがある……?」


 よくよく観察すれば、炎弾が床に触れてからイングリートの魔素が持つ力が解放されるまで、ほんの僅かながら空白の時間があるようだった。つまり一瞬でさえあれば、仮にあの炎弾に触れても影響は無いように思える。


「……これなら、いけるかもしれない!」


 ――試さずに後悔はしたくないもの。だから私はやってみせるわ、リゼ。

 あなたと私が受けた屈辱を晴らす時が、ここでついにやって来たのよ。

 どうかこの私を最後まで信じて、その姿を見守っていて頂戴ね。

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