ロングレンジ・スナイプ

 嫌がらせだ。

 だからそれ程複雑なことをやる必要は無い。

 爆撃地点をB1、迫撃部隊をA1~A6とする。

 B1の周を囲む様にAを配置すれば準備は完了だ。

 先ずはA1が迫撃砲で攻撃する。バブルが出てきても暫く打ち続け、追いつかれそうになったら逃げる。そして次はA2が砲撃を開始する。これを繰り返す。

 嫌がらせだ。そうしてB1からバブルを引っ張り出し、隙が出来た所で巣に近づき、爆弾を仕掛けて、ドカン。

 迫撃砲の精度も左程要らない。馬鹿でも出来る物量戦の嫌がらせだ。

 そんな作戦を立てた。

 その場で造った簡易迫撃砲と、単純な構造故、左程コストも掛からない弾を使っての作戦だ。コストに対して戦果は大きい。

 おいおい。やるじゃないか、僕は。

 頭脳派じゃないか。賢いじゃないか。


 ――と。


 そんな風に思っていた。

 口に出さなくて本当に良かった。

 所詮は僕の立てる作戦だ。初手で崩れた。

 迫撃砲設置予定地点より手前であっさりと接敵してしまったのだ。

 巣は基地だ。基地なら見張りが居るのが当然だ。

 迫撃砲の射程は短い。それ位の範囲ならばカバーしていて当たり前だ。

 馬鹿の考え、休むに似たりとは良く行ったものだ。休んでおけばよかった。

 どうする? 三秒、考える。……行けるか? 行け。


「リカン、砲撃部隊はそのまま迎撃部隊にしよう。僕のモノズが同行している。現在位置を維持し、見張りのバブルを倒しながら、トーチカと塹壕で簡易拠点を造り、当初の予定の通り釣ろう」

「引いた方が良くないか?」


 リカンのその判断は正しい。

 元より無理な作戦なのだ。逃げるのは正しい。だが――


「僕は構わない。逃げ帰っても精々『ほらみろ、人間が高位に居てもこんなものだ』と、降格される位だからな」

「それは我もだろうが……構わないであるぞ?」

「だが、僕への見せしめとして責任を取らせ易い部分がある」


 それは、対して戦力にならず、潰しても罪悪感が少ない、その癖、僕へのダメージはある。そんな他種族の子供達だ。


「……言葉にしてみろ、ラチェット」

「人間の子供の為に命を賭けろ、トゥース」

「良く言った。……では、我等はどうする?」


 にやり、と笑うリカン。猫耳眼鏡がやれやれと言いたげに眼鏡の位置を直していた。

 さて、リカンの言う我等――僕、リカン、ヴァーチャル、猫耳眼鏡、巳号からなる隠密部隊はどう動くべきだ? 迫撃砲でのダメージが与えられていない以上、僕らがダメージを与えるしかない。だが、無理だ。当初の作戦程、派手な陽動が出来ていない。

 ……だが、地味でも陽動は陽動だ。爆薬を仕掛ける様な真似は出来ずとも、やれることはあるのでは? そう、例えば――


「特異個体、マザーバブルの撃破」

「無理です!」


 僕の呟きに、即座に否定を被せてくる猫耳眼鏡。


「マザーバブルの周囲には他のバブルが常にいるんですよ! そもそも近づけない!」


 成程。道理だ。ならば――


「近づかなければいい」

「護衛の外から撃てば良い」

「喜べ、猫耳眼鏡。君の上司は命令するだけでソレが出来る」


 そうだろう、リカン?

