第19話 翼を奪われた少女
――馬車が停止してから、三分は経った。
最初に長く止まったのは恐らく町の門をくぐった時だろうけど、そこから三、四十分はほぼ走り続けていたから、これはきっと目的地に到達したのでしょう。
しかしこの荷台、やはり音を遮断する素材で造られているようで、外界の状況を窺い知ることは、
あとはいつでも攻撃に移れるように、この剣を見られないように動かなくては。
さっきは雨合羽で見えなかったはずだから、まだ存在を知られてはいないはず。
この髪を下ろせば、腰の辺りまではすっぽりと隠れる。この陰を利用して――
ギ……ギギ……。
「ん……これは、荷台の扉が開く音だわ。光を消さないと」
「降リロ、娘」
――ここは地下、ではないようね。
雨の叩く音が確かに聞こえるもの。
となると、何処かの施設内かしら。
「妖魔……」
この巨躯と容貌、やはり人のものでは決してない。
ただ先の妖魔と比べれば、随分とほっそりした印象。
それに妖魔特有の刺々しい気配があまり感じられない。
むしろ、この妖魔からは人に近い何かが漂ってくるような――
「ん……変わっタ奴だな貴様ハ。俺の姿ヲ見てモ全く驚かないトハ。たいていノ人間ハ、震え上がっテ絶叫するか、腰を抜かしテ小便を漏らすものダが」
「何、小さい頃から、あなたたちとはちょっとした因縁があるだけよ……それで、私をどうするつもり? まさか殺して食おうとでも?」
「ハッハッ、今時そンな理由で妖魔がワざわざ人間に化けルもノカ。一部の奴ラニ気取らレないよウ妖気を隠すのハ、死ぬほど辛いのダゾ? 貴様らデ言えバ、水面カラ鼻だけヲ出しテ息をスルようナなもンだ」
「なら、そうまでして町に現れたのは一体何故?」
「いいカラ、俺の言う通りニ歩ケ。さもなくバ、この爪デ背後から一気ニ、その紙キレみたいな脆い身体ヲ刺シ貫いてヤル」
――この場で斬ることなら簡単、いつでも出来る。
しかし今はまずこの妖魔から情報を引き出さなくては。
この感じだと、他の失踪者らもここに居る可能性が高い。
「ねぇ、私以外にも他に誰か居るの?」
「ああ、確かニ貴様以外にモ、捕えタ奴がここニいルゾ」
「本当に? それは何人ぐらい?」
「うるサイ奴ダ。まァ、じきに判ルサ」
――ん、今度は地下へと向かっている……?
しかし一体ここは、何のための施設だと言うのかしら。
この建材からして、明らかに人の手で造られたものだろうけど。
それに、よくよく見れば、最近補修したような跡が所々に見える。
「さァ、そこに入ってイロ」
やや古ぼけた燭台の上にある火が照したのは、鉄格子の牢屋。
格子自体は端々が錆びているものの、その太さから察するに、人の力で打ち破ることは到底叶わないほどの堅牢さを有している様子。もっとも、私の剣――リベラディウスにとってみればそれは、ただの細い棒切れの集まりに過ぎない。
「ちょっと、あなたは一体どこへ行くの? 他の人たちは?」
「貴様ハ知らなくてモいい事ダ。いずレ判ル」
――さっきは、じきにって言っていたくせに。
恐らく、今の私がそうであるように他にもこういう牢屋があって、皆はきっとそこに捕らえられているのでしょう。なら、あの妖魔の居ぬ間に、やるべきことを。
「……ふんっ!」
――この鉄格子は思った通り……いや、それ以上に脆い。
やはり錆がついていただけあって、錬金術で造られた金属ではなかった。
この分なら牢を見つけさえすれば、そこから出すこと自体は容易に思える。
「この地下は結構広いようだけれど、とにかく他の子たちを探すしかないわね」
――それにしても、あちらこちらに医療器具や薬瓶が転がっているところを見るに、ここはかつて何らかの医療施設だったと考えるべきかしら。どうしてあんな牢のようなものがあったのかは謎だけれど、それらは後から作られた可能性もある。
「あら、あれは牢だわ。ん……?」
――牢屋に囚われているのは人……ではなく、空色の長い髪をした、妖魔?
左右の瞳の色が黄色と水色とに分かれて……猫の
見た目自体は人間の女性とまるで変わらない。けど、僅かに妖気を感じる。
こんなところで外見を偽装する意味が浮かばない以上、これが素の姿であるはず。
「あなた……妖魔、よね? 一体どうして、この牢屋なんかに?」
「……あなたは、人……人なの? どうやってここへ……?」
――人語の話し振りにしても妖魔特有の訛というか、ある種の癖のようなものがまるで感じられない。この妖魔は一体……。
「私は人よ。ここへはあなたのように囚われている人たちを探しにきたの。あなた、それについて何か知っていることはあるかしら?」
「私には詳しいことは分かりません。けど、別の牢に入れられていた時、ここから何処か他の場所へ連れられていく人間なら、前に見ました」
「……そう。となると、先に失踪した子たちは、もうここには居ない可能性もあるのね。ところであなた、本当に、妖魔……なの?」
「私は
「これは……」
――まさかこんなところに、妖魔と人との
こうなると、一連の失踪事件にも、何かとんでもない裏がありそうだわ。
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