捕虜と傭兵

 強化外骨格を動かす際にも使用するDNAフィラメントが漸く伸び切り。鋼の足が生身の足と変わらずに動くようになった。

 そんなわけでリハビリを開始した。

 人間村の外周を走ってこいとタオルを渡されたので、首に巻き付け、走り出す。


 ――くっ、動け! 動けよ、僕の足だろっ!


 と、言うイベントは特に無く、普通に走れた。正直、自前の左足と左程違いが無い。

 搭載されていたジェット噴射も試してみた。

 空を飛ぶことはできないが、インセクトゥムのグラスホッパーと同じ様に跳ぶことが出来る機能だ。

 こけた。

 もう二度と使わない。

 全身を砂だらけにしながら僕はそう誓った。

 さて、そんな僕の姿を見た主治医のコメントだ。


「お前、運動神経切れてんじゃねぇ?」

「……」


 これでこける奴は酷く稀らしい。

 成程、これがドクハラと言う奴か。酷い話だ。

 そんなことを考える僕にヤブ先生は「次だ」と言って作家ボールを渡してきた。歴代の文豪が窓の中に描かれているジョークグッズだ。因みにカラーリングは白と黒。傍から見るとサッカーボールだし、用途もソレだった。

 牛を追っていた遺伝子が滾るのか、白と黒で革製のソレはルドに眠る血を起こしてしまったようだ。テンションが凄く上がって直ぐに奪われてしまった。仕方がないので日陰に座ってそんなルドを眺める。

 子供が集まって来て、ルドとサッカーを始めた。

 とても楽しそうだ。それを邪魔するのはどうかと思うので、僕のリハビリはここまでだ。ザンネンダナー。サボっているわけではない。


「……ん?」


 ふと、違和感に気が付く。

 遊んでいる子供がいて、それを羨ましそうに見る子供がいる。

 そこに明らかな貧富の差が見て取れた。遊んでいる子供たちは明らかに栄養状態が良く、羨ましそうにしている子供たちは栄養状態が悪い。それに目だ。野良犬の様な目をしている。子供がするには相応しくない目だ。

 捕虜の中にも貧富の差があると言うのはおかしい気がする。


「あの犬は貴方のものですか?」


 そんなことを考えていると、カソックを纏った柔和な笑みを浮かべる老人に声をかけられた。胸には十字架。神父さんという奴だろうか?

 この時代にも宗教が残っていることに少し僕は驚いた。


「……えぇ、まぁ、そうです」

「そうですか、子供達が遊んで頂いているようで、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ」


 テンションが上がったルドが弾丸の様に駆け回りながらボールをキープしていた。無駄にドリブルが上手い。子供たちは餌に群がる魚の様にきゃーきゃー言いながらルドを追いかけている。


「……捕虜、と言うわけではなさそうですね?」


 にっこり笑う神父さん。


「傭兵です」


 それにそう言葉を返しながら、ドッグタグ代わりの背骨のネックレスを見せる。


「そうですか。初対面でこう言うことを言って良いのか迷うのですが……助けて貰えませんか?」

「……すいません。所詮は雇われですので」


 無理です、と僕は答える。

 助ける手段が無い分けではない。リカンに聞いた話だと、ここの捕虜達は労働力、及び身代金を得る為に捕らえられていると言う。

 だから買い取ることが可能だ。

 だが、全員は買い取れない。

 どうしても選ぶ必要が出てくる。そんな役目を僕はやりたくなかった。

 見ない振りをする方が楽なのだ。

 だから僕はさっさと自分の身代金分の仕事をしてさっさと戻る気で居る。

 あぁ、だが、それでも――


「簡単な援助くらいなら、させて貰います」

「十分です」


 その日、柔らかく笑うその男に、僕はリカンを通して幾ばくかの援助をした。

 これで少しでも野良犬の様な目をするあの子達が救われると良いな。

 そう思った。







 発泡剤と土を混ぜて作ったトーチカはやはり何処か茶色い。

 打ちっぱなしのコンクリートで造られたその家は暑い時は暑く、寒い時は寒いと言う随分な欠陥住宅ぶりだが、リカンが用意してくれた――くれようとした家よりは幾分マシだ。


「こんな家では孔が開いたときに自己再生しないではないか!」


 絶対に我が用意した家の方が良かった! と叫ぶリカン。


「僕の地元だと家は自己再生しませんので」


 そんな彼に白湯を出しながら僕。

 傭兵稼業の流浪の民であるレオーネ氏族は余り味の付いた飲み物を好まない。

 何処へ行っても余所者である彼等の歴史は毒殺を警戒する程度には暗い。

 そんな分けで彼らを持て成す際には水か白湯を出すのが好まれる――と言うのが僕がリカンから聞いたことだった。


「何故、我が白湯でお前はコーヒーなのだラチェットよ?」

「……」


 そう、僕に教えた本人から苦情が来た。

 何と言う理不尽。


「毒殺を警戒しなくても良いのですか?」

「いや、お前は毒殺などできないだろ、ラチェット?」

「信頼されているようで、ありがたいです」

「うむ、お前は毒殺しようとして毒を入れてもカップを間違えるタイプである」

「僕を馬鹿にし過ぎだろう」


 流石に。

 僕はリカンの分のコーヒーを用意し、そこに胡椒をたっぷりと入れてやった。

 持っていくと、リカンは「猫舌だから」と言って、先に入れてあった僕の方を持って行った。


「……」


 手元には胡椒入りのコーヒーが残った。どうしよう?


「む? どうした? 飲まぬのか?」


 リカンがニヤニヤしている。


 僕は「降参です」と両手を挙げて椅子に深く座りなおした。


「成程、確かに僕には向いていないようだ」

「あぁ、そんなザマだから騙されるのだ」

「騙される、とは?」


 どう言うことでしょうか? 小首を傾げる。


「先日、お前は人間村の教会に寄付をしたであろう?」

「しましたが?」


 それだよ、とリカンが言うが、僕には良く分からない。


「まぁ、三日後に我の言葉が分かるであろう。――仕事だ、ラチェット」

「――あぁ、成程。いよいよですか」


 入院中に資料は読んでいる。

 傭兵部族のレオーネ氏族の悲願は安住の地を得ることだ。

 その為に戦争を金に換えているが、それとは別にやっている仕事もある。

 開拓だ。

 人間、インセクトゥム、バブル。そう言った敵対勢力から土地を奪っている。今回のターゲットは――


「バブル、でしたね?」

「あぁ、脳無し、誇り無しの泡どもだ。奴等の土地を奪う」

「僕は余り相性が良くないのですが?」

「それを生かすのがリーダーである」

「成程。では、期待しています、リーダー」


 僕は言いながらコーヒーを啜った。

 そして、すぐに噴出した。

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