第10話 一刀


 ――来る。


「リゼ、下よ!」

「なっ――」


 またもや、紙一重。

 地中を潜ってくるとは。

 それに、あの奇妙な光は―― 


「メル、妖気弾です!」


 足元を破砕しながら現れるや否や範囲攻撃とは、随分なご挨拶。

 しかしこんな粗放なやり方では、私たち二人には届かない。


「ん……」


 ――着地まであと僅か。

 それに合わせてこちらに向かってくるつもりね。なら――


空刃衝裂破ルフト・シェーレ

「ぎぐぅあぁ!」


 ――捉えはした。けれど、急所は逸らされた。

 剣圧の刃だけでは、やはり不足だったかしら。


「やりましたね、メル。あれなら左腕を落としたも同然です」


 確かに、相手の左肩は裂けて、夥しい量の紫――妖血が溢れ出している。

 ここから一太刀浴びせれば、この無益な戦いをすぐに打ち切れるはず。


「いたぶるのは愉快じゃない。一気に、仕留めるわ」

「待ってくださいメル、相手の傷が!」


 ――裂傷がみるみる内に再生して……?

 やはり妖魔。一筋縄ではいかない、か。


「グゥルル……手早く始末しテ、喰っちまおウと思ってタが、よもヤこれ程とハ。こっちも手段ナンか選んデいられねェな……そら!」

「ん、何……?」


 妖魔がこちらに投げたものは……複数の試験管と思しき物体。

 間もなく飛散した内容物から発生した煙のようなものは――


「メル、視界が狭まっていきます!」

「ただの煙幕……ではなさそうね。確かめる必要があるわ」


 ――相手にはこの場から逃げるような意思が感じられない。

 それなのに、この屋外で煙幕を張る意味は?

 吹き飛ばすか範囲外に出れば済むものを何故?


「メル、一体何を?」


 足元の小枝。これに私の魔素マナを流して硬化させれば、鉄にも等しい強度になる。

 急ごしらえといえど、私の確かめたいことはすぐに明らかとなるはず。


「ちょっとした……ことよ!」


 私の手を離れ、頭上の先へと伸びてゆく小枝――魔素の集合体が、わずか二秒ほどで、その反応を感じられなくなった。そして、これが意味するところは、ただ一つ。


「なるほど。どうやら私たち、籠の鳥になったようだわ」

「えっ、それって……結界の中に閉じ込められたってこと、ですか?」


 そうであれば、この屋外にあって、薄らいでいくどころか、逆にその濃さを増してゆく白煙の有様にも合点がいく。

 相手に私の魔素を十分に伝導させていない以上、魔導域マナスフィアは使えない。だとすれば、相手の位置を掴むために――


「メル、危ない!」

「くっ!」


 ――相手が、私のすぐ後ろにまで迫って来ていたとは。

 次の一手を考えることに、少し意識を集中させ過ぎていた。

 リゼが反応してくれなかったら、無傷ではいられなかったかもしれない。


「ご無事で何よりです、メル」

「ごめんなさい、手間をかけさせたわね……ってあなた、その腕は……」

「あぁ、全く問題ありませんよ。服が少し、裂けてしまっただけですから」


 ――本当に、迂闊だった。一歩間違えれば、リゼに大怪我をさせていた。

 私の我儘に付き合わせてしまった彼女に、これ以上の失態は見せられない。


「私の不注意だわ、リゼ。後でちゃんとお詫び、させてね。今は……お互いに背を合わせていましょう。そしてここで私の魔素を、あなたの衣服に流しておくわ」

「では私もメルのお洋服に。これで仮に私たちの距離が離れても、声を使わずして、お互いの位置が掴めますね」


 それにしてもこの煙幕、視界を奪うことはもとより、妖気の伝播をも遮断する効果がある様子。しかし、相手側は何らかの手段でこちらの位置を把握していた。


 今の場合だと、私たちの声がした方を辿って来た可能性がある。

 しかしそれにしては、あまりにも精確に背後を取られていた。

 煙幕の視程は、およそ腕の二本分。だとすれば残るは――


「ん……! リゼ、上から来るわ!」

「あぶなっ!」


 捲られた地面から舞い上がる塵土と砂埃とが、白煙に混濁してさらに視程を奪う。

 ここで下手に剣圧の刃を飛ばしたところで、相手の身体に当たるとは思えない。


 それに、今の急襲でリゼとは離れてしまったものの、先に背中を合わせた際、お互いに通じ合わせた魔素の反応を辿れば、その大まかな位置は掴める。


 そして私は、孤立したこの状況を逆に利用して、次の一手を、打つ。


「はぁぁぁッ……」


 ――こうして体内の魔素を高めれば、リゼも私の位置がより精確に判るはず。

 あとはあの妖魔が、こちらの考え通りに動いてくれさえすれば、完璧。


 魔現マジックは不得手だけれど、魔導コンダクトの扱いになら自信がある。

 ならばその能力を、今ここで、最大限に活かしてやるわ。

 私たちの動きを鈍らせているこの煙幕を、利用させてもらう。


「……いくわよ」


 ――熱を、伝えて。この内に流れる生命の躍動を。

 たとえこの身が凍てつくほどに枯れ果てようとも。

 我が心に灯す炎は、黒き闇を引き裂く、光となる。


 眼前に佇むは霧中の双子。しかしその正体は――


「――ハッハ! ソノ命、モらったァ!」

「それは、影像シャドウよ!」

「……な、ナにィイィ!」

一刀アブシュナイデン


 ――投げられた賽は、二度とは元に戻らない。

 しかし去り行くものに、せめてものはなむけとして。


「どうか……安らかに、お眠りなさい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る