第87話 祝いの席で


「……しかしまさか、こんな展開になるだなんて」

「ふふ。少し驚かせてしまったようでごめんなさいね、リゼ」

「いや、かなり驚きましたよ……はい」


 私がシャルに対して賭けの褒賞として要求したものは、彼女と友達になること。それを聞いた彼女はしばし言葉を失って固まった後『本当に、それでいいの?』と私に訊ねたものの、私がそれに対して迷いなく頷いて見せると、間もなく花が咲いたかのような表情を見せながら私の望みを二つ返事で受け入れ、そして私が新たに友人となった彼女を食事に誘うと、それならばということで彼女は私たち全員を自身の屋敷に招いた上で一緒に夕食を楽しみたいと提案したのだった。


「まさか自分を負かした相手の勝利をこうして祝うだなんて夢にも思わなかったけれど……何故かしら、不思議と悪い気はしないわね。でもメル、他に幾らでも手に入れられるものがあったでしょうに、どうしてこの私を友人に……?」

「その……今のあなたにただ同情しただとか、そういうことではなくって、何というか私たち、お互いに色々と似ているところが多い気がしてね……こう、ちゃんと話せば良いお友達になれそうな感じがしたのよ」


 共に同じ貴族の生まれであることや剣の道を志したことはもとより、魔導の資質に恵まれていることや自分自身に絶望して自らを辞めようとしたことなど、すぐに思いつく範囲だけでも私との共通点を多く見いだせる彼女の存在は、とても他人であるようには感じられない。

 そしてあの時私たちが浜辺で偶然出会ったことにしても、それは彼女と何らかの縁があったからだという風に思えてならなかった。


「んん……! このろぶすたぁ、だっけ? とにかく身がとってもぷりぷりしててすごくおいしいよ、リゼお姉ちゃん!」

「んもう……エフェスってば。お皿にそんなに沢山盛って一人でぱくぱくと……全く、周りなんてお構いなしなんだから」

「ふっふふふ、とっても食いしん坊さんなのね……エフェスちゃん。見ていて気持ちがいいくらいの豪快な食べっぷりだわ。どうぞ遠慮なく召し上がって頂戴ね」

「でも本当に美味しいです……今日は私たちまでお招きにあずかりまして、ありがとうございます、シャルさん」

「あぁ、あなたもどうかそんなに畏まらないで、ぜひ普通に話して頂戴。確かレイラ……だったわね。今日はあのエフェスちゃんのように、気兼ねなくお食事を楽しんでいって頂戴ね。それと、もしよければあなたのお話も聞かせてもらえると嬉しいわ。私が持っている知識なんてどれもこれも本の中にあるものばかりで、生きているものではないから、後学のためにも色々と教えて欲しいのよ」


 私たちとの歓談を楽しみながら食事をするシャルの姿は、つい数時間前まで絶望の淵を彷徨っていたとは思えないほどに和やかで、とても活き活きとして見えた。


 それに試合前に纏っていた雰囲気と今のそれとでは何処かが著しく異なっているように感じられて、彼女の中では見えない何かが既に大きく変わり始めているのかも知れなかった。


「ところでシャル。言いそびれていたけれど、この私たちのことを女王陛下に奏薦してくれたのよね。陛下に近しいであろうあなたが力添えをしてくれたのなら、私たちの亡命申請もきっと通るわ。本当にありがとう」

「そのことは私からもどうかお礼を。この度は私たちのためにお力添えを賜りまして、シャルさんには感謝の言葉もありません」


 リゼからはまだ、一度はこの私を自身のものにしようとしていたシャルに対して、何処かよそよそしさがあるように感じられるものの、つい先刻までは確かにあった刺々しさが今ではもうほとんど無くなっているように思えた。この分ならばきっと、これからお互いに触れあっていくうちに自然と打ち解けていくはず。


「いえ、感謝には及ばないわ。それはあくまで私が個人的にやったことだからね。それと私が陛下に奏上したのは、亡命認定はもとより正国民としての位階をあなたたちの皆に叙位していただくことよ」

「……だとしたら尚更、あなたにお礼をしなくてはならないわ」

「どうか気にしないで。あなたたちをフィルモワールの国民として正式に迎えることは、この国の今と未来にとって必ず大きな利益になるのだから。そこは特に念を押しておいたわ。後日メルが陛下に拝謁する際には、何かしらのお言葉を頂戴することになると思うけれど、その内容はあなたの胸だけに留めておくと良いわ」


