ハンムラビ法典

 ツリークリスタルが人間を見限った――とは言え、別に新しいモノズが生まれないと言うことは無かった。

 本質的にケイ素生命体であるらしいツリークリスタル達は微妙に気長だ。以前は確実に契約出来ていたのが三割程になってしまってはいるが、未だに人間側に付くモノもいるらしい。

 そして、既存のモノズには質問をする様にと言うお達しが出た。自分に付いて来てくれるか、そうでないかを尋ね、イエスならそのまま契約、ノーなら解約。そう言う流れだ。

 偶に、物陰に叩き壊されたモノズが捨てられていることがある。ノーを付きつけた結果……と、言う奴だろう。それを見ると、まぁ、ツリークリスタルが人間を見限ったのも分からないでも無いな、と言う気分になる。

 核は大抵無事なので、回収して後は適当に処理しておくように言ったら子号がパールさんに郵送していた。取り敢えず伝票を着払いにしておいた。


 お代官:お主もわるよのぅ


「……」


 こう言うことをしているからツリークリスタルは人間を――

 と、そんなくだらないことをしながらも僕は戦争を続けている。

 本格的に肩入れをしだしたのか、インセクトゥムの固体が強力に、新しくなっていく。そのせいで戦線は押され――ていない。

 人間は生き汚いのだ。それは人間を進化させたトゥースにも同じことが言える。共通の敵を用意されれば、団結して見せる位の芸当はやってみせるのが人類だ。

 まぁ、見せかけであり、裏ではしっかりと足の引っ張り合いと言うか、戦後に備えて動いている。優秀な戦力の確保がソレだ。戦争後は荒れるので、司法よりも暴力が強くなる。国では無く。企業が主体なので、より顕著になるのだろう。僕は大企業三社と、嫁の実家からスカウトされている。四枚の名刺を並べると、こう言うことをしているからツリークリスタルは――

 まぁ、意外にも混乱は少ない。

 それは開示する情報が選ばれたからだろう。

 ツリークリスタルに意思があり、人類を見限ったことは伝えられず、変質したと言う微妙に真実が混じった情報だけが流された。

 エネルギーとして利用しているのだから完全排斥は、まぁ、無理だ。

 生存戦略として相手を自分に依存させると言う行動を取るツリークリスタルは狡猾だ。

 もし、人間側が勝っても彼等の種が滅ぼされることは無いのだから。


「……本質が卯号なのか?」


 足元に転がって居た小型のモノズを見て一言。

 自分で手を汚すことなくキルスコアを稼ぐ索敵担当は腹黒ウサギだ。


 訴訟:法廷で合おう!


「いえ、止めておきましょう」


 訴えられそうなので、素直にごめんなさい。

 戦争中に法廷でも戦う気は僕には無い。

 端末に浮かんだ『訴訟』の二文字を見て、そう言えば、と思い立つ。


「……パールさんは、喋っていましたね?」


 君達はミクさんとか入れても喋らなかったのに……。

 リンちゃんなう! を行き成りデュエットで歌い出した位だったのに……。

 小さな呟き。それを申号が拾ったらしい。目が点滅する。端末にメッセージ。


 回答:ミクさんはボカロである


「琴葉姉妹も入れましたが?」


 回答:Seyana


「……」


 煽られた感がハンパ無い件。ツリークリスタル離反の影響の様な気もするが、生憎と元からこんなものだった気もする。








 その日の朝、僕を起こしたのは、絶え間ないルドの吠え声だった。

 僕は五百年前に犬でも飼っていたのだろうか? 宅急便が来た時の様な吠え方だな、と思った。

 だが、今はその記憶の中から五百年後だ。遺伝子改良され、知能が高くなっているこの時代の犬は無駄吠えをしない。ならば絶え間なくルドが吼える意味は――


「――」


 目が覚める。

 寝床から這い出て、枕元に置いて置いたムカデを身に着けて行く。


「トウジ、おれは先に行くぞ――テントからの避難優先で良いな?」

「お願いします」


 こういう時、生体型の強化外骨格を採用しているトゥースは早い。同じタイミングで起きたはずのイービィーはもう既にプテラノドンみたいな頭部装甲まで纏い、臨戦態勢だ。異形の右腕が開き、そこにAK用の生体弾を呑み込ませる。ぷしゅー、という空気が抜ける音は、エラ状の排熱機関からの空気漏れだろう。

 『何か』『重いモノ』が落ちる音が響いた。「……」。どこら辺に落ちたのだろう? 耳を澄ましては見るモノの、生憎と僕には分からない。血液から造られたDNAフィラメントが人工脊髄と絡み合う。殻の様に嵌めただけだったモノが自分の手足の様に動く。

