第96話 もう一つの真実
あの実に厄介な相手――ミスパルたちは幾つかの集団に分かれた上で、宙空を揺れ舞いながら私たちの一人一人に対して魔現による攻撃を多方向から同時に繰り出してくる。相手が持つ魔素の性質が不明である以上、無闇な反射や防御の試みは行わず、ひたすら回避のみに徹して反撃の機会を慎重に窺い、ここぞという時に重い一撃を見舞って、相手の数を一体ずつでも確実に減らしていくことに専念する。
「
二つに重なった苛烈な衝撃波を放ち、
「
上から襲い掛かる紅い光の鉤爪を下から穿ちつつ、
「
斬り伏せたミスパルを足場にして、眼下のもう一人にも斬りかかり、
「
集団で着地の隙を狙ってきた敵たちを刃の竜巻で即座に一網打尽にした。
連続技は消耗こそ激しいものの、効果的に繋げさえすれば最小の力で最大限の影響を与えることが叶う有効な手段でもある。有事に備えてこれまでシャルたちと弛まぬ鍛錬を重ねてきた結果が、今こうして如実に表れているのかも知れない。
そしてもちろんそれはリゼについても言えることで、以前よりも切れ味と速度が数段にも増した技の一つ一つが、数では圧倒的に勝る敵の群れを、徐々にではあるものの確実に崩していっているさまが見て取れた。
さらにリゼと姉妹のように近しくなったエフェスと、これまで様々な状況の変化にも多く対応してきたであろうアンリがそこに加われば、ごく自然な流れの中で即席ながらも強力な連携が生まれてくるようだった。
「
鮮やかに宙を舞うリゼが華麗な蹴撃を披露すれば、
「
逃れたミスパルたちをエフェスがすかさず雷鞭で打ち付け、
「
双剣を手にしたアンリが落ちた彼女たちに次々と止めを刺していく。
当初は圧倒的な数的不利の状態にあったものの、以前よりも遥かに多くの魔素を自身の身体に蓄えられるようになったことでその継戦能力を増した私たちが、術技を惜しみなく、また連携を取りながら繰り出し続けたことで、こちらに差し向けられる敵の戦力が着実に低下してきていることが確かに判る。
とはいえ、未だ数では相手の方が勝っている事実には変わりなく、また少しでも相手の致死的な攻撃を受けるようなことがあれば、こちらの連携は一気に瓦解するため、依然として予断を許さない状況が続いていた。
「くっ、まだ湧いてくるとは……これじゃ本当にきりがないわね。ここは一つ、大きいのをお見舞いしてあげましょうか……! みんな、少しの間だけ私の援護を頼むわ! エフェスも私の周りに敵を近付かせないよう、お願いね!」
「はい!」
「了解!」
「分かった!」
ある程度数を減らした今ならば、この現状を瞬時に好転させるための大技を試す価値がある。リゼたちに敵をこちらに寄せ付けないよう一旦釘付けにしてもらっている間に、私は体内の魔素をリベラディウスに集約し、大勢の敵を一度に仕留め得るだけの力を持った一撃を、あのミスパルたちに向けて一気に解き放つ!
「いくわよ……みんな!
