第56話 声の色
「そっちは頼んだわよ、リゼ!」
「はい! お任せを!」
橋の前に立っていた三人が、その白く閃いた刃を私に向け、襲い掛かってきた。
正面と左右の斜向かいから、僅かな時間差を以て浴びせられる剣筋は、情の入る余地など微塵も感じられない、極めて冷たい氷の刃であるように思える。
「なるほど、確かによく訓練されているようね……しかし――」
この三人の刃を合わせても、師匠から注がれた
私はどんな相手だろうと決して侮りはしない。
冷静かつ確実な一手で、その刃先を悉くへし折る。
ただし命までは奪わないよう、魔導で優しい味付けを。
「ぐふっ!」
「一人……」
「かはぁっ!」
「……二人」
「ぬぐおっ!」
「そして、三人」
柳に倣って身を揺らし、鞭の如く剣筋をしならせれば、降り掛かる細かな雨粒の間隙さえも縫って、この剣を届かせることが出来る。いかに多角的で苛烈な攻撃の中であっても、必ず抜け目というものはその何処かに存在するもの。
「ふぅ、最初のを加えれば残りは六人ね……あら?」
リゼも後方に居たはずの三人をあっという間に
「リゼ、あっちの連中も一気に片付けるわよ!」
「分かりました!」
魔現はその効果こそ非常に大きいものの、魔素の消耗が激しく、影響範囲が広いものは味方をも巻き込む恐れがあるため、敵味方の位置が目まぐるしく入れ替わる混戦状態においては、先のような炎弾すらも下手に使うことは出来ない。
しかし誤射の憂いが無くなった今、彼らはきっと全力でこちらを仕留めに掛かってくるはず。
「ふ……もはや出し惜しみは無し、といった感じね」
炎弾と雷撃に氷柱までもが入り交じり、天変地異を凝縮したような魔現が周囲の地形を焼き、抉り、そして凍てつかせながら、私とリゼの両者に怒涛の如く降りかかってきたものの、この短い間に妖魔だけに留まらず、
「
中天から剣圧による衝撃波を見舞い、地上の魔現士に命中させる。
魔導で威力を調整すれば、相手を失神させる程度に留めることも容易。
そして避けた者には、リゼの拳と蹴撃が漏れなく襲いかかるという算段。
「逃がしませんよ……
その脚で円の軌跡を斜めに描くように幾度も回転しながら躍るリゼの姿は、恰も伝説上の巨鳥――
尤も、受けた相手にとっては、恐怖以外の何物にも映らなかったに違いない。
「……さて、これで終わりかしら。思ったよりもずっと早くに片が付いたわね。しかし諜報部隊であれば私たちの戦闘能力も判っているはずでしょうに、本当にこんな数でどうこう出来るとでも思っていたのかしら」
「まぁ、これまでの標的がきっと人間だけだったのでしょう。それに、私たちがここを通る可能性を低く見積もって、比較的練度の低い連中を保険代わりに置いておいたのかもしれません」
――リゼの言う通り、私たちも本来予定していたものとは違う経路で、フランベネルに向かおうとしていたから、ここを通るのは聊か計算外だったのかもね。私たちを排除しようとしていた主力部隊は、きっと別の場所で待ち構えていたのでしょう。
いずれにせよ、貴族院の老獪共がこの程度でも私たちを仕留められると考えていたのなら随分と
「では、邪魔者が居ないうちにレイラと合流して、皆でさっさとあの橋を渡ってしまいましょう」
「はい。でもあの橋を破壊されなくて良かったですね」
私たちに差し向けられた刺客たちは、皆があちこちで一様に伸びているものの、もう少しすればきっと一斉にその目を覚ますはず。
そうなる前にフランベネルに入ってしまえば、あとはこちらの――
「えっ、何……?」
「あんな奴、さっきは居なかったはずです……おそらく、新手の……はっ!」
橋の前に戻った瞬間、其処には先ほどまでの刺客と同様の黒装束を纏う何者かの人影があった。
それは、深々と被った墨色の笠から、肩ほどまでに伸びた、黒と白が交互に入り交じった色彩の髪を揺らめかせ、痩身の男性とも長身の女性ともとれる、中性的な体躯を見せる人物が、異様な気配と共に佇んでいた。
色褪せた包帯に塗れた右腕を、レイラの細い首元に食い込ませながら。
「実にぬるい……ぬるいなァ、お前たちは」
その声色からしても、性別は判別できない。しかしその語気からは得体の知れない、ある種の狂気を帯びたものが伝わってくるように感じられる。
そしてその顔を俄かに傾けてこちらに視線を投げかけてきた時、その左目側に眼帯らしきものが、笠の下からちらりと覗き見えた。
「……その子は私たちとは関係の無い子よ。すぐに離しておやりなさい。もしも命のやり取りがしたいのなら、この私が相手になって差し上げるわ」
「自らを殺めようとした相手に止めすら刺さないって、一体どんな頭をしているのかなァ? ねェ、今すぐに割ってその中身を覗いてもいいかなァ?」
「な……何、ですって?」
「くっふふふふ……ばぁん!」
奇声を発した相手の左手から小さな光が発せられた次の瞬間、右隣りに立っていたリゼの身体に黒い霧のようなものが纏わりつき、たちまちのうちにその全身を戒めると、彼女は間もなくその両膝を地面へと落とした。
「な……⁉ リ、リゼ!」
「ぐっ……! これは、拘束用の法具……⁉ か、身体がうごか……ない」
「あ、あなた! リゼに一体何をしたの!」
「さァ……これで二人っきりだねェ、高まっていこうよ何処までも……一緒に」
この相手には、如何なる言葉を以て道理を説いても、決して通じはしない。
私の中にある全てのものが、その所感に対して首肯しているのが分かる。
こういった手合いと語らう手段は、リベラディウスを
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