幕間 第15幕 繋がり合う想い


「レイラ……ちょっとお話、いいかしら?」

「あっ、はい。何でしょう?」


 私とメルとの関係はあの瞬間から大きく変化した。しかし、私たちとこれまで深く関わってきたレイラたちは、まだその事実を知る由もない。

 そこでメルが、明らかに様子が変わった私たちのやり取りを見て、あれこれと憶測されたり誤解されたりすることがないようにと、最初から私たちの新たな関係を周囲にはっきりさせておこうという提案をし、それに賛成した私は早速、最も身近な人たちに話をして回ることにしたのだった。


「……なるほど、そうだったのですか……。私はてっきり、もっと以前からお二人は既にそういう間柄だと思っていたので、話を聞いてかえって驚いたというか」

「えっ、レイラは前からそんな風に感じていたの?」

「はい。だって昔からお二人はいつも一緒で、ずっとお互いを想い合ってきた感じでしたし、私が一般的な価値観みたいなものとずれているのかもしれませんが、別に女性同士でだって、メルたちのような関係は素敵だなって、そう思いますよ」

「レイラからそう言ってもらえると嬉しいですね……メル」

「ええ、本当に。その……何というか、私たちが勝手に色々と思い込んでいたところがあったようね」


 メルや私が、仲間であるレイラにさえそう打ち明けることに抵抗感を持っていたのも無理はなかった。それは、私たちが長く住んでいたあのロイゲンベルクを始めとして、この大陸中では同性愛が神の摂理に反する禁忌であると見做され、創作の場においてすら語ることは許されなかったからで、実際そのことは、私にとっても身分の差以上に高い壁として、ずっと立ちはだかり続けてきたものだった。

 けれどこのフィルモワールでは違う。ここでは神の教えとされるものよりも個人の意思そのものこそが何よりも大事にされる場所。だからこの地では誰に憚ることもなく、ありのままの私たちで居られる。私にはそれが何よりも嬉しかった。そしてもちろん、レイラがそんな私たちの意思を温かく受け容れてくれたことも。


「あとは……エフェスにも、一応話をしておかないとね」

「はい。あの子にはきっとまだ理解するのは難しいとは思いますが……」


 エフェスは私にとって、もう家族の一人でもある大切な存在。物心がついた時から親と呼べる存在が世界の何処にも居なくて、その愛情にちゃんと触れることが叶わなかったのはこの私と同じ。そんなエフェスにとってはおそらく、私たち二人のような関係を理解することは簡単ではないはず。ただ、彼女には家族としてだけではなく、また同じ女性としてもそれを知っておいてもらいたいと思った。人と人との間には、こういう想いのかたちもあるのだということを。


「ん? どうしたのお姉ちゃんたち」

「ごめんねエフェス。今日は入学先の学級選定試験がある大事な日なのに。でもね、お姉ちゃんたち、エフェスに知ってもらいたいことがあるんだ」


 私たちは可能な限り、エフェスにも分かりやすい言葉で伝えようと努めた。これまで閉じられた環境の中で育ってきたエフェスにとっては、人を心から好きになるという気持ちがどのようなものか、想像することすら難しいのではと思っていたものの、彼女は私たちの話に終始真剣な表情で耳を傾けていた様子だった。

 そうして私たちの話を一通り聞き終えたエフェスに、何か質問はないかと私が訊ねると、彼女は何か疑問を持っているような面持ちでそれに答えた。


「うんと……私は、お姉ちゃんたちがお互いのことをその大好き……っていうか、何よりも大切に思っているなら、それで良いと思うんだけど。でもそれって、別に普通のことじゃないの? 女の子同士だと何かおかしいことなの?」


 私は、エフェスからの思いがけない言葉に、思わず面を喰らってしまった。私は彼女のことをまだほんの幼い子供だと思っていたのに、どうやらその濁りの感じられない無垢な瞳は、私たちぐらいの年頃になってもそうは簡単には辿り着けないであろう物事の本質を、既に鋭く見抜いていたようだった。


「ううん……きっと、エフェスの言う通りだよ。何もおかしくなんてない、普通の……ことだよね」

「それなら私だってリゼお姉ちゃんのこと好きだもん。もちろん他のみんなも!」

「……ふふ、ありがとう。私もあなたのこと好きよ、エフェス」

「ほら、メルお姉ちゃんだってそうでしょ。だから何にもおかしくないよ」

「うん……エフェス。今日は他にも、当たり前のことを大人の人に訊かれたりするかも知れないけど、エフェスが思ったままのことを答えれば大丈夫だからね。あときっと魔現とかも披露することになるから、そこは思い切りやっちゃって!」