間もなくリベラディウスから打ち放たれた光の翼は、宙空に幾つもの群れを成していたミスパルたちを残らず巻き込みながら、凄まじい勢いで各々を周囲の壁面へと叩き付け、逃げ場を失って崩壊する魔素と共にその場で悉く爆ぜたようだった。
「はぁ……はぁ……これで……ん、クリストハルトが、居ない……⁉」
「あ、あいつ……! また隙を見計らって自分だけ逃げたのでしょうか!」
「しかしまだそんなに遠くへは行っていないはず……」
「あれ……あっちに通路があるよ! さっきはあんなとこ開いてなかった!」
「……きっとあそこから逃げたんだわ。すぐに皆で追いかけましょう!」
最初に私たちが入って来た扉とはまた別の方向に、何処かへと続く通路があり、私たちは彼がその経路を通って逃亡したものと考え、そのあとを全力で追いかけていると、果たしてその視線の先に、動いている小さな人影を見い出すことが出来た。
「……居たわ! 逃がすものですか……
この位置からであれば、直撃するまでの距離減衰によって、ちょうど相手の動きを奪う程度の威力に変化しているはず。本当ならば今すぐその命を絶ち切ってしまいたいものの、あの男には必ず然るべき裁きをその身に受けさせなくてはならない。
しかし、私が放った衝撃波はもう少しで命中するという寸でのところで何かに阻まれたかのように消滅し、彼の身体を捕らえることは叶わなかった。
「えっ……掻き、消された……? 今何か、透明な壁に阻まれたような……」
合点のいかない現象に
「あれは……
仙脚によって一時的に爆発的な瞬発力を得た状態から即座に抜剣の体勢に移行し、魔素を込めたリベラディウスをその隔壁らしきものに向け、一気に突き立てる。
「
並の魔導隔壁であれば、たとえ多重構造になっていようとこの一撃を以て貫ける。もしこの切っ先を退けるとすればそれはきっと、
「……くうっ! 嘘……この一撃を弾いた……? まさかこれは、本当に……」
「……その、まさかさ。それは古代に存在した防衛機構の一つ……といっても、この今でさえもまだ生きているがね」
「あなたは一体……」
「私には為さなければならないことがあるのだよ。たとえお前たちに何度後ろ指を差されようともな。これも我々人間が生き延びるためだ」
「さっきからあなたの言っている言葉の意味が全然解らないわ……そんなことより、今すぐこの隔壁を解いて、神妙にしなさい!」
「いずれお前にも解るさ……ではな」
「あっ、お待ちなさいクリストハルト! まだ話は……!」
それから程なくして、後ろから追いついてきたリゼたちが私に駆け寄ると同時にクリストハルトの行方を訊ね、私が目の前にある隔壁によって追跡を阻まれた旨を告げると、それに対して最も大きな損害を与えることが出来るであろうエフェスが、自身の魔現を以て目の前の壁を打ち破ろうとした。
「全てを穿て……
両手を前に広げた格好をしたエフェスがそう叫ぶや否や、その手と手の間に生み出された太陽の如き大きな光球が鋭い
「眩しっ……!」
やがて薄らいでいった光のあと、私たちの目の前に現れたものは、小石を投じられた水面が微小な波紋を走らせるかの如く、その表面を俄かに揺らせながらも、未だ泰然自若とした表情を浮かべ続けている隔壁の姿だった。
しかしあのエフェスの強烈な一撃を以てしても、其処に傷の一つすらも付けられなかった事実には、正直に言って驚きを隠せない。
「駄目……かぁ……」
「そんな……ここまで来たというのに、また……!」
「何か方法があるはずです……辺りをよく見渡して――」
リゼがそこまで言った時、突如として室内を照らしていた照明から光が失われ、辺りは瞬く間に暗い闇の中に閉ざされてしまった。
「ん、部屋が急に暗く……? でもこれならひょっとして……」
「何をしているのアンリ! そっちにはまだ隔壁が……!」
「……消えていますよ、メル! かなり暗いですが、これなら奥に進めます!」
「これは……本当に隔壁が消えている……? しかし一体何故……ともかく、邪魔者が消えたのは好都合だわ。視力を強化して、微かに残っている通路の残光を目印にしながら、クリストハルトの後を追いましょう!」
通路には先ほどまで灯されていた光の残滓がまだ微かに残っていて、辛うじてそれを道標として奥に進むことが出来そうだった。そしてそれを頼りに私たちが通路を進んでしばらく経ったその時、まるで最初から何事も無かったかのように、通路全体に敷かれていた照明がまた急にその息を吹き返し始めた。
「ん、また光が戻って……さっき暗くなったのは一体何だったのかしら……? とりあえず今はこのまま行けるところまで一気に進むわよ!」
そのまま道なりに通路を進むこと約数分、私たちは如何にも奥に何かがあることを思わせるような、極めて重厚な装いを見せる非常に大きな扉の前に到達した。
「きっとこの扉の奥だわ……エフェス、これを開くことは出来るかしら?」
「うん、またやってみる……!」
エフェスがそう言って手で扉に触れると、その表面がこれまでと同様の反応を示し、間もなくその厳重に閉ざされていた扉――実際は多重構造になっていたものがゆっくりと開き始め、その奥が次第に明らかになっていった。
「う……! こ……れは……」
私は、この目の前に広がっている光景がとても現実のものとは思えず、生唾を呑んだ。何故なら今、私の視界を覆い尽くすほどまでに夥しい数の硝子容器が、立錐の余地も無く辺り一面に敷き詰められていたのだから。
そしてその容器全ての中に……エフェスと同じ顔をした少女が浮かんでいた。
眠っているのか死んでいるのかすらも判らない、熱の宿らぬ顔をしたままで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます