親子の情

 先ずは勝利条件の確認だ。

 今回はバブルの巣への強襲で、そこを奪うのが目的。

 ツリークリスタルの群生地に造られたその巣からは日夜バブルが生まれている。これが酷く厄介だ。

 今まで、僕が相手した中でのバブルの最大規模は新人教育の最終日に相手取った輸送団相手のモノだ。薬品と人数を揃えていたので、あれはそこまで大変だったと言う印象は無い。何と言っても所詮は輸送団だ。数に限りがある。

 だが、巣は違う。数は無限だ。

 数を武器とするバブルだ。その生殖能力――と、言うか生産能力は凄まじい。それを支えているのが巣だ。正直、そこにいるバブルの数は数えるのが馬鹿らしくなるので、シンゾーに倣って『いっぱい』と言うことにしておこう。

 当然、全滅は無理だ。

 ならば、どうするか?

 答えは簡単だツリークリスタルに張り付くようにして造られた巣。ソレを壊す。

 犠牲を覚悟すれば手段はある。

 基本、バブルは動きが遅い。

 大量の人員に爆薬を抱えさせて一気に突っ切れば運の良い何人かが届く場合もある。

 馬鹿でも出来る物量戦の中でも最悪の部類だ。

 それでも要らない人員が用意できるのなら、楽で良い。

 ヴァルチャー達は当初、これをやらされるはずだった。


 馬鹿が。


 そう思う。何を受け入れているんだ、このハゲは?

 手段が無いのは理解しよう。それでも、足掻かなかったことを理解してやる気はない。

 僕は足掻くと決めた。

 午号に操縦を任せ、背骨のネックレスを握る。

 考える。

 物量を凌駕する効率を。

 僕は狙撃手だ。時に、少ない弾丸で多くの敵を留める狙撃手だ。その為に必要なのは敵の『要』が何処かを探る嗅覚だ。

 それを考えろ。

 相手の大事なものを考えろ。そこをどうしたら崩せるかを考えろ。

 補給を断つ? これは駄目だ。バブルに補給の概念は無い。奴らは飲まず食わずで動く。

 指揮官殺し? 無理だ。群体生物の奴らにそんな物は通じない。

 爆撃はどうだろう? 駄目だ。良い手の様な気もするが、巣を壊しきる前に追いつかれる。


「……子号、迫撃砲の最大有効射程は?」


 ――ピッ!