 灰色のムカデ、ハウンドモデル。そのモノアイが起動を知らせる様に光を放つ。

 それに合わせる様に何機かのモノズが迎えに来た。


「状況」


 報告:テントからの避難を指示中

 報告:敵はインセクトゥム、地下へ道を造っての奇襲である

 追加報告:敵種別、アーマーアント

 追加報告:合わせて砲撃がテント村を強襲中


 傍らの丑号が差し出してきたのは中近距離用の漆式軽機関銃。それを受け取る――のを止める。基本、僕がアレを使う場合はばら撒くだけだ。味方が混じる場所では使わない方が良い。代わりに自動拳銃の弾倉を五本ほど受け取り、ヒップホルスターから拳銃を抜いた。

 僕らがやるのだから敵だってやる。

 コロニーを潰したのだから、同じように拠点を狙うのは当たり前と言えば、当たり前だが――やられると、とても嫌だな、これは。

 初撃を受けた連中はもう『終わって』いるだろう。

 溜息が出た。


「卯号の確認が終わり次第、テントを潰す。担当は卯号、巳号、午号、未号、リーダーは未号」


 異論:現在、未号主体で外の防衛設備を作成中である件


 子号からの意見。流石は未号と言うべきか。次の指示が省けた。


「では、チーム桃太郎を代わりに投入。リーダーは戌号……では、無いな。申号に」


 テントとは言え、建造物を潰すのだ。ある程度、そういう方面に強い奴に指示を取らせるべきだろう。

 外に出る。戦闘班の子供達が慌ててムカデを身に着けているのを彼等のモノズが護衛し、イービィー指示の下、技術班の子供達が一か所に集められていた。

 ムカデへの早着替えは傭兵の必須技能だ。出来ないなら休息中もムカデを付けていた方が良い。だが残念。今、ムカデに着替え終わっているのは、見張りに立っていた数名のみで、その子達も急な敵の攻撃に浮足立っている。近くに湧いた一匹のアーマーアントに三人掛かりで銃弾を浴びせている。やり過ぎです。

 と、技術班のモノズに指示を出していた未号が僕に気が付き、やって来た。


 確認:防衛設備はどうするべきであるか?


「テント跡地に円形に設置。規模は大きめに、周囲からの非難は受け入れて下さい。――子号」


 完了:周囲のテントのモノズには通達済みである


 その言葉を示す様に、テントが畳まれ、人が集まってくる。

 テントに隠れていたインセクトゥムが射線に現れた。各地で散発的な戦闘が開始される。あぁ、コレは少し拙いな。統率が取れていない。

 だが、生憎と僕には彼等を統率する力は無い。どうするかな? そんなことを考えていると、ルドが駆け寄って来た。興奮から舌を出しているので、少し緊張感が無い。ご苦労様、と撫でてやる。と、同時に、通信。相手は――


『よぉ。良い朝だな、野郎ども? 皆大好きなスマイルおじさんだ!』

『ハロウィン、グリーン』

「ハウンド、グリーン」

『ハイボール、イエローっ! アイツらオレのテントに湧きやがった!』

『グッドマン、イエロー。ハイボールの援護に入っている』

『オーケー、日ごろの行いが悪いクソ二人の現状はこっちでも確認済みだ。ハロウィン、フォローを頼む』

『Ya』

『そしてハぁ~ウンド! 良い子だな、お前は! お前の所に人を集めるぞ。先に技術系もやしどもを送るからそいつ等に拠点作成を任せろ』

「了解です。あぁ、すいませんが周辺のテントの統率も――」

『見渡してみな、ハウンド。スマイルおじさんは仕事が早いんだぜ?』

「……」


 見れば、周囲の散発的な戦闘は終わり、塊りながら組織的な迎撃に変わっていた。僕の拠点建設予定地を中心に、敵から守る布陣になって居た。

 どうやってこちらを把握しているのだろう?

 あぁ、コレか。有線ドローンが足元を転がって居る。急ぎ転がして状況の把握と索敵をしているのだろうが――あまり、効果は無いだろう。歩兵よりも遠くの砲兵をどうにかしないと拙い。現に、今も直撃喰らったテントが燃えている。焼夷弾系統のモノなのだろう。テントが燃えることによる煙は黒く、視界も奪われて余り宜しくは無い。


「良い子の僕は休憩――な分けは無いですよね?」


 言いながら、テント解体を終えた午号を手招き、モノクになる様に指示を出しておく。


『勿論だ、ハウンド。良い子のお前にはピクニックをさせてやる』

「……わぁい」

『嬉しそうだな?』

「僕は歩き回ると弱いですよ? 別の中隊ですが、シェパードは借りられませんか?」

『アイツも単独でピクニックだ。諦めろ』

「――」


 頭を掻こうとする。頭部装甲に邪魔された。……まぁ、そうだろうな。


「ハウンド、了解。担当区画を送って下さい」

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