 シャルからの手助けもあり、私たちが真正なフィルモワールの国民として認められる見込みとなった以上、この私が描いていた夢――フィルモワールにお店を開くことが、早くも現実味を帯びてくるように感じられた。


 ただ依然として気持ちだけが先行している部分があまりにも大きくて、実際にどんな店にしようかといった具体性こそは欠いているものの、夢というものは独りでに何処までも際限なく膨らんでいくもので、私は自分の胸の奥底が弾んでいるような感覚を確かに感じた。


「ところであなたたち、もし良かったらしばらくの間だけでもこの屋敷に住むつもりはないかしら? もちろん無条件かつ無賃料でね。つい先日までここには私以外に大勢の子たちが住んでいたのだけれど、今では執事のエステールを除いて皆居なくなってしまって、正直部屋を持て余しているの。それに屋敷全体ががらんと静まり返っていて、何ともうら寂しいのよ」


 エステールとシャルとの関係は、おそらくリゼと私とのそれに近いものがあるのかもしれない。これまで彼女たちがどんな日常生活を送ってきたのかは判らないものの、ある日突然現れた私たちがそんな二人の領域に大きく踏み込んでいくのは、いくらシャル自身の厚意があるとはいえ、流石に憚られる気がする。


「……願っても無いお話だけれど、流石に悪いわ。あなたに仕えているエステールさんの気持ちもあるでしょうし、まだ知り合って日の浅い私たちがいきなりここに住むというのはどうにも――」

「そういうことなら、心配は要らないわ。エステールはもとより賑やかな方が好きだったようだったし、何よりあの子には以前から想い人が居るようだから」

「そう……なの?」

「ええ。だからあなたたちは遠慮なくここに住むといいわ。何か今の場所を離れられない特別な事情があるというのなら、別だけれど」

「そんな事情は特にないけれど……どうする、リゼ?」

「わ、私に訊くのですか……? それは……こんな広いお屋敷に皆で住まわせてもらえるというのなら、他に反対する理由なんて見つかりませんが……」


 シャルは何処か歯切れが悪い様子のリゼを見て何かを察したのか、リゼを自分の近くに招き寄せると、その手で自らの口元を隠しながらそっと何かを囁いたようで、それからややあって自分の席に戻ったリゼは再びその口を開き、

「私個人の問題というか……懸念は一応解消出来たので、ここはシャルさんのご厚意にあずかっても良いのではないでしょうか?」

 と、今度は全く淀みの無い口調でそう答えた。


「……ん? 懸念って、一体何だったの?」

「そ、それはまた後ほど……レイラやエフェスも、異論はありませんよね?」

「はい。前にも話し合いましたけど、こんなところに住まわせてもらえるなんて、まさに夢のようですから、断る理由なんてありません」

「私も! ここって確かお風呂もおっきかったよね? 皆で入って遊べるよ!」

「あらあら……ふふ。そうね、皆で入った方が楽しいわよね? エフェスちゃん」


 ――何だかリゼがまた複雑そうな表情を浮かべているような……?

 ともあれ、皆シャルの厚意にあずかってここで住むことに異論はないようね。


「……では、よろしくお願いしてもいいかしら、シャル?」

「もちろんよ、メル。私たちはもう友人なのだから、困った時にはお互いさまよ。それと部屋はたくさんあるから、あとで皆好きな部屋を選んで頂戴ね」

「やったぁ、リゼお姉ちゃんもあとで一緒に見て回ろうよ!」

「あっ、う……うん。本当にありがとうございます、シャルさん」

「ええ、リゼ。あなたも色々と、上手くいくことを祈っているわ」

「上手く……?」

「ほらほら、何でもいいじゃないですかメル。さぁ、お食事を楽しみましょう!」


 こうして私たちは、転居の手続きや荷物の持ち運びなどでまだ多少の時間は要するであろうものの、シャルのお屋敷に住まわせてもらうことが決まった。


 あとは後日、私自身が女王陛下との謁見で失礼がないように特に気を配らなくてはならないものの、目の前にあった大きな問題が一度に吹き飛んでしまったようで、私の気分はとても晴れやかだった。

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