第11話 優しい味
妖魔は私の剣――リベラディウスの前に散り、その肢体は跡形もなく空へと還っていった。この夜が明ける頃には、エマたちの町も平穏を取り戻せるでしょう。
私たちがここで出来ることは全て、やり尽くしたはず。
今は二人の所に戻って、彼女たちのご両親の容態を確かめなくては。
***
「お姉ちゃんたち、おかえりなさい! 思ったより、遅かったんだね」
「あぁ、二人とも。途中で別の用事ができてね……ご両親の具合はどうかしら?」
「うん! パパもママもすごく具合が良くなったみたいで、今は眠ってるよ!」
「それは何よりだわ。どれ、少し確かめてみようかしら」
――なるほど。確かに熱もだいぶ下がっているし、脈も随分と安定している。
どちらともこの分であれば、もう心配は要らないわね。
「どうですか、メル?」
「ええ、これならきっと大丈夫ね。薬がちゃんと効いたみたいで安心――」
ぐぅるるるる。
「あら……? 今の音はリゼ、あなたかしら?」
「わ、私じゃないですよ? 私の後ろから聞こえましたから、きっとエマたちですね」
――確か二人は、午後に私たちと一緒にお弁当を食べたきりだったわね。
とはいえ今は食べるものなんて持っていないし、どうしたものかしら。
「そうだ。ねぇエマにレナ、ちょっと台所を見せてもらってもいいかな? お家にある食材、もし勝手に使ってもいいなら、私が何か作ってあげるよ」
「え、リゼお姉ちゃん、お料理できるの? やったね、レナ」
「うんと……それじゃあ、こっちに来て」
――リゼが料理を振る舞うとは、久しぶりだわ。
私も試してみたことはあるけれど、どうも剣と包丁とでは勝手が違うのよね。
うちの屋敷には専属の料理人がいたけれど、時折リゼが個人的に料理を作ってくれることがあって、私はそれが何より楽しみで、また嬉しかった。
だって、とっても優しい味がしたんだもの。
「どうかしら、リゼ。何か良さそうなものはあった?」
「見たところ、今ここにある食材は牛乳とチーズが少し……それと野菜だけですね。でもトマトが結構たくさんありますから、これを使って暖かいスープを作ろうと思います。これなら野菜の汁だけで出来ますから、水を使う必要もありませんよ」
「それは良さそうだわ。ねぇ、私に何か手伝えることはあるかしら?」
「えっと……ではジャガイモもあるので、これを茹でた後、水分を切ったら、フォークで潰してもらえますか? マッシュポテトを作ろうかと思いまして」
「ええ、それぐらいならお安い御用よ」
***
「では、みんなで頂きましょうか、リゼ」
「はい。エマにレナも、遠慮なく食べてね!」
「うん! それじゃいただきまぁす!」
――おいしい。
こうして、皆で食卓を囲みながら食事をするのは一体、いつ以来かしら。
私もお母様がまだ健在だった頃は、きっとこんな風に……暖かい一時を過ごすことが出来ていたのよね。あの時間が今ではもう、遠い過去のように思えるわ。
まだそれほど昔ではないはず、なのに。
「リゼお姉ちゃん、このスープとってもおいしいよ!」
「ほんと? ふふふ、そんなに喜んでもらえたなら私も嬉しいわ。おかわりもたくさんあるから、いっぱい食べちゃってね!」
――私があの時間を取り戻すことは決して叶わない願いだけれど、この子たちのそれは守ることが出来たのだから、成り行きとはいえ、私たちがここに来た意味は十分にあったってものよね。
「リゼ……お姉ちゃん、その……」
「あ、おかわりだね、レナ? どんどん食べちゃっていいよ!」
「とても好評のようね、リゼ。それにしてもこの食べっぷり、二人だけでスープが無くなってしまうぐらいの勢いよね」
「明日になれば、二人のご両親もごはんが食べられるぐらい元気になっていると思ったので、その分も見越してかなり多めに作っておいたのですが、正解でしたね」
「かくいう私も、久々にあなたの手料理が食べられて嬉しい限りよ」
「あはは……こんなものでよければ、またいつでも」
しかし今の私たちは、共に逃奔中の身。
つい忘れてしまいそうになるけれど、そうゆっくりはしていられない。
この町が朝を迎える頃にはもう、ここから発っていなければ。
「……それでメル、本当に翌朝にはもうここを?」
「ええ。ここの町長さんには既に話を通してあるわ。次の目的地まで馬車を出してもらえることになったから。早朝には宿屋の前まで迎えがくるはずよ」
「そう、ですか。確かに当初の予定よりは結構遅れていますからね。少し名残惜しいですが、仕方ありませんよね……」
――そうか、リゼはきっと……過去に妹さんを病気で亡くしている分、ほんの短い間とはいえ、ここで出会ったこの子たちの姿が彼女のそれと重なってしまって、その別れをより一層辛く感じているのでしょうね。
「だからリゼ、今だけはこのゆったりとした時間を、一緒に楽しみましょう」
「……はい、メル」
楽しい時間はいつだって、あっという間。
だからこそ、その尊さを噛み締めなくては。
想い出だけはずっと、色褪せないものだから。
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