殴られる

 嫌なことはさっさと済ませてしまうに限る。

 僕はそう考えている。

 だからきっと夏休みの宿題も期日通りに終わらせる様な優等生だったのだろう。

 覚えていないが、きっとそうだ。

 そんな分けで僕は今、手土産を携えて一軒の家の前に居る。

 家とは認め難い家、つまりはトゥースの家だ。

 脈打ってるし、湿っている。入口は完全にエイリアンの口だ。その口が開いた。効果音を付けるならば、きしゃー、辺りだろうか? 涎が糸を引いている。


「……失礼します」


 僕は諦めて中に入る。出迎えは無い。だが――


「こっちだ」


 呼ぶ声はある。そちらに向かうと、広い部屋に出た。何かお香でも炊いているのだろうか? 煙が立ち込め、花の様な香りがした。

 レオーネ氏族の文化に椅子は無い。絨毯が引かれたその部屋の上座には年老いた獅子人間が居た。完全な獣人タイプだ。鬣がふさふさしている。

 見覚えがある様な気がした。多分、プラシーボ効果と言う奴だろう。僕の記憶力は余り良くない。そう思ったのは、彼の素性をリカンから聞いたからだろう。

 序列第四位、シュヴァンツ。

 僕が捕虜になる原因の戦いに置いて、僕が撃ち殺した指揮官の父親だ。

 そんな彼の前に僕は正座で座る。


「……無理だと思っておったんだがなぁ」


 枯れた声。ともすれば室内に満ちるお香の煙にすら溶けてしまいそうな呟き。


「無理でした。だから――」

「マザーバブルの討伐に切り替えた。そりゃぁ、十分だなぁ」

「苦肉の策でしたがね」


 僕は吐き捨てる様に言った。

 土地の奪取は無理だった。だから僕はマザーバブルを撃ち殺した映像を見せて、『今後』の説明をした。

 何、本来の狙撃手の仕事だ。

 司令官が居ないバブル達だが、どうやらマザーバブルは『代えが効かない個体』らしい。

 所詮は群体生物の彼等だ。撃っても動揺はしない。それでも痛手は与えられる。痛手が与えられるならば、戦略上で意味を持つ。

 その点を強調し、僕は僕を売り込んだ。

 二千メートルからの小さな核に対する長距離狙撃ロングレンジ・スナイプ。それを僕は容易くできる――と言う体で話した。

 マザーの攻略が出来れば、巣の攻略にも糸口が見える。

 そして、僕ほどの精度で、あの距離の狙撃をこなせるモノは稀だ。

 僕の株価はそれなり程度に上がった。

 つまりは――


「敵に塩を送っちまったかぁー」


 そう言うことだ。


「僕は所詮は雇われです」

「良ぇ、良ぇ、俺の負けじゃ。強い者が正しい。それが絶対だからなぁー」

「僕の左足を吹き飛ばしたのは――」

「命を奪ったのはお前さんだ。勝ったのはお前さんだ。慰めは要らんよー。それで――」


 一息。序列第四位、シュヴァンツは息を吸い、鋭い眼光をこちらに投げる。


「何の用だ、ラチェット」


 射貫くようなソレを受け、僕は取り敢えず手土産を差し出す。

 リカンに選んでもらった酒だ。

 そしてヒップホルスターから自動拳銃を抜く。シュヴァンツが一瞬固まる。

 僕はそんな彼に向けて、その自動拳銃を――


「……何の真似だ?」


 投げ渡した。


「選んで下さい。僕を殺すか、殺さないかを」

「今回の様なケースでは僕は弱い。今後、同じようなことを続けられると僕は負ける」

「だったら早い方が良い」

「殺す気があるのなら、この場で殺せ」

「無いなら今後手を出すな」

「そういうことです」


 言い切った僕に、シュヴァンツが銃口を向ける。


「……この距離でも避けられる様な気がするなぁー」

「ご安心を。この距離だと僕は案山子以下です」


 銃口が僕の眉間を狙う。

 こちらを捕らえるシュヴァンツの目には何の感情も浮かんでいない。

 殺す者の目だ。

 ちりちりと首の裏が焦げ付くような感覚。殺気だ。撃つ瞬間が何となくわかる。成程、これがユーリの見る世界か。僕に身体能力があればこの距離でも弾丸を避けられるだろう。

 だが、僕にその感覚を生かす身体能力は無い。

 だから、僕は目を逸らさずに銃口を見つめる。

 シュヴァンツが引き金を引いた。銃声が響く。立ち込めるお香の匂いに硝煙の香りが混ざる。


 僕は――


「では、今後はあのようなことは無し、と言うことで」

「あぁ、それで良いよぉー。……ったく、ちったぁビビれよ、可愛くねぇなぁー」

