ハゲ

 荒野に吹く風は相も変わらず砂を孕む。

 機械化された左足部分をオミットしたハウンドモデルが吹く風に合わせてパチパチと鳴き声を上げた。

 それを聞きながら、僕はヘッドセットと帽子を身に着ける。

 トゥースはツリークリスタルの影響を受けない電波を飛ばす寄生生物を脳に寄生させて通信を行う。

 流石にそんなモノを埋め込む気にならなかったので、他の人間の傭兵と同じ様に僕はヘッドセットにその生物を規制させた。

 慣れ親しんだ無機物の冷たさとは違う恒温動物独特の体温を感じる。落ち着いて聞くと偶に脈打っているので、正直気持ち悪い。

 イービィーにした様にトゥース側が人間の装備を身に着けてくれればこんな思いをしなくて済むのだが、所詮、今の僕はマイノリティ。諦めてマジョリティに従うことにした。

 そうして僕らはベースキャンプから旅立った。

 リカンたちは寄生生物をくっ付けて制御を奪った装甲車やバイク、モノクの他、騎乗用の生物で移動していた。僕はソレに午号で付いていく。

 見ていると騎乗用生物を使っている連中の方が地位が高い様な気がする。

 リカンもだ。アームライオンの様に四本腕のリカンは、スレイプニルの様な六本脚の馬? に乗っていた。顔の真ん中に二つの目が縦に並び、口は口と言うよりは管だが、多分、馬、だ。

 そんな馬? はルドと仲良くしたいらしいが、ルドは余り仲良くしたくないらしい。近付かれると僕の後ろに隠れるし、それでも近づくと放電しながら本気で吠える。

 馬? が凹んでいたので、慰めておいた。

 途中、アントと戦闘になった。

 馬? がアントの体液を吸いつくしていた。

 僕は、慰めて損したな、と思った。

 僕も馬? を避けるようになった。また馬? が凹んでいたが許して欲しい。捕食シーンが怖すぎる。


 半日ほど走った。


 そこで今日は野宿し、明日、本番と言うわけだ。

 そんな分けで未号、申号を中心に準備を進めていると、人間村で見た野良犬の様な目の子供達がいることに気が付いた。

 彼らはボロボロになった一機だけのモノズを連れているだけでムカデすら纏っていない。

 引率なのか、これまたボロボロになったムカデを纏った大人が一人いるが、それだけだ。

 何時も通りに見て見ぬふり――は、流石に無理だ。リカンを捕まえる。


「僕の、言いたいことは?」

「まぁ、大体わかる」

「では、回答を」

「今回の遠征に辺り、人間村から出された労働力である」


 代わりに我等は食料を配布する、とリカンは言う。

 子供に戦場で働かせ、あのクソ神父を始めとした大人達は村の中で働いているという。

 適材適所。成程、素敵な言葉だ。世の中はそうあるべきだ。


「あの子たちの今回の仕事は」

「ラチェット、お前はニホンジンであったな?」

「……そうですが」


 そう答える。酷く嫌な予感がする。


「好きだろう? カミカゼである」

「……成程」


 バブルの巣に爆弾を持って特攻させる、それが彼等の使い道だとリカンは言う。

 適材適所。成程、素敵だ。ムカデすら纏っていない子供達など、荷運びかそれ位にしか使えない。そう言うことだ。


「……君のことが嫌いになりそうだ」

「うむ。気が合うな、我も今の自分は嫌いである」


 言いながら、リカンが革袋を投げてよこす。ひし形のクリスタル、共通通貨が入っていた。


「オーダーだ、ラチェット。腐ってる部分をどうにかしろ」

「……君を好きになれそうだが、意外だ。言っておいてなんだが、正直、他種族の子供を気にかけてくれるとは思わなかった」

「『強くなければ優しくなれない』。我は強いからな、強者の義務である!」


 腕を組んで「うむっ!」と唸るリカン。

 良いな。良い男だ。


「了解です、リーダー」


 僕はそんな彼に、気取って敬礼を返す。

 僕は革袋を丑号に放り投げ、ゆっくりと歩き出した。







 いい加減に未号と申号にばかり工作をさせるのはどうかと思う。

 君たちも頑張り給え。

 さぁ、練習だ!