「魔現なら任せてよ、リゼお姉ちゃん。すんごいところ見せてくるから!」


 そしてエフェスとの話を終えた私たちは、新たに友人となったシャルにも話を聞いてもらうため、間もなく私たちにとっても新たな住居ともなる彼女の屋敷に、レイラと共に向かうことにした。なおレイラは、彼女が持つ非常に優れた裁縫の技術に興味を持っているシャルが、今後のことも含めて色々と個人的な話をしたいという申し出を受けていて、ちょうどこのあと会うことになっていた。

 それから間もなく宿をあとにした私たちは、専用の施設で試験を受けることになるエフェスのために、シャルが予め派遣した馬車に乗ってまず彼女の屋敷に向かい、その門の前で一旦エフェスと別れた後、レイラと共にシャルのもとを訪れた。


「あら、今日はあなたたちも一緒だったのね。メルのお店のことで他の皆にも話があったから、ちょうど良かったわ」

「あぁ、シャル。今日は私たちからもあなたに話があってレイラと一緒に来たの」

「私に話が? ではまずあなたたちの話から伺おうかしら。エステール、悪いけれどお茶をお願いね」


 シャルはこの私が秘めていた想いを早々に見抜き、これまで度々顔を合わせる中で、ただ待っているだけでは何も変わらないことと、たとえ痛みを感じることになっても自分の言葉でその想いを伝えるべきことを私に助言として与えてくれた。

 実際にこの想いをメルに伝えられたのは、私自身が勇気を振り絞った結果であることに違いはない。しかしその背中を後押ししてくれたのは、他でもないこのシャルだった。シャルは当初、確かにメルを自分のものにしようとしていたものの、今ではその気配も全く感じられず、こうして私の応援までしてくれた。そう考えると、この数日間で大きく変わったのは私たちの関係だけではないのかも知れない。


「ふっふふふ……そう! 良かったわね、あなたたち。とってもお似合いの二人だと思うわ。これからも上手くやっていきなさいよ! ほら!」


 間もなく私たちからの話を聞いたシャルは、執事であるエステールと見合いながら屈託のない笑顔を浮かべて喜んでいるように見え、私たちの後ろ側に歩み寄るや否や、その祝福と景気付けなのか、私たちの肩をそれぞれ強めに叩いた。


「い、痛いわシャル……!」

「はは……何だかものすごく強く叩かれたような……気合が入りそうですけど」


 そしてシャルはその戻り際にそっと私の耳元に顔を寄せ、

「おめでとう、リゼ。よく頑張ったわね」

 と、勇気を出して想いを伝えた私を労うように、温かい言葉をかけてくれた。

 私にはシャルがそう言ってくれたことが、一際嬉しく感じられた。


「さて……では次はレイラとの話だけど、あなたたちはどうする? このまま一緒に話を聞いてもらっても構わないけれど、きっとエフェスちゃんがこちらに戻ってくるぐらいまでは掛かると思うから、その間だけでも二人で何処かに行って、時間を潰してきてはどうかしら? ねぇ、リゼ?」


 そう言いながら、右目だけを軽く瞬いてこちらに目配せをしてきたシャルを見て、私は、少しでも長く私がメルと二人きりの時間を過ごせるようにと、彼女なりに気を利かせてくれたのが分かった。


「えっ? あっ……そうですね。お裁縫のことだと私たちではそこまでお役には立てないでしょうし……せっかくですからそうしましょうか、メル?」

「ええ、分かったわ。ではシャル、レイラ。また後でね」


 それからメルと共に屋敷をあとにして外の通りを歩き始めると、傍らのメルが少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら、苦笑いをしていた。


「はは……何だか二人に気を遣わせてしまったようね」

「そうですね……ちょっと悪い気もしますが、せっかくですからここは、その厚意にあずかることにしましょうか!」

「ええ、それがいいわ。ところでリゼは何処か行きたいところはある?」

「えっと、そうですね……あ」


 その時私は、今日の外がまだ薄暗い時間帯に走っていた際に偶然発見した、看板に美味しそうなお菓子の絵が描かれてあったお店のことをふと思い出した。


「その……甘いものが食べたくありませんか、メル?」

「甘いもの……か。ふふ、いいわね。甘いものならいつだって大歓迎よ」

「実は、ちょうどメルと一緒に行って見たいなと思っていたお店がありまして……良かったら今から其処に行ってみませんか?」

「あら、そんなお店が? なら……はい」

「……ん? この手は……?」


 すると一旦その歩みを止めたメルが、こちらに向けておもむろにその左手を差し出しながら、

「リゼが其処まで連れて行ってくれるんでしょ? 私の手を引いて……ね」

 と柔らかな微笑みを湛えた顔で、そう訊ねてきた。


「メル……ええ、もちろんですとも……! さぁ、一緒に参りましょう!」


 そうして私は、凡そ剣士とは思えないほど、白魚のように美しくしなやかな指をしたメルの手を取って、再び歩き出した。あの日メルと一緒に見た、満月の微笑みに揺らめいた水面のように、きらきらと輝いて見える時の中を。

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