お代はラブで結構
シンゾーの大福を食べた。
お腹が減っていたわけではない。疲れて甘いものが欲しかった分けでもない。仕方がなかったのだ。
「……」
餅がうにょーん、と伸びる。美味しい。
だが、本当に食べる気はなかった。賞味期限が近かったのだ。
シカタガナカッタンダー。
「……」
籠城から三日が経った。
その間、僕らは何とか耐えている。耐えているだけだ。じりじり、じりじりと終わりが近づいてきている。
建材のストックはある。食料もまた然り。水だってある。
だが、モノズが無い。
一流の工兵であり、歩兵であるモノズが減る一方だ。これが拙い。
僕のモノズも辰号が壊れた。核は無事だが、ボディは大破。アロウン社製のタラニスは構造が複雑なこともあり、修理は難しいとのこと。雑に扱えるタタラ重工製のボディがこう言った長期戦では強いな。そう思う。
「……さて」
どうしたものか。
端末に現在の総戦力を映し、斥候部隊が持ち帰った敵部隊の情報を思い返す。
今日、敵の襲撃は無かった。
理由は簡単だ。奴等は僕らを潰す為に本腰を入れることにした。
だから巣の増強に努めた。
ツリークリスタルを採掘し、巣に持ち帰っていた。
シンプル・イズ・ベストとはよく言ったものだ。
単純であるが故に、対策が取りにくい。
だから考えろ。骨のネックレスを弄り回す。思考が尖る。まだ足りない。咥えてみた。舌で撫でる。撫でる。撫でる。切れた。ピリピリとした痛みが舌先に乗る。骨を放し、地面に唾を吐き出す。赤いモノが混じる程の出血は無いようだ。
ルドが吐き捨てた僕の唾の匂いを嗅いでいた。品種改良されても犬だ。舐めてしまうかもしれないので、抱き上げた。どうやらコーギーと言う犬種は膝の上で愛でるものではないらしい。
重い。
うー、と唸って伸びをする。ルドを膝の上で遊ばせたまま、考える。考える。気が付いたら骨のネックレスを触っていた。先程まで噛んでいたせいか、唾液が付いていたので、ルドで拭いた。
「考えすぎるとハゲるぞ、トウジ」
「普段はあまり考えていないので大丈夫ですよ、ユーリ」
考え込む僕に声がかかる。冷たい声だ。天幕の入り口にはユーリが居た。
出撃をしていたのだろう。アルビノ種の病的な白さの肌には汗が浮かび、赤い瞳は戦闘の興奮に濡れていた。
「……そろそろだが、来そうな気がする。拙いぞ」
「根拠は?」
「勘だよ」
「それはそれは――」
頼もしいことで。貴女の勘は良く当たる。
吐き出す溜息に聞こえない様に悪態を混ぜた。
「それよりもだ、トウジ。私は、風呂に入りたいのだが?」
「? 休憩時間ですし、ご自由にどうぞ」
物資に限りはある。風呂を沸かすにはモノズが居る。
今の状況では何れも容易く歓迎できることではないが、ユーリの功績を考えると、霞む。
隻腕のアルビノは歩く速さでインセクトゥムを殺す。彼女のコンディションがそのまま僕らの生存確率に反映される以上、その程度なら我儘にもならない。
「気が利かないな。私はコレだぞ?」
そう言って見せられたのは無い左腕だった。
「……再生なり、機械化なりすれば良いじゃないですか」
僕が身を以って知っている通り、この時代、四肢の欠損は大した問題にならない。
生やせるし、付け直せる。
「私が強いのはコレだからよ。そう言う分けだ、身体を洗うのを手伝ってくれ」
「お断りですが? 女性の兵士だっているんだから、そちらへどうぞ」
何ならいつも通りに貴女のモノズであるチクワブにでも頼んで下さい。
「お前は馬鹿か?」
「……まぁ、はい、そうですね」
「良いか? お前が身体を洗って貰う場合、男と女、どちらが良い?」
「女性ですね」
「そういうことだ」
僕の答えに満足そうに頷くユーリ。
「……男女では、違うと思います」
膝の上のルドを撫でながら、半目で僕。
「そうか?」
言いながら僕に向かい合う様にしてユーリが椅子に座る。
大福の為に用意していた水を奪われた。「……」。喉に詰まったら拙いので、残りは良く噛もう。
「……本題だ。昨日までの被害報告は受けたか?」
声の色が、変わる。僕は姿勢を少しだけただした。膝の上のルドが座るスペースが変わって少し慌てだした。
「今、未号が纏めていますが……トラブルですか?」
おやつを食べたので、僕はもう、お腹いっぱいですが?
「いや、いつも通りだ。戦い、破られ、壁が壊され、武器が壊れ――モノズが壊れた。私もな、チクワブがやられた。まぁ、核は無事だがな」
「……修理は」
「出来ないそうだ」
……。そうか。ついに一線のユーリのモノズにも影響が出たか……。
「巣は大きくなっている。背面にも回り込まれて、囲まれている。……耐えられるか?」
「……どうでしょうね?」
本当に、どうなんだろう? どうしたらいいのだろう?
