第29話 生き延びるための一手
「メル! ご無事ですか!」
「……大事ないわ。それより、あなたまでこっちに来るのは感心できないわね」
「すみません……気づいたら身体が自然に、動いていました」
――リゼは攻撃を受けた私の身を案じて、自らの危険も顧みず、すぐさまこちらへと駆けつけてくれた。それは素直に嬉しい。けれども、それによって相手の四つある視線の全てが、今私たち二人の一点に注がれてしまっている。
「頭が四つあるというのが、これほど厄介なことだとはね……ん?」
「どうしました、メル?」
「ふふ……良いことを思いついたわ。リゼ、ほんの数秒で構わないから、もう一度だけ相手の注意を一手に引き付けて貰えるかしら。それと、可能な限り破壊力の高い技が出せるよう、準備をしておいて。その発動に時間を要するものでも大丈夫だから」
「何か策があるのですね……任されました!」
――ふと目に留まったものたち。すっかりその存在を忘れてしまっていたけれど、今あれらを使わない手は無い。
「良いわリゼ……
「メル……! そうか、吊り牢の鎖を断ち切って……!」
命中。いかな魁偉といえど、あれほどの鉄塊が落下した衝撃をまともに受けては、全くの無傷というわけではいかないはず。そして何より、その動きを止めることが叶った以上、発動に予備動作を必要とする大技でも、今なら放つことが出来る。
「はぁぁぁあ……
「我が内なる力よ、今こそ集え……
手応えは確かにあった。体内にある魔素の大半をあの一撃に乗せたのだから、これでもし相手に大した損害を与えられていないとしたら、いよいよ進退が極まってくる。傍らのリゼですら、同じような技を使った反動で、今では肩で息をしている。
「はぁ……見て、ください……あの化物、私たちの攻撃を受けて、壁の中にめり込んでいます……さすがにあれは、やりました……よね?」
「だと、良いけれど……物語の中では、そういう言い回しをすると、往々にしてその結果は反するものになると、相場は決まっているわ。して、実際は……」
――合成獣は私たちの同時攻撃を受けた衝撃で壁面に激突し、その巨体ごと内部にめり込んだ様子で、今は山積した瓦礫の中に埋もれている。
これで動く気配さえなければ、直ちにオスヴァルトを救出し、またあのクリストハルトが逃亡する前に拘束できるよう、間髪を入れず次の行動に出たいところ。
「……まさか」
眼前の瓦礫が動いた。一つ、二つ、さらに三つと。
冷たいものが頬を過った。一筋、二筋、加えて三筋と。
そして間もなく、両者の数を数える意味が無いと悟った。
「そんな! あれだけの攻撃をまともに受けて、まだ動けるとでも……?」
「……だから言ったのよ。しかしこれは、さすがに笑えない状況だわ。瓦礫から出てきたところを、二人で一気に仕留め――」
大きな瓦礫が砂利の如く方々へと弾き飛ばされ、その一片が身を掠めていった。
化物はまだ動けるどころか、以前にも増してその巨躯に力を滾らせている様子。
こちらが先の攻撃で激しく消耗したのを、恰もあざ笑っているのかのように。
「また、来ます!」
「ちっ!」
――やはり先ほどよりも俊敏になっているように感じられる。
こちらが持っている魔素はもう残り少ないというのに。
「メル、こちらを!」
「ん……これは?」
――小袋の中身は、琥珀色の氷砂糖……かしら?
しかしリゼは一体何故、こんなものを私に?
「リゼ、これはどういう……?」
「食べてみれば分かります!」
「ならば……んっ」
――硬いと思いきや、ほろりと崩れて蜜のような甘いとろみが溢れてくる。
けれど、体の奥底に火が
「身体に力が
「コロナから預かっていたものです! 何でも化石樹の樹液を使った『琥珀糖』というものだそうで、すっかり渡しそびれていました」
化石樹といえば、その樹液に高濃度の自然魔素が含まれていることで知られている極めて希少な存在。確かにそれを直接摂取したとすれば、この内側から力が溢れてくる理由にも合点がいく。
「いえ、かえって良い頃合だったわ。これならまだ戦える!」
「ん……メル、角頭がそっちを向いています!」
「なっ――」
急にこちらを向いた角頭が放出してきたのは、異様に黄色い液体。
寸での所でその飛沫を回避したものの、私が居た場所とその背後にあった鉄の牢が途端に白煙を上げて溶解していき、酷く損壊していくのが判る。
「凄まじい強酸……角頭もあんな攻撃を隠していたとはね。あれを肌身に受けでもすれば受傷部位がたちまち壊疽を起こして、骨までをも腐食させるに違いないわ」
「ここからどう動きますか、メル」
「そうね……リゼ、本当に悪いけれど、あいつがこの複数ある吊り牢の直下に来るよう、再度誘導を頼めるかしら。試してみたいことがあるの」
「承知しました! 何とか上手くやってみせます!」
使えるものは何でも使い、打てる手は全て打て。
ただひたすら己が生き延びるために、最善を尽くせ。
そして最後の瞬間まで決して、相手を侮ることなかれ。
この身に刻まれたエーデルベルタの
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