 回答:2キロで75メートル以内の着弾


「余り良くないな」


 クラスター弾で補えるだろうか? 動かない巣が相手ならば行けるような気も――

 がりがり。頭を掻く。

 余り良い手が浮かばない。今まで有効だった戦術は物量作戦とヒット&アウェイ……と、言うかキャッチ&アウェイくらいだ。

 そもそも巣との戦いの経験が無いのが地味に痛い。

 何が効いて、何が効かないかが分からない。それでも考えろ。考えろ。巣は基地だ。ならば自分が基地に対してやられたら嫌なことを考えろ。

 骨のネックレスが指に食い込む。血は出ない。特に案も出ない。鋭い痛み。


「どうにかなりそうであるか、ラチェット?」

「――きっと上司が素敵な案を持って来てくれていると言うのを期待しています」

「それは無理である」


 肩を竦めながらリカンは言う。

 使えない上司サマを持って僕は幸せだ。


「……正直、今回の作戦が上手く行くヴィジョンが見えない」


 たかだか二十三人の子供にカミカゼさせた位ではどうにも成らない。寧ろ、本当に二十三人の命でどうにか成るのなら、安い気さえする。


「序列第四位、シュヴァンツ」

「?」

「今回の作戦を通した男で、先代序列第六位の父親である」

「権力争い――と、言うか君への嫌がらせじゃないか」


 人間を巻き込むなよ、トゥース、と僕。


「いや、我のせいではないぞ? 我は先代が戦場で人間に撃ち殺されたから上がっただけだからな」


 おや? こんな所に、腕利きの狙撃手の人間がいるぞぅ? と、リカン。

 成程。僕の仕業だったのか。あの指揮官、そんなに偉かったのか。

 あぁ、今更ながら気が付いた。それで僕は行き成り序列第七位と言う高位に付けたのか。


「敵であれ、強ければ讃えるのがトゥースの文化だと思っていました」

「親子の情は割り切れんよ、ラチェット」

「成程。涙が出そうだ」


 親子の絆に……ではなく、八つ当たりでこんな作戦やらされる現状に、だ。

 だが、良いことを聞いた。

 私情でのゴリ押しでこんな仕事をやらせていると言うのならば、無理だと言うことは上にも分かっているのだろう。完全に勝つ必要は無い。『ある程度』の成果で十分だ。


「どれ位で納得させられる?」

「巣のある程度の破壊。レアクリスタルの一定量の強奪。特異個体の討伐。その辺りだ」

「特異個体?」


 聞いたことない言葉――いや。巣に居る特異個体と言うならば、マザーバブルか? 言葉通りにバブルを産むソレのことは知っている。あの規模の巣なら十個程居るだろう。だが――


「特異個体はマザーバブルですよね? そんなに強いのですか?」


 それ程強いという話は聞いたことがない。


「見張りが多い。先にも言ったであろう? 親子の情だ」

「成程。本当に涙が出そうだ」


 ならばやはり巣をある程度破壊するのが現実的だろう。


「リカン、君の部下を借りたとして、どれ位なら僕の指示を聞く?」

「我の部下は全員、先の戦いでお前の相手をした連中だ」

「――つまり?」

「僅か二人で我等を相手取り、左足を吹き飛ばされた状態で指揮官を殺す。それを子供達の為にやってのける様な男を何と言うか知っているか?」

「キ〇ガイ」


 僕は即答した。ソイツは馬鹿だと思う。もっと賢く生きるべきだ。


「英雄だよ。卑下するな、気取っておけ、ラチェット。――そして我らは英雄と言うものが大好きだ。何人居る?」

「迫撃砲が扱える者を、居るだけ」


 良し、集めてこよう。

 そう言って立ち去るリカンを見送り、僕は未号、申号に指示を出す。

 理不尽な命令に申号が足の小指に体当たりして来た。地味に痛い。







 迫撃砲の構造は単純だ。

 筒の中に弾を落とし、その際に弾の雷管反応させ、撃つ。

 極論、筒に落とすだけで撃てる。

 そんな分けでリカン隊は全員でやって来た。


 ――こんなの楽勝だ!


 そんな声が聞こえて来た。

 こいつら迫撃砲、舐めてやがる。僕は頭が痛くなった。


「連れて来たぞ、ラチェット! 何、運び手は任せておけ、楽勝だ!」

「……」


 リカンが、がははー、と笑う。

 成程。隊長が迫撃砲を舐めてるのか。ただ弾落とすだけで当たるわけがないだろう。

 どうやら僕の左足を吹き飛ばしたのは先代の序列六位の部隊らしい。そうであって欲しい。

 と、リカンの部下の何人かがこちらにやって来た。

 彼らの中心と思われる、人間とほとんど変わらない猫耳眼鏡の青年が潤んだ瞳で死んだ目の僕を見る。その目から堪え切れずに涙があふれた。


「良かった――。ラチェット殿まで一緒になって喜んでたらどうしようかと思った」


 その一言で僕は彼の苦労を知ることが出来た。頑張ってほしい。超頑張ってほしい。


「観測チームを組みましょう。こちらからは観測手のモノズが三機と、修正の指示が出来るモノズを一機しか出せません」

「では、こちらからは観測手を八人出します。修正指示は恐らくそちらに任せた方が良いかと」

「そうですね。それと、砲手の方は散らしてそれぞれの塊として扱いましょう。長距離の砲撃ですので、ばらけるのが前提で」

「作戦を聞いてもよろしいですか?」

「構いません」


 そう言って僕は、リカンを呼――


「あ、良いです。あのアホは呼ばなくても。後で整理して伝えるようにします」

「そうですか」


 猫耳眼鏡のリカンに対する扱いが酷く雑だった。

 それで良いのだろうか?

 まぁ良いや。

 僕はレオーネ氏族の闇に触れることなく、猫耳眼鏡に作戦を説明した。


「……性格、悪いですね?」


 とても酷いことを言われた。

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