シンゾーが帰ってくるまで頑張ると言う精神論以外の策が僕には思いつかなかった。
ユーリ曰く。僕は考えられるタイプらしい。
だが、残念なことに余り賢くはない。
だから人に相談することにした。
バカの考えが休むに似たりと言うのならば、賢い人に訊けばいい。
取り敢えず、作戦参謀殿の所に行ってみた。
指揮権を寄越せとうるさいので作戦参謀殿にはVIPルームを用意し、モノズを取り上げて(核だけ返して)、日々をお過ごし頂いている。
軟禁中と言う分けだ。
「だからっ! だから言ったんだ! 敵の規模は強大だとッ!」
言ってない。
「偵察の規模からもわかることだろうがッ!」
貴方は分からなかった。
「それなのに……うぅっ、くそぅ……ッ! 誰も……誰も、僕の言うことを信じてくれなかったっッ!」
そう言う種類の病気の人らしい。
僕はコレに訊くのを諦めた。撃ち殺したい気分になったが、死体の捨て場も今は惜しい。生きていても死んでいても迷惑なイキモノだ。
「聞いているのか! 今ならまだ間に合う! 僕に指揮権を――ッ!」
弾がもったいないので、グリップエンドで顔面を殴る。前歯が一本、内側に曲がった様だ。
このイキモノが生きていると地球に良くないので、今度、囮にでも使って環境保護に貢献させた方が良いかもしれない。
次に作戦本部に向かった。僕同様に指揮をとっていて、僕とは違って正規の教育を受けた人がいるからだ。
「――トウジ様」
向かう途中、ダブルスーツを着た糸目の男に呼び止められた。スエン。アバカスのエージェントであるその男は僕に優雅に一礼して見せた。
「……貴方の所の大学は最悪だな」
「はて? ワタクシ共は大学など経営しておりませんが? アバカスなど、ソロバンのことですので……同じ様な名前をつける企業もあるんでしょうね」
「成程、商売のご利益がありそうな名前だな」
「そうでございましょう?」
「……」
「……」
暫し、僕は、糸目の男を睨む。感情は込めずに、ただ、ただ、その開いてるかが分からない目を見た。
「――上を通して苦情を言っておきます。それで、ご容赦を」
降参でございます。両手を挙げてスエンが折れた。
「……それで、どうして君がここに居る?」
僕は、どうやって? とは聞かない。
神出鬼没の彼らの謎技術に興味が無い分けではないが、どうせ使えないのだからどうでも良い。
「一つ、この戦いは人類史のターニングポイントと判断されました。二つ、その場に《英雄》が居ます。以上の二つを持ちまして――弊社はこれを介入案件と判断いたしました」
「……相も変わらず上から目線だな」
気に入らない。
「それは、失礼を」
にこり、と胡散臭く笑うスエン。
「……それで、介入案件と言ったが、『何』をしてくれる?」
「物資の援助、ですね?」
「……」
「……何か?」
「それだけか?」
字面の恰好良さに中身が伴っていないのではないだろうか? 介入案件。
「それだけでこの戦場での勝ちを拾えるかと」
「……」
そうか? そうだな。僕もそう判断した。
「お代は?」
「次のトウジ様の戦場を指定させて下さい」
僕は露骨に嫌な顔をした。僕はアバカスと言う組織に余り良い印象を持って居ない。どうしたものか? 考える。ポケットの中の端末が震えた。取り出す。見る。笑う。
「高いな」
だから――
「その商品は要らない。持ち帰って倉庫にでも仕舞うと良い」
「うぇ?」
間の抜けた顔を晒すスエン。
アバカスは嫌いだ。だが、僕はスエンと言うエージェントはそこまで嫌いではない。未熟な彼は簡単にエージェントの仮面が剥がれ中身を見せてくれる。
「シンゾーが帰った。援軍を引き連れて、な」
「ッ! そんな! 片道で四日はかかる道ですよ!」
「僕は馬鹿だが、そこまで馬鹿では無いよ。この状況で往復八日かかる道を八日かける奴に伝令は頼まない」
有り勝ちだが、『直線距離ならそうでもない』という奴だ。
「それでも速過ぎます。まして、援軍を連れてなど……」
「アバカスはシンゾーをどう評価している?」
「……腕の良い騎兵だと」
「それだけか?」
「……正直に申しますと、【操縦】の技能は余り役に立ちません。モノズボディが進化すれば、容易く再現が出来てしまいますので」
「成程。自動運転はまだまだ発達するのですね……」
それは凄い。
だが君達の組織は残念なところだな。
「シンゾーの真価は目です」
悪路走行をさせてみれば分かる。
走りが上手い。それもある。だが、それ以上にルート選びが凄い。
最速を瞬時に選ぶその目こそがシンゾーの真価だ。
「行きの道をモノズに覚えさせて置いたのだろう。援軍にそのデータを共有させてやれば……」
「『自分と同じ速さで連れてこれる』。でも、そんな……」
「《英雄》とやらに推薦するよ」
言いながら、端末を弄り回す。すでに本部ではシンゾーを確認しているらしい。突貫部隊の編制を申請。ユーリで道を造り、物資を通す。そして補給をしたのち、巣を挟撃するのはどうだろう?
まぁ、どうとでもなる。
最早こちらの方が量も質も上だ。
馬鹿でも出来る物量戦で勝つのは物量が多い方だ。
「さて、スエン。見学でもしていくか?」
「……是非」
「そうか。僕は商人では無いのでお代はラブで結構――と、行きたいところだが、大福一つで手を打とう」
「は? え、大福、でございますか?」
「そうだ。――あぁ、粒餡で頼むぞ」
「……了解でございます」
不思議そうにしながらも頷くスエン。
そんな彼に背を向け、僕は何となく空を見てみた。
――まさか三日で帰ってくるとはなぁー
五日は掛かると思っていたのに。流石はシンゾーだ。
ポケットの中で握りしめた包み紙が、くしゃ、と音を立てる。
その包み紙に書かれた賞味期限はシンゾーが出発した日から四日後――明日だった。
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