戦車犬
くすんだ金髪と無精ひげの男にアルコールを摂取させる。
更に煽てて摂取させる。
つまみも与えて摂取させる。
そうすると気分が良くなったその男は仕事を受けてくれる。
「では、そう言うことで……」
「うぃー……任せとけぇー」
それが格安で犬である探査犬をこき使う方法だ。
「ぎゃぁ! 師匠が酔いつぶれてるっ! ちょ! 猟犬さん、何してくれてんすか! うちら、これから仕事なんすけど!」
彼の子犬が何か言っているけど、気にしない。
僕はドギー・ハウスのカウンター席に座る。
「探査犬に何を頼んだんだ?」
ジャガイモの様な男が言いながら、グラスを差し出してきた。注文した覚えは無い。アイボリー色の液体が入っている。傾けてみると、粘性があるようで、ゆっくりと動いた。
「まぁ、個人的なことです」
頼んでいませんが? 軽く、グラスを持ち上げ、小首を傾げる。「新作だ」。不愛想にそれだけ言うポテトマン。感想を寄越せと言うことだろう。口に含む。冷たいジャガイモのスープだった。一般的に言う所の飲み物を期待していたので、少し驚いた。
「悪くないかと」
「まぁ、お前は何でも食べるからな」
「失礼な」
何でもは食べないよ。食べられる物だけ。
「それで何の用だ、猟犬?」
「仕事が欲しいです。賞金首で」
「お前一人か? 牧羊犬の仔犬は?」
「僕と、イービィーの二人です。シンゾーは親犬とお仕事なので……」
「機動力が気になるな……お前が連れて来た傭兵連中は使わないのか?」
「受けられる仕事が変わらないのならば――、ですね」
使いますよ? でも、そうじゃないんでしょう? と僕。
「傲慢だな」
「犬ですから」
がうがう。
群れの順位付けはしっかりやります。
「金が要るのか?」
「何時ものことでしょう?」
「……共同で良ければデカい仕事がある」
「……お幾らで?」
「金にはうるさくない奴だからな。二千万の、チーム数割りで、一千万」
「良いな、それは」
素敵です。
そういう僕にポテトマンが「紹介状だ」とメールを送って来た。
本来の意味であれば爆弾を括り付けられ、敵戦車の下で爆死する訓練を受けた犬なのだが、ドギー・ハウス所属の戦車犬はそうでは無い。
ポテトマンに言われた場所に行ってみれば、荒地に溶けるデザート迷彩のペイントが施された戦車が一台あった。
モノズが使われていない純粋な戦車だ。中々珍しい物を見た
「あぁ、素敵だよ、オレのキティ。可愛い可愛いクラリッサ」
そして、その戦車に寝そべる全裸の男が居た。その股間はMAXだ。割と見慣れた物を見た。この時代、猥褻物陳列罪は無いらしい。
男は人目のある往来にも関わらず、蕩けそうな表情で戦車を愛撫する。
それに感じた分けでもないだろうに、クラリッサと呼ばれた戦車が振動する。それが更に彼を昂らせるのか、「んん――ッ! ……はぁ、」と聞きたくない声を僕に聞かせてくれた。
銃や戦車に女性の名前を付けると言う話は良く聞くが、ここまで女扱いすると言うのは聞いたことが無いし……まぁ、正直、見たくもなかった。
「トウジ、見ろ、変態だ」
ほら、あれ、と袖を引くイービィー。
「変態は見たくない」
視線を逸らし、頭をがりがり。
関わりたくない。だが、アレが間違いなく僕の同業で、同類の犬、戦車犬だろう。
ドギー・ハウス所属の戦車犬は、戦車を操る犬だった。
それも、この時代で主流であるモノズを使った物では無く、旧時代の……と、言っても僕の生まれた時代よりは先の時代の戦車を操る、だ。
「タンク」
「あぁ、あぁ、クラリッサ! 春風の聖霊よ、お前は何よりも美しい!」
「……その美しい物の上で汚いモンを“主張”するなよ」
切ってやろうか?
「……おい、小僧。うるさいぞ。人が睦言を交わすのを覗きたい年頃なのは仕方が無いが、クラリッサは照れ屋なんだ。視線を逸らすのがマナーだろう?」
なぁ、クラリッサ? あぁ、照れているお前も可愛いよ。
戦車の振動に消えそうな猫なで声が耳に届く。
げんなりした。
「それは、失礼。僕の地元では、全裸の男が戦車の上で粗末なイチモツを勃起させているのを『睦言を交わす』と言う習慣は無かったので」
終わったら呼んで下さい。
主人が『励んでいる』間に、整備でもしているのだろう。戦車の周りで作業をしていたモノズの一機が、主人の態度に謝る様な仕草でやって来たので、連絡先を伝えて回れ右。
僕はイービィーを引き摺って喫茶店に向かった。
一時間後に野戦服の男がやって来た。
「悪いな、ハウンド。クラリッサが中々離してくれなかったんだ……」
すっきりしたのか、紳士的だ。
「いえ。……昼食は?」
「未だだ。ここで済ませる序に作戦会議でもするか?」
「そうしましょう」
「おう!」
男の返事を受け、イービィーが向かい側から僕の隣に移動してこようとする。口にフォークを咥えたまま動くな。行儀が悪い。
「おい、女。動くな。オレがお前の座った場所に座るわけがないだろう? 匂いが付いたらどうしてくれる? 全く。これだから女は……」
ありったけの嫌悪感を言葉と表情に込めながらタンクはそう言って、僕の隣に座る。座んな。
「――?」
突然の悪意に晒されたイービィーは対応が分からず固まっていた。
咥えたフォークを取り、パンケーキを突き刺して、戻してやる。もぐもぐと口が動く。甘味を取ったことで再起動したのか、イービィーは、ストン、と席に座りなおす。
「アレはお前の女かハウンド? お前はアレだな、本当の愛を知らない哀れな男だな。本当の愛を知る術を教えてやる。良いか、良く聞けよ? ――戦車に、乗れ」
言いながら、ジッポライターをこちらに寄越し、紙巻タバコを咥える。「んっ」。着けろ。そう言うことだろう。……なんだ、このおっさん。
タバコに火を着けるついでに前髪を焼いてやった。
おっさんが騒ぎだした。髪の燃える嫌な臭いがした。
「……お前はアレだな。中々に生意気だ」
「お褒めに授かり――」
恐悦至極。
お前に褒められても嬉しく無い、と態度で示しながら、ポテトをむしゃむしゃ。
「良いな。良いぞ。気に入った。オレのクラリッサに乗せてやろう」
にんまり、と機嫌が良さそうにタンクが笑う。
「お前なら組める。合格だ、ハウンド。さぁ、仕事の話に入ろう!」
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