指揮をとる

 朝の陽でキラキラとツリークリスタルが反射している。

 朝靄の中に硝煙の香りが漂っていた。

 インセクトゥムは火薬を使わない。

 ならば漂うこの硝煙の香りはこちら側の匂いなのだろう。

 黒色火薬の匂いは僕を少しだけ残酷にさせる。

 外壁沿いをゆっくり歩き、ゆっくり銃を構え、ゆっくりと引き金を引く。

 狙ったのはグラスホッパーの先頭だ。打ち抜き、撃ち殺し、終わらせる。後続の何匹かを巻き込み転ばせる。

 だが、そこまでだ。

 群れでの狂気は死の恐怖を塗りつぶす。

 バッタの群れは一瞬も止まることなく進んで来た。あぁ、僕の戦場ではないな、これは。諦めた。「ユーリ、任せた」。言う。「了解した」。涼しい声が耳朶を震わせる中、僕はマップに目線を走らせる。


 何故だろう? やらされている エセ司令


 トウジ、心の俳句。

 そんな分けで指示を出す。今回、閣下のための教材として集められた傭兵連中は凄腕だ。それでもランクはある。明らかに次元が違うユーリを軸に作戦を立てる。

 指示は砲撃。

 遠距離からのソレで騎兵を散らし、道を選ばせる。選んだ先に居るのは――と、言うわけだ。

 物量は向こうが上だが、駒の強さは此方が上だ。つまり、僕がやっているのもある意味での物量戦だ。アホでもできる。だから、僕でも出来る。


「辰号」


 貫通力のある辰号への指示。遅れて光が空を奔る。空気が焦げた。光がバッタを貫き、アリに届き、簡易的な巣まで焼いた。あぁ、良いな、これ。そう思ったので、辰号同様に光学兵器が扱えるモノズをピックアップ。傭兵の中にも光学兵器をメインにしている奴もいた。僕は彼らに新しい指示を出した。端末を弄繰り回し、カウントに合わせて照射。ユーリに通じる道以外の場所でタンパク質が焦げる匂いがした。

 そうして道を選ばしても、選ばない奴らもいる。

 大暴れするユーリの元へ運ばれ、或いは、そんなユーリを獲ろうと思ったのか、インセクトゥムが殺到する中、何匹かは当初の目的通りに城塞の壁に突っ込んだ。

 大穴が開く。グラスホッパーの固い頭は簡易的な壁など、容易く突き破った。

 まぁ、良くあることだ。

 悲しいが。

 だから落ち着いて僕は対応した。端末を弄る。付近の部隊を確認。「外はそのまま、外で」敵がその穴めがけて集まりつつある。それ故、外にいる部隊は使えない。内側で一番近くにいるのは――


「あぁ、良くないな」


 閣下とキリエだった。

 あの二人は拳銃くらいしか持って居ない。

 まぁ、どうにかなる。

 何故なら、ここからそのグラスホッパーは見えている。

 見えているのなら、弾は通る。弾が通るなら届かせられる。障害物は多い。だが、それほど仕事が無い僕は心にゆとりがある。

 緩やかに僕は引き金を引いた。








 一時間程、経った。

 インセクトゥムの皆さんは一時的に引いて行く。敵方の殿部隊と言う名の決死隊がユーリを止める中、アリとバッタが巣に戻っていくのが見えた。アレを追えば、今僕らがやったことを相手側にやられるのだろう。

 まぁ、そんな余裕はないので、外の部隊を引かせる。


「――――」


 大きく、息を吐き出した。肩の力が抜けた。これで少しは休めるだろう。

 社畜根性染みついたモノズ達に壁の修理を支持し、後任に現状のデータを送り付けて、その場で軽く今後の話をする。


「防衛戦、お疲れさん、猟犬」

「いえ。今回はこっちが本命でしたが――」

「あぁ、裏も気を付けておく」

「そうして下さい。泳がせましたが、斥候と思われる部隊も動いていました」

「了解だ。そっちも注意しておこう。それで――」

「損害は軽微……と、言いたいところですが、モノズがヤバいです。結構ボディが壊れていますね」

「修復は進めているが、その修復にもモノズが必要だからな……」

「ガンプラなら僕も造れるんですがね……」

「戦力外通告な」


 では。では。

 そんな感じで引き継ぎを終える。壁の修復に向かわずに僕の担当についたのだろう。丑号がやって来た。彼に伍式を手渡し、肩を一回転。そのまま、丑号に体重をかけて階段を降りる。

 いろいろと不便だ。モノズの修理すら覚束ない状況で言うのも何だが、左足をどうにかしたい。


「お疲れ様でーすっ! 食事はこっちでーす!」


 そんなことを考えていると、声代わり前の男の子の声が聞こえた。そちらに視線を向けてみると、閣下が寸胴鍋を前に、叫んでいた。

 糧食の配布だろう。……あぁ、だから丑号が来たのか。少し得意げにも見える丑号が、口をぱかり、と開けた。中から金属製のマグカップを取り出し、僕も列に並ぶことにした。

 閣下に銃は持たせられない。

 閣下に作戦の立案をさせる気はない。

 だから閣下には戦闘糧食の配布を担当してもらったのだ。

 だが、僕が並んだのは、キリエの列だ。

 特に深い理由が有ったわけではない――と、言いたい所だが、残念なことにそれなり程度の理由がある。

 糧食配布部隊への苦情が寄せられたので、対応しなければならないのだ。


「……」


 めんどくさい。

 列が進み、僕の前に不満を隠そうともしない表情のキリエが現れた。


「……トウジさん」

「随分と、不機嫌そうだな、キリエ?」

「……当たり前ですよ、僕はこんなことをする為にここに来たんじゃないですから」

「そうか。……では、何をしに来たんだ?」

「僕は狙撃兵としてここに来たんです!」


 怒声に僕は笑顔で応じる。


「黙れ。腕が無く、選ばれなかったことではしゃぐな。『こんなこと』? ふざけるな。僕だって『こんな大切な仕事』を君にやらせたくはない」

「……」

「分かりやすく言ってやる。――閣下を見習え」


 黙るキリエから味噌汁を受け取る。合わせだった。赤が良かった。

 僕は心の中でキリエに×印を付けた。仔犬はトウカに期待しよう。

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