幕間 第10幕 時代遅れの能無し貴族さま
「ふふ……来たわよ、いつもの
「あぁ、
ロイゲンベルク北部、キルヒェンシュヴァイクにある魔術女学院『ローゼン・アルカディアン』に、リゼと通学するようになってからもう四年余り。
私たちのように
錬金術の再興に伴って新たに生み出された産業は数多く、そしてそういった産業の創業者を親に持つ生徒が、同学年の大半を占める一方で、昔ながらの旧い貴族は、時代遅れの能無しだと陰で揶揄され、私も例に漏れず、その風当たりは冷たい。
「私が仕えているメルセデス様に対し、いつも陰からひそひそと……今日という今日は言ってやります!」
「お待ちなさい、リゼ。そんなことをしては、連中の思う壺だわ。好きにさせておけばいいのよ」
「ですがこれでは……!」
「構わないわ。私たちは自身が持っている力を伸ばし続けることに専念しましょう。それに私なら大丈夫よ。他でもないあなたが、私の味方なのだから」
「メルセデス様……」
魔術には大きく分けて、
前者は自身の魔素を具現化してありとあらゆる事象を引き起こすとても大きな力。
後者は自身の魔素を物質に伝えて、その性質や構成を変化させることに長けた力。
しかしその効果が与える影響度の違いから、魔導は魔現の下位資質と
そうしていつしか私に付いていた二つ名は『時代遅れの能無し貴族さま』。
そして一方のリゼは、その『おまけ』として、共に陰で罵られていた。
最近はもはや陰ですらなく、聞こえるように言われることも数多い。
「ほら、それより私たちもお昼にしましょう。今日はリゼがお弁当を作って来てくれたのよね? このあと屋上で一緒に頂きましょうよ」
「あっ、はい! では私は一旦教室に戻ってお弁当箱を持ってきますね。メルセデス様はお先に屋上へどうぞ」
***
「リゼったら随分遅いわね……。ちょっと様子を見てきましょう」
常であれば、すぐ屋上に昇って来ていても良い頃。
私が傍に居ないことで、何かあったのかもしれない。
「……どうして、あんなことをしたんです」
「一体、何のことかしら?」
「私……見たんですから、あなたがお弁当箱の中身をゴミ箱へ捨てるところを!」
リゼが言い争っている。相手は、私たちのことを特によく思っていない子。
近年になって魔鉱関連の産業界を牛耳っている財閥、その創業家の一人娘。
名前は、イングリート・エスターライヒ。その幾重にも縦に巻かれた、燃え上がる炎のような色をした長髪を見れば、もはや正面を見ることなく、彼女だと判る。
「変な言いがかりはよして下さる? それとも何かしら、私がやったっていう証拠でもあるというの?」
「それは……ですが、確かにこの目で!」
「ふぅ……いいこと? 本当ならここはあんたみたいな下女が足を踏み入れていい場所じゃないの。妙な濡れ衣を着せるつもりなら、あんたを飼っているご主人にも責任を取って貰うから。この私に噛み付くだなんて百年早いのよ、飼い犬風情が」
「ぐっ……!」
「何? 文句があるなら言い返してみなさいよ。殴りたければ殴れば? そしてあの古臭い貴族さまと一緒に、ここから出ていくといいわ! あっはっはっは!」
ああなっては最後、リゼが自身でその拳を収めることはもう叶わない。
事情がどうあれ、まず先に手を出した方が全ての責を負うことになる。
しかしこの私が居る限り、あれが思っている通りには決してさせない。
「い、言わせておけば……! この――」
「およしなさい、リゼ」
「メ、メルセデス様! どうして……?」
「あらぁ……? 今度はご主人様のお出ましかしら」
「私自身は、あなたたちから何を言われても別に構わない。けれど、この子を
「まぁまぁ、随分とお優しいご主人様だこと。しかしご自身の飼い犬は、普段からちゃんと
「……今、聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がするけれど、きっと気のせいよね?」
「あら、お耳が遠いのかしら? なら聞こえるまで何度でも言って差し上げ――」
「次にリゼに対する侮言が私の耳に届けば、決して許しはしない」
「もし私が、嫌……だと言ったら?」
「このリゼは私の友人である以前に、私の家族でもある。そのリゼを侮蔑するというなら、我がラウシェンバッハ家に対する侮辱として受け取り、王国法に則って不敬罪を申し立てるわ。そうなればあなたもきっと、ただでは済まなくてよ」
「そんなかび臭い法律まで振りかざして……しかもそれが家族だなんて拡大解釈も良いところだけれど。良いわ、ここは引き下がってあげる……けど」
「…………?」
「次に模擬戦で当たったら、容赦はしないから」
「ふ……望むところよ」
「では、失礼」
――何とか、リゼに手を出させることなく場を収めることは叶った。
本当は私自身、今すぐ抜いてしまいたいぐらいの気持ちだったけれど。
「すみません、メルセデス様……私なんかのために、家族とまで言って下さって」
「実際争うとなれば法律的には難しいだろうけれど、今の言葉は本当よ」
「えっ……?」
「形式的には侍女、ということになっているけれど……この私自身は、あなたのことを召使いだとか下女だと思ったことは、ただの一度もない。あなたは私の大切な家族。例え血の繋がりはなくても、その想いに偽りはないわ」
「メル、セデス……様……う……ううっ!」
「ほら、こんなところで泣いちゃだめよ。今日はもう早退してお屋敷で一緒にお食事を頂きましょう? お腹が空いていては、出せる元気も出ないでしょう。ね?」
「……はい!」
――私たちが受けた屈辱を晴らす機会は、そう遠くない未来にきっと訪れる。
だから今はどうにか堪えるのよ、リゼ……。
それと……次にあなたが作ってくれたお弁当をあなたと一緒に頂ける時を、私はまた楽しみに待っているから。
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