第3話 一日の計は、朝食にあり?


 ――このさやかな光は……どうやら、もう朝が来たようね。

 瞼はまだ少し重いけれど、身体は随分と軽いものだわ。

 

「ん……んん……」


 目の前には……ふふ、ちゃんと、居るじゃないの。

 全く、憂いなんてどこにも無いような顔をしちゃって。

 けど、しばらくこうして眺めているのも、悪くないわね。


「あ、れ……めるせです、さ、ま……?」

「あら……もう起きたのね。おはよう、リゼ。呼び方が、元に戻っているわよ」

「あ……えっと、おはようございます、メル……」


 ――少し名残惜しい気もするけれど、続きはまた次の機会。

 今日は足での移動もあるから、少し忙しくなりそうだわ。

 さて、まずは身支度を早く済ませてしまいましょう。


 顔を洗って、歯を磨いて、髪をかして、それから――


「あ、そういえば……朝食って、どうされるんですか?」


 ――そうだったわね、リゼ。あなたは、何をするにしても、まず食べてからでないと力が出ないって、常々言っていたものね。


「あぁ……それなら、食堂車の方に回ってから一緒に頂きましょう。本当ならここに持ってきてもらうことも出来たけれど、リゼ、あなたは自分で選べるビュッフェ形式の方が好きだったでしょう?」

「あっと、はい……私、いつもは用意する側の立場だったので、自分で選べるとなったら、何だかこう、気持ちが沸き立ってくると言いますか……」

「ふふ、そうなのね。なら、身支度を一通り済ませたら、すぐにでもそちらに向かいましょうか」



 ***



 ――リゼ。あなたの目の前に置かれている、その色々と大量に盛られたプレートの山は、一体何?

 学院に居た時でも、かなり食べる方だとは思っていたけれど、どうやらそれは私が居た手前、まだ抑えていたところがあったようね……。


「あぁメル……見てください、ここの食堂車、パンケーキも食べ放題みたいで、上からかける生クリームとハチミツは、どっちもおかわり自由なんですよ!」


 しかし朝から甘いものを、よくまぁそんなに……。

 しかもそのパンケーキ、一体何枚重ねているのよ……。


「あなた……そんな食生活を続けていたら、今に太るわよ?」

「それなら全然大丈夫ですよ! 私、太らない体質ですから」


 そんな不公平が許されて……? さすがにちょっと片眉が上がったかもしれない。

 まぁあなたの場合、武道の鍛錬などもあって、きちんと消費していたから、よね。

 そうとでも考えなければ、私の陰の積み重ねが、全部どうにかなっちゃいそうよ。


「はむ……んっ! これも、おいひぃ……!」


 でもそんな幸せそうな顔を目の前で見せられたら、どうでも良くなって来るわ。

 あまり見ていたら、それだけでお腹が一杯になってきちゃいそうだけれど。

 とにかく、私は私で、このリゼを気にせず、朝食を頂くとしましょう。


 まぁ私も……明日はきちんとした食事を頂けるかどうかも分からない身だから、今ここで少しぐらい大目に摂っても……さしたる問題には、ならないはずだわ、ええ。



 ***



「ふぅ、食べましたね、メル。これだけのエネルギーを摂っておけば、私はきっと今日一日、ずっと全力全開で動けますよ!」

「そう……それは、良かった……わね」


 ――結局、リゼにつられて、私もかなりの量を食べてしまった。

 さすがに食べ過ぎたのかしら……何だか、胸焼けがしてきたような……?


「あの、何だかお顔の色が優れないように見えますが、大丈夫ですか……メル?」

「え、ええ。別に何ともないわ。それより――」


 腕時計の時刻は……七時を少し回ったあたりだから、目的地まではあと三十分ほど。正直に言って、あと一時間ぐらいはここから動きたくない気分だけれど、駅に降りたらすぐに別の列車に乗り換えて、南側の国境付近にまで素早く移動しないと、屋敷の方でも、私たちの不在に気付いて行動を起こし始める頃だろうから、あまり悠長には構えていられない。


「メル……私、思いっきり食べたら、何だか眠く、なってきました」


 ――何というか、緊張感がまるで無いわね、この子は……。

 屋敷に居た時とはまるで別人のよう。けど、これがきっと本来のリゼ。

 まぁ、そんなあなたを見ていると、かえって冷静になれそうだけれど、ね。


「全く……私だって、このままここでゆっくりしていたいところだけれど、あと小半時ほどでベルリッヒの中央駅に着くから、そこからまたすぐに乗り換えるわよ。して問題は、どこの国境を越えるか……」


 ベルリッヒはそれ程大きな国ではないけれど、私たちがやってきたロイゲンベルク以外にも、他に計四つの国々と面している。

 特に南側は、南東に真南、そして南西と、三方面に別の国境が存在していて、そのいずれにも陸路から到達でき、また常に開放されている状態だと学院で習った。


 通例、入国審査に必要不可欠な旅券を示す必要性が無いということは、通行した記録が残らないということで、それだけ足も付きにくいということになる。伝書鳩などで通達が広く伝播する頃には、もう私たちは通り抜けた後。


「あぁ……学生の頃、地理で覚えましたよね、時計回りのロノダエラ。まず北がロイゲンベルクで東がノイレゾント、それから南東側にダースガルド公国、真南はエプセンと来て、南西の方向にはラスズールでした」

「ええ。私は屋敷でも地図と文献とを併せて見ていたから、それぞれの内情も概ねは把握しているわ。この南側から行ける国の中で、一つ選ぶとしたら――」


 この選択は、極めて重要なものになる。

 一度決めたら、二度とは選べないのだから。

 中央駅に着くまでに、次の行先を定めなくては。

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