「だったら僕はとっても可愛いですね。十分にビビってますよ」


 顔の横に指で犬を造って、がうがう。

 僕は可愛らしく鳴き、頬から流れる血を拭うことなくその場を後にした。







 丑号だけだときつかったので、未号も駆り出して荷物の運搬をすることになった。

 中身は殆ど美味くもない携帯食料だが、量が量なので一財産だ。


「何時も、これ位の量を?」


 横目で物資を見ながら、先を歩くリカンに声をかける。


「まさか。今回は特別である。成果が成果だ、報酬も量が増える。それが道理である!」

「成程」


 常にこれ位の量が与えられているとしたら、僕は本当に『あいつ等』を許せなくなる所だった。許せないし、許さないことに変わりは無いが、いきなりの粛清とかをしなくても良さそうなのは有り難い。


「……なぁ、ラチェット」

「何でしょう?」

「本当にやるのか?」

「その為に君を連れて運んでいる」

「……ラチェットぉー」

「今度は、何でしょう?」

「お前、本っっっっっっっっっっっっっ当にッ! ――性格悪いなぁ」

「……」


 ニヤニヤ笑うリカンに、とっっっっっっっっっっても酷いことを言われたので、僕は凹んだ。

 まぁ、凹んでいても歩いていれば目的地に着く。

 僕達は人間村の教会にやって来た。


「これはこれは、若様に傭兵殿、良くいらして下さいました!」


 神父が揉み手しながら出て来た。しっかりと見てみれば――成程、と言った具合だ。


「『わ』を『ば』に代える遊びをしませんか、若様?」

「いや、それよりも『ようへい』を『へんたい』に代える遊びの方が良さそうであるぞ、傭兵殿?」

「雑過ぎない?」


 その遊び。

 そんな風にリカンとじゃれていたら栄養状態の良さそうな子供と大人がぞろぞろとやって来た。遅れて、僕の歓迎会で給仕をしていた女性たち、怪我をした男たち、ヴァルチャー、そして野良犬の様な子供達が入って来た。

 恐らく、その入場順が権力の順番なのだろう。

 あぁ、全くを持ってーークソッタレだ。


 ――キィ。


 瞳孔が軋む。殺気が漏れ出る。それをリカンが止める。すぱぁん! と勢い良く僕の頭を叩いたのだ。地味に痛い。とても酷い。


「……どうかしたのかね?」

「いえ、何でも」


 健康状態が良い群れの中の一人、ガタイの良い壮年の男が一歩前に出ながらそんなことを言い、「そうか、よろしく」と手を差し出してくる。リカンから聞いている村長さんだろう。僕はそれに応じ、差し出された彼の手を取る。

 握手。


「君の様な頼もしい若者が来てくれたことを嬉しく思う」


 渋い声での称賛を受け、僕はにっこり笑う。


「ありがとうございます」


 その笑顔に周りが引いた。「……」少しだけ、傷付いた。


「……今回は随分と量が多いですな? あぁ、若様もわざわざ有り難うございます」

「うむ、この後の処理で揉めそうであるのでな、その付き添いである」

「処理?」


 リカンの言葉を受けて、はて、と村長。

 それを見て、リカンが僕に視線を投げる。僕は軽く頷き、軽く挙手する。視線を集めた。


「働かざる者、食うべからず。この言葉を、どう、思いますか?」

「それは……その通りだと思いますが?」

「そうですか。良かった」


 だったら揉めることは無さそうですね。

 僕は笑顔でそう言った。そして、笑顔のまま――


「では、こちらの食料は全て僕が頂きます」


 言った。


「……?」


 理解が追い付かない様子の村長さん。彼を放置し、丑号と未号に指示を出す。回れ右。


「すまない、リカン。付き合わせたが、問題は無かったようだ」

「何、気にするな。それよりも、だ。これで終わりなら食事でもどうだ、ラチェット? 我の婚約者がお前に会いたいそうだ」

「是非に」

「――待てやラチェットぉ!」


 和やかに立ち去ろうとする僕らに掛けられる怒声。

 振り返るとゆでたこのように成ったヴァルチャーが居た。


「どう言うことっすかぁ!」


 良い目だ。本気の怒りが見て取れる。

 そんな彼を見ながらも、視線を走らせる。相手側の、周りの様子を見る。理解していない子供、動揺する大人、ヴァルチャーと同じ様に怒りを露にする者、子供を庇うように動く者、そして何かを諦める――子供達。