 そんな名目でモノズを総動員して土で出来たトーチカを幾つか用意してみた。

 僕もスコップで地面をほじくり返し、材料の提供に貢献した。

 そんな分けで、今、周囲には無人のトーチカが幾つかある。

 発泡剤を余り使っていないので、硬度と靭性は余り高くないが、一晩眠るには十二分だ。


「良かったら、使って下さい」


 そんな分けで僕は野良犬軍団にソレを提供することになった。


「うっす! ありがてぇっす!」


 今は引率に声を掛けている所だ。

 年は僕と同じ。小柄ながらも鍛えられた身体を持つ彼は突撃兵アサルトだ。剃っているのか髪は無い。禿だ。

 聞けば彼は僕と同じ立場の傭兵だが、僕とは違い、見て見ぬ振りが出来なかったらしい。

 元は傭兵団として雇われていたのだが、見捨てることが出来ず、傭兵団が立ち去った後も一人残り、子供達の面倒を見ていると言う。

 この場では本名はあまり意味を持たない。だから――


「自分は序列第四十三位、ヴァルチャーってもんです、よろしくおねがいしやっす!」

「序列第七位、ラチェットです」


 僕らはトゥースに付けられたコードネームを名乗りあう。

 ヴァルチャー。ハゲワシ。禿。


 せんせいあのね。

 ぼくは、いじめかっこわるい、とおもいました。


 ……だって露骨過ぎるだろ、これ。

 ブタゴリラ並みに酷いあだ名を見た。小学生だったら確実にPTA案件だ。

 だが、本人が納得して居るのならば、僕は特に言うことはない。


「早速だが、ヴァルチャー。許可は得て居る。君達の指揮権は僕が貰う」

「了解っす! ヴァルチャー、以下二十三名、これよりラチェット隊の指揮下に入ります!」


 鼓膜が破れそうになる大声。体育会系と言う奴だろう。良い人なのだろうが、苦手なタイプだ。僕は苦笑いをしながら軽くヴァルチャーから距離を取り、子号を呼ぶ。


「付いては戦力の把握をしたい。頼む」


 直ぐに転がってきた子号に情報統合を命じながら、禿げ頭を見る。


「ムカデは自分が着ている一機、モノズは隊に一機、子供たちの武装は――」

「待て、ヴァルチャー。僕は“戦力”を報告しろと言ったんだ。“戦力”だけを報告しろ」


 言葉を強調する。

 “戦力”はお前だけだと僕は言う。

 死ぬのは僕とお前だと僕は言う。


「うおっす! 失礼しやっした! 戦力は自分だけで、装備はムカデが一機っす!」

「そうか。……武器は?」

「ねぇっす! 自分はグラップラーっす!」

「……」


 初めて見た。正直、運用に困る。

 そうか。そいつは素敵だ。宮本さんちのマサシくんになら勝てそうだな。そんな適当な回答を返し、子号が受信したヴァルチャーの技能を確認していく。


【強襲:1】【近接格闘:3】【モノズ指揮:0】【カウンター:3】【強化外骨格適正(力):X】【騎乗:1】【潜伏:1】【隠密:1】【射撃:1】【光学兵器:1】


 ――ッツ! レアスキル持ちだとッ!


 と、驚いてみた。

 珍しいものを見た。大抵のスキルは後天的に学べるが、中には体質に由来するものがある。それが【強化外骨格適正】だ。

 これは、誰もが持っているが、持っているものは少ないと言う矛盾を孕んでいるスキルだ。

 ムカデを動かすためのDNAフィラメント。血液から造られるソレがムカデの人工筋肉と適合するとそのスキルは発現する。人工筋肉とDNAフィラメントを合わせてやれば発現するので、調整で起こすこともできるが、その条件が今一不明なのだ。

 だから、『何か人工筋肉調整したらスキル増えた』とか『DNAフィラメントの希釈液変えたら世界が変わった』と言うことが偶にあるらしい。五年に一人出れば良い方だと聞く。そんなスキルだからランク付けが出来ずに、X表記なのだろう。

 頼もしいことだ。僕はそんなことを考えながら、質問を重ねる。


「モノズ指揮が0なのは?」

「今持ってねぇからっす!」

「成程」


 これは少し、痛い。

 だが言っても仕方がない。僕は丑号に命じ、子供達に食料を配らせ、ヴァルチャーと共に作戦会議を始める。

 夕日を背負ったヴァルチャーが眩しい。

 成程。光学兵器か……。


「……」


 僕は眩しさから逃げるように、少しだけ遠くを見た。

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