第16話 噂を追って


 ザールシュテット伯から得られた情報によれば、人さらいの元凶と目されている存在は、人型の妖魔。また、一連の失踪事件はいずれも強い雨の日に集中しており、ふと目を離した隙に姿が見えなくなってしまった者も居たらしい。


 しかし、失踪した彼女たちが最後に目撃された場所と時間帯は極めて不規則で、雨の日に若い女性の失踪が相次いでいるという点以外には、今のところ特殊な規則性を見出すことは出来ない。

 そしてこの二週間の間に失踪した女性の数は、全部で四人。


「事件の目撃証言が集中しているのは、決まって強い雨の日……何故かしら」

「宿の主人から聞きましたが、この辺りだと雨の日は傘を差すのではなく、雨合羽を羽織るのが普通だそうです。皆が一様に似たような格好をしていれば、町並にも溶け込み易いですよね。それに雨勢が強ければ、少々の物音や声がしてもさして注目を集めることはないはずですから、意図的にその日を選んでいるのかもしれません」

「雨合羽……今回の妖魔も、人の姿を騙っている可能性が高そうね」


 ただ、そうなると次の雨の日を待たなくてはならない。

 とはいえ、指を咥えて待っているだけというのも癪。

 事件解決のために、何か他に出来ることは……。


「ねぇリゼ、妖魔が彼女たちをさらったとして、皆を何処にやったと思う?」

「それは……彼女たちの遺体の一部すら見つかっていないとなると……普段、人目には触れない場所に移しているとは思いますが……建物の地下という場合も?」

「ふむ、地下となれば……この水の都ではきっと限られた場所にしかないわね。あとはザールシュテット伯から頂いたこの町の詳細な地図を見ながら、一見怪しそうには見えない、しかしあまり人目にはつかなさそうな場所に、一つずつ印を付けてみましょう」


 ――ザールシュテット伯曰く、三人目の捜索願が出された際に大規模な捜索隊を密かに編成し、町の内外を含めた広範囲に渡って捜索をしたものの、遺留品を含めてさしたる手掛かりは得られず、そのまま次の失踪者を出してしまったと言っていた。

 

 その時大々的に事件を周知させなかったのは、個々の失踪における因果関係を認定するだけの証左がなく、それに加えて観光客の減少を懸念した故のことだったらしいけれど、その判断が結果的に新たな失踪者を生んでいる原因にもなったわけね。


 そしてまた、失踪直後に妖魔らしき姿を見たという証言が初めて得られたのは、四人目の失踪者が出てからだったとも。それ故に三人目までは、一連の失踪を誘拐事件だと仮定しても、その犯人はあくまで人間であるものとして捜査されていたはず。


 そもそも、妖魔がわざわざ町で人をさらう目的は一体何?

 襲った後、何処か人目に触れない別の場所で食べるため……?

 あるいは、ドルンセンの町で遭遇したあの妖魔のように、金銭目的で?


 もしも後者だとしたら、その背後には妖魔ではなく、裏社会の人間が絡んでいる可能性だってある。それも個人ではなく、人身売買を生業としているような組織が。

 ことの次第では、この運河を渡るのに、想像以上の困難を伴うかもしれない。


「……さて、これで二枚とも目ぼしい場所に印を付けられたと思いますよ」

「ご苦労様、リゼ。では今日は暗くなるまで、この印を付けた場所を可能な限り手分けして回ってみましょうか。日が傾いてきたら、ここでまた合流しましょう」


 まずは足を使って、出来ることから地道にこなしていくしかない。

 そうしていれば、何か新しい手掛かりが見つかる可能性だってある。



 ***



 秋陽が大きく西に傾いて、夜の気配がそこはかとなく漂ってきた。

 リゼと別れ、個別に調査を開始してからもう三時間は経った様子。

 こちら側は成果が得られなかったけれど、今日はこの辺りが限度。


「あら、リゼ。一足先に着いていたのね」

「おかえりなさい、メル。そちらはどうでしたか?」

「今まさに、私も同じ質問をしようとしていたところよ……」

「となると……お互い察しがつきますね」


 ――二人分を合わせても、まだ全ての地点を回ったことにはならないものの、この結果は、全体の七割にも及ぶ場所が空振りだったことを意味している。

 体力的にはまだまだ余裕があるけれど、手掛かりなしという事実は、精神的に意外とくるものがあった。ここは一度、乾いた心に潤いを満たしてやらなくては。


「ふぅ、さすがに少し疲れたわね。このあと夕食を取ったら、一緒にお風呂を頂いて、早めに眠ることにしましょうか」

「はい、そうですね……って、ん? 一緒……? あの、すみませんメル。聞き間違いだとは思うのですが、今、一緒にお風呂、と聞こえたような気がしたのですが」

「ええ、それで間違いないわ。ここの浴室も浴槽も、思ったより空間に余裕があるみたいだから、今日はあなたと一緒に入ろうと思って」

「なるほど……って、ええ! だって、その私、最後にメルとお風呂をご一緒したのは、もうずっと昔のことで……今はもう、そのっ、お互いに……」


 ――このリゼの反応。そんなに恥ずかしがるようなこと、なのかしら?

 同じ女性で、それも幼馴染なのだから、別に気兼ねなくお互いの背中を流せると思うのだけれど。まぁ裸のままじゃ無理だって言うのなら、少し配慮しましょうか。


「なら、お互い水着を着て入りましょうよ。本来は海で使おうと思って用意していたものだけれど、何着か持ってきているから、後で好きなのを選ぶといいわ」

「まさかそんなものまでご用意されていたとは……ふふ、ではせっかくのご厚意を無下にするわけにも参りませんから、ここはご一緒させていただきます」


 ――あら、今度はどこか嬉しそうな顔を……?

 リゼってば時々、面白い反応を見せてくれるわね。

 ともあれお風呂には付き合ってくれるようで、何よりだわ。


 私も、随分と久しぶりのことだから、何だかとても楽しみだけれど、ね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る