第30話 死点


 リゼが合成獣キマイラの注意を一手に引きつけて、相手の攻撃を避けながら部屋内を反時計回りに移動していく。そしてその一方で、私が時機を見計らって天井から吊り牢を落下させ、それを可能な限り相手に直撃させると共に、致命の一撃を入れる機会を窺う。


 落ちた吊り牢はただの転がる鉄塊ではなく、相手の攻撃から身を護ると同時に、その位置を一時的に覆い隠す遮蔽物としての役目も果たせる。しかし私の本当の狙いは別にある。それが上手く奏功するかは別として、試す価値は大いにあるはず。


「あれほど幾度も鉄塊の直撃を受けながら、さしたる損害を受けていないように見えるあたり、並の物理攻撃で相手に致命傷を与えることは至難ね。やはり直接、この刃を相手に届かせる必要があるようだわ」

「メル、落とせる吊り牢は今ので最後です! あとは中央のあれぐらいしか……」

「いいえリゼ、それには及ばないわ。あなたのおかげでこちらの準備は整った。最後にあいつを中央へと誘導して頂戴!」

「承知しました!」


 ――リゼも恐らく気づいてはいないでしょうけれど、あなたと化物の後を追うようにして、私は私の役目を果たしていた。地に落ちた数多の吊り牢、あれらは私が施した魔紋ロガエスが刻印された状態にある。すなわちそれは、私の支配下にあるということ。


 時計上に配された数字のように、円形状にほぼ等間隔で点在する吊り牢、それらは十二角形を織り成し、極めて強力な魔導域マナスフィアを構成する陣の柱となる。

 あとは私が己の魔素を送出してそれを一気に開放すれば、次の一手が出せる。


「合成獣を中央に誘き寄せました、メル!」

「上出来よリゼ……開放アペルタ!」


 ――魔導域の形成には無事成功した様子。

 落ちた吊り牢の全ては、私の魔素によって魔導体となっている。

 そして私が利用するのは吊り牢そのもの、ではなく、それの付随物。

 

「戒めよ……繋鎖の桎梏ケッテン・フェッセルン!」

「光の鎖が……? そうか、メルは吊り牢に繋がっていた鎖を利用して……!」


 かの吊り牢たちを吊り牢たらしめていた太い鎖たち。私の魔素によって性質が変化したそれらは、いかなる巨躯の抗力をも封じ込めることが出来得る、極めて堅牢な羈束きそくとなる。

 そして十二箇所から伸びたそれらに纏わりつかれては、たとえあの化物の怪力をもってしても、動くことなど出来はしない。


「今だわ……いくわよ、リゼ! 確実に仕留めるわ!」

「はい!」

「まずはお前よ蛇頭! 鷲牙天墜襲ハービヒトカレン!」


 敵の攻撃を躱すと共にその頭上へと跳躍し、白刃を閃かせる。

 次の瞬間、毒霧のような濃緑の煙を吐きながら、蛇の首上が飛んだ。

 斬られながらも最後まで攻撃の手を止めようとはしない、恐ろしい相手。


「そして……後ろ! 三叉連斬刻ドライツァック・シュネーベル!」


 黒獅子と鳥、そして角頭の三箇所を一度に刺し貫く。

 こうなればもはや、ただ図体が大きいだけの肉塊。


「リゼ、あとは任せたわ!」

「決めます! 死点してん……爆砕衝ばくさいしょう!」


 リゼの一撃を受けて、再び壁面へと叩きつけられた巨体が次の瞬間、内から爆ぜた。辺りに飛散した合成獣だったものを見る限り、もうあれが私たちに牙を剥いて向かって来ることは二度とない。時間を逆に巻き戻らせでもしない限りは。


「はぁ……上手く、いきました……」

「えぇリゼ、今のが以前言っていた、相手の死点を突くという技なのね」


 ――リゼが放った技、あれは相手の体内に存在する『死点』という箇所にありったけの魔素を送り込んだ後、その組成を急変させて不安定な物質に置換することで、ほんの僅かな間にその内部から自壊させるという必殺拳に違いない。


 しかしながらその死点を見出すのは容易ではなく、技の効果を正しく発現させるには、相手が静止に近い状態でなければ至難であると、以前彼女自身が言っていた記憶がある。けれど流石はリゼ、それが必要とされる時に上手くやってのけた。


「はっ、クリストハルトは……!」

「もう、ここには居ないようですね。どの時点だったのかは定かではありませんが、どうやら私たちがあの化物と戦っている間に、何処かへ逃げたようです」

「……とりあえず今は、オスヴァルトの救出を最優先にしましょう。私たちも一旦ここから出ないと、またあの男が何か奸計を仕掛けて来ないとも限らないからね」



 ***



「やはりこちらの仕掛けが吊り牢と連動しているようです。今、降ろしますね」


 ――部屋の隅にあった隠し通路、その先に吊り牢を操作するための仕掛けがあったとはね。合成獣が激突して崩れた壁面から、その通路が偶然露わにでもならなければ、リゼに協力して貰って、あの牢へと飛び移らなければならないところだった。


 左の脇腹が酷く重い痛みを告げる今、それを避けることが出来たのは僥倖。


「オスヴァルト伯、お身体の具合は……」

「何、大事ない。私は目をやられたぐらいで済んだが、荊妻けいさいは二度とは戻らんよ。全て、愚息一人抑えることが出来なかった私の落ち度だ」

「あぁ、何ということ……心情、お察しいたしますわ……」

「私が肩をお貸しいたします。歩けますか?」


 ――ともあれ、オスヴァルト伯の命自体には別条がない様子。

 その艱難辛苦は推し量るに余りがあるけれど、彼を救えたのは不幸中の幸い。

 時既に遅しといえど、全ての元凶であろうクリストハルトの後を追わなくては。


「この場は一旦任せたわ。私はクリストハルトがまだ近くに居ないかどうか、一走りして確かめる!」

「分かりました、こちらはお任せを!」


 左脇腹からの痛みが、刻々と増していく。

 しかし今はただ前へと走り続けるだけ。

 間に合う可能性が、まだある以上は。

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