第37話 復活祭に向けて


 サルマンが住んでいるという屋敷は、極めて立派な門構えで、同じような白亜の豪邸が林立するこの通りの中にあっても、一際異彩を放っている様が見て取れた。


 また、その内部も外観に見合うだけの非常に豪奢な造りになっていて、その中庭にある大きな噴水と、それを囲むようにして等間隔に配された円形の花壇を見れば、ここが砂漠地帯に築かれた町であることを思わず忘れてしまいそうになる。


「どうぞ皆さん、そちらの長椅子にお掛けになって下さい」


 程なくして通された客間にも、一目で見て職人が持つ技巧の精緻を湛えた逸品だと判る調度品が揃って瀟洒な装いを見せていて、中でもこの広々とした空間を満たすように敷き詰められている、秀麗な文様で彩られた絨毯に関しては、一体どれほどの時間と技術とを費やして織られたものか、まるで判らないほどだった。


 王宮への出入りはもちろんのこと、国王陛下に口添えが出来る立場にあるというのも、この佇まいを見れば、十分納得が出来る。


 そして私たちが革張りの長椅子に腰かけた後、サルマンがその両手を大きく二回叩くと、間もなく使用人と思しき女性が音も無く現れ、それぞれの前に紅茶と思しきものを置いて、来た時と同様の静けさを保ったまま去っていった。


「では、お話の続きをしましょうか。明日行われる復活祭の中で行われる催し物の一つに、エミーリアさんたちにも出ていただきたいのですが……時にエミーリアさんたちには、舞踊の経験はおありでしょうかな?」

「舞踊ですか……私は民族舞踊についてはそれほど明るくありませんが、母国に居た際にバロという舞踊の指導を受けていたことがありますので、多少の心得はあります。ひょっとして、その催し物というのは舞踊を披露するものなのですか?」

「いえいえ、そのような大層なものではなく、特段の経験がなくても出来るものですよ。若い女性が、神に活き活きとした姿を捧げることに重きを置いた催しなので、舞踊の巧拙自体は、然したる問題ではないのです。とはいえ、心得があるというのならば、より素晴らしいものとして、その催し物も一層華やぐことでしょう」

「そうですか。それなら、こちらのルイズやローザでもお力になれると思います。それで、その催し物は明日のいつ頃に行われるのでしょうか?」

「明日の夕刻です。衣装なども全てこちら側で用意させて頂くので、あとは皆さん方の想うがままに振る舞って頂いて結構です。それまではどうぞこちらでお過ごしになってください。この後、使って頂くことになるお部屋にも案内致しましょう」



 ***



「それでは私はまだ所用が控えておりますので、一旦ここで失礼します。手を二回ほど大きく叩いて頂ければ、使用人のアミナが御用聞きにやって参りますので、何かあれば彼女にお申し付け下さい。ではまた後程、お目にかかりましょう」


 サルマンが私たち一人一人に宛がった部屋は、そのいずれもが一人では持て余すほどの広さを持っており、さらに最新の錬金術を以て造られたという、変温器テルモスなる装置が各部屋に備え付けられ、台座の上に据えられた球体に直結した、棒状の部品に触れることで、室温をある程度まで調整することが可能だとのことだった。


「それにしても大きなお部屋ですよね。まるでお屋敷に居た頃を思い出し……あっ、ごめんなさい、メル。今の一言は余計でした……どうか忘れて下さい」

「ふ、そんなことは気にしなくていいわ。それより、レイラには悪い気がするわね。お母様の死を知らされてからまだそれほど時間が経っていないというのに、復活祭で踊るだなんて、間が悪いにも程があるというものだわ。ね、レイラ、無理をすることはないのよ。あなただけ断ったとしても、私たちが――」

「良いんですよ、メル。下層区に居た頃には一度も参加出来なかったお祭りですし、気分転換にもなりますから。ただ、今日は少し疲れたので、早めに休もうかなって思っています」

「そうね……今日は色々とあったことだし、私たちもそうするわ。それと、汗も沢山かいたことだし、お風呂も早めにね。そして今日の一番風呂は、レイラ、あなたが頂くと良いわ。私とリゼは、その後で入るから」


 ――レイラにはきっと、独りじゃなくても、一人の時間があと少し必要なはず。


 その時間を使って、自分の気持ちを落ち着いて整理したり、私たちの前では見せたくないものでも、その多くを其処で吐き出すことが出来るはず。そしてそうすることがきっと、これからのレイラにとって、大事な一歩になると思うから。


「はい……ありがとうございます、メル」

「ここの浴場はとても大きいそうだから、思う存分独り占めするといいわ。誰にも憚ることなく、あなたのしたいように、ね。何なら、泳いだって良いのだから」

「ふふ……そうですね」


 ――治癒術を以てしても癒せない、瞳にも映らない傷はきっとある。

 私とリゼとがいかにそれを埋めようとしても、叶わないのかもしれない。

 けれど皆で共に過ごしていくこれからの時間が、その薬になれるとしたら。


 それはとっても素敵なことだと、私は思うのだわ。

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