 僕は情報を拾った。

 ならば使おう。


「当然だろう? 今回、人間村から出された戦力を指揮したのは僕だ」

「そして、僕の小隊で仕事をしたのは僕と、ルドと、僕のモノズ達だ」

「働かざる者、食うべからず。そう言うことだ」

「ん? あぁ、そうか。君は多少働いたな、ヴァルチャー。少し分けてやろう」

「ほら」

「……どうした?」

「拾えよ」


 煽る。煽る。怒りを煽る。

 見る。視る。その怒りが向かう先を観る。

 一部は僕に向く。

 だが、一部は戦場に送られた子供達に向いた。

 僕は“ふるい”にかけた。


「――ッのぉ!」


 ヴァルチャーの声。

 踏み込み、テイクバック。振り被られた拳が僕に向かう。その間にリカンが割って――


「っッ!?」


 入らない。


 僕は殴られた。


「……おい、リカン」


 君はボディガードのはずだろう?


「いや、お前は殴られた方が良いぞ?」


 僕の抗議の視線を受けて、くくっ、と笑うリカン。

 そうだろうか? そうか。そうだな。甘んじて一発は受けておこう。

 口の中が切れた。鉄さびの味がする。酷く不快だ。僕は唾を吐き捨てた。そんな僕に、ヴァルチャーが近づいてくる。流石にリカンが止めた。


「そう言うことです。分かって頂けましたか、村長さん?」

「……いや、流石に、それは――」


 反論しようとする。僕はその口を閉じさせる。

 ヒップホルスターから銃を抜く。向ける。「丑号、未号」。言葉。命令。背後に控えた二機のモノズも銃を抜いた。


「分かったな?」

「……」

「返事をしろ」


 チャッ。金属音。


「……わか、分かった」


 分かってくれたようだ。良かった。それにしても――


「所詮は捕虜の中で気取ったお山の大将ですね、村長さん。少しは意地を見せてくれても良いんですよ?」

「……」

「このまま、こう言うことが続けば貴方達は飢えると思うのですが、良いんですか?」

「…………」

「あぁ、そうか。そうでしたね――」


 一息。呼吸。こみ上げる怒りを飲み込む。

 未だ、出さない。


「先ず、飢えるのは貴方達ではないから問題無いですね?」

「ッ!」


 絶句する村長。

 僕は銃口を向けたまま、彼を冷たい目で見る。

 煽ってみたが、それ以上の反応は返ってこない。


「……腐っているな」


 僕は彼を見限った。

 根が、彼が腐っているから、この人間村は腐っている――で良さそうだ。

 銃を収めて、溜息を吐き出す。


「ラチェットォォォォォォぉぉぉぉっ!」


 ヴァルチャーの叫び声、リカンに合図をして黙らせる。

 そうしたら、一人の女性が前に出て来た。年の頃は三十代と言ったところだろうか? ――あぁ、思い出した。歓迎会の給仕を纏めていた人だ。彼女は地面に座り、頭を下げた。


「子供達だけでも助けて下さい」

「……」


 僕は、何も言わない。

 そうすると、何人かが同じ様に頭を下げる。


 ――あぁ。面白い位に分かれている。


 自分と、自分の子供が大丈夫な大人は頭を下げていない。僕を睨んでいる。

 分かりやすくて、とても良い。

 子供の為に自分を捨てられる大人、子供の為に怒れる大人。そう言った人材がコレで炙り出された。

 ……いや、炙り出したのは子供を食い物にする大人、の方だろうか?


「今、頭を下げている人と、子供達はこちら側へ。――リカン、彼等を僕の小隊に組み込む。あぁ、忘れていた。ヴァルチャー、君もだ。丑号、未号、先導を開始してくれ」

「うむ、了解だ。性悪犬」


 笑い、僕の頭を軽く小突くリカン。


「酷いな。僕は君の命令を遂行しただけだ。腐った部分をどうにかしたぞ、リーダー」


 僕は肩を竦めて、そう言った。

 この方法だと、腐っていても頭が良いのは混じるかもしれない。だが、それはそれで良い。それが出来るなら未だ使える。取り敢えず、決死隊に子供を使う様な連中は切り捨てられる。

 僕の言葉に従い、選んだ人達が丑号達に連れられて行く。

 と、そこで僕は気が付いた。

 少し言い方が悪かった。あれでは誤解させてしまう。


「すまない、君達は違う」

「……え?」


 栄養状態が良い子供達に声を掛ける。リーダー格の少年は、頭が良いらしく、その言葉だけで顔を青くしている。

 残念だ。それ位の分別があるのなら、弱者にも手を差し伸べて欲しかった。

 僕は彼等を助けない。だって、彼等には守ってくれる人が居る。そんな子供まで引き取るのは無理だ。手が足りない。


「君達は、あっちだ」


 僕は笑顔で彼らに言った。

 こっちに来るな。

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