 僕の視線を受け、リカンがニヤリと笑う。


「護衛の範囲はマザーを中心に凡そ千五百メートル。一発で仕留めるのは無理であろうから、二千メートル地点から撃つ必要がある。……当てられるか?」

「二千五百で当てた記録がある。記録があるのなら、出来るのだろう」

「的は精々、拳大であるが……」

「デカい的だ。僕はワンホールショットをやったことがある」

「で、あるか。……ならば行け、ラチェット。吠え声を届かせてみろ・・・・・・・・・・


 言いながら拳を突き出すリカン。


「了解だ、ガブリエル」


 僕はその拳に拳をガツン、と当てた。







 先ずは的を見つけてやる必要がある。

 ソレにはヴァルチャーと巳号に仕事をして貰うことにした。これには少しだけ問題がある。

 巳号は索敵が出来ない。

 だが、索敵が出来る子号、卯号、酉号、戌号は見事にB1を挟んで反対側だ。司令塔である子号とチーム桃太郎を反対側に配備すると言う案は悪くなかったが、こうなると少し後悔する。

 まぁ、仕方がない。

 索敵も大事だが、見つからないこともそれ以上に重要だ。

 そういう意味では隠密持ちの巳号が傍にいてくれたのは有り難い。

 焦らず、慎重に、それでも早く。

 中々の無茶を一人と一機に押し付けて、僕とリカン、それと猫耳眼鏡は岩陰に身を隠す。

 僕は狙撃の為に、二人は僕の護衛の為に無駄な戦闘を避ける必要があった。

 ふよふよと見張りのバブルが漂ってきた。動かなければ見つからない。だから僕らは動かない。手が届きそうな位置に来た。それでも見つかっていないという自信があった。だから動かない。猫耳眼鏡が呼吸を殺すように手に口を当てていた。リカンが、くあぅ、と大きな欠伸をした後、ソレを見て笑った。僕も笑った。猫耳眼鏡が僕らを見て目を丸くしていたが、僕らに言わせれば彼はビビり過ぎだ。

 幾許かの時間がたった。

 迎撃部隊は良い感じの釣果を維持したまま、引き続き釣りを続けている。


『ヴァルチャーからラチェット、ターゲット発見っす』

「良くやった、ヴァルチャー、位置を端末に送れ」


 言って、端末を確認する。十秒。ターゲットの位置が端末に送られてくる。マーカーを設定、B2と呼称。僕らは岩陰から抜け出し、狙撃ポイントへの移動を開始。ヴァルチャーと巳号は迎撃部隊への合流を指示しておいた。引き連れてこちらに来られたら迷惑だ。

 三分ほど歩いた。

 B2から都合二千メートル弱離れた地点は特にバブルが浮かんでいることもなく、一見、平和だ。

 僕はクッションを放り投げ、地面に伏せる。


「観測手はボクがやりましょう」


 猫耳眼鏡の言葉だ。軽く頷き、スコープを除く。

 一際大きい黄色いバブルが見えた。その核は点の様だ。

 アレを撃ち抜くのか。

 無理じゃないだろうか?

 さっきカッコつけた僕は馬鹿じゃないだろうか?


「――、」


 笑う。今更だ。自分が馬鹿であることなど知っている。

 引き金を、引く。

 大きく右に逸れた。


「――、――」


 猫耳眼鏡が何かを言っている。ズレの修正だろう。

 だが、悪いが、音を拾うが、言葉は拾わない。認識しない。

 僕は、ズレを修正する。


 ――キィ。


 歯車が、軋んだ。

 引き金に掛かる指先に『命』が乗る感覚がある。


 ――殺す。殺せる。命に届く。


 二千メートル先を撃つ。引き金を、引く。

 外れた。

 その感覚がある。

 確かに僕の指先に乗っていた『命』が零れて行く。


 ――成程。


 引き金を引いた際の『動き』だけで零れるか。

 分かってはいたけど、難しいな、二千メートル先の点を撃ち抜くと言うこの長距離狙撃ロングレンジ・スナイプは。

 暗夜に霜のふるごとく。

 確か自衛隊で言われている引き金を引く際の心得だ。

 引き金は優しく引いてやらなければならない。

 僕は再度マザーバブルの『命』を指の先に置く。

 当たる。今ならば、当てられる。


「――」


 息を吐いた。ブレる。


「――、」


 息を吸った。ブレる。


「――――」


 呼吸を止める。体を止める。銃を止める。

 僕は。ゆっくり。優しく。


 ――引き金を引いた。


 銃声が酷く大きく感じられる。背中に寒気が奔る。僕は弾が飛んでいる最中だったが、スコープから顔を外す。


「当たったよ」


 誰へと無く、僕はそう言った。

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