日々是好日

 未号がぱっかり口を開いたので、そこに手を突っ込んでみる。

 中に入っていたのは、蒸しタオルだ。それを目の前の人物に差し出すと、その人物は椅子の背もたれを全力で有効活用する様に体重を預けて上を向いたかと思うと、蒸しタオルを目の上に置いた。

 ぎゅー、と押す。


「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 おっさんみたいな鳴き声を上げた。

 まぁ、実の所、おっさんだ。

 ハワード・ワーグマン。このキャンプ地で唯一の『今の時代』の大人だ。

 そんな希少な立場なので、彼には書類仕事が集中する。僕がキャンプ地を立つ前も中々の量だったが、今の状況は更に上を言っていた。

 お疲れさまです。


「肩でも揉みましょうか?」


 そんな気分で提案してみれば、頷く次いでと言わんばかりに、かくん、と首が落ちた。僕は背後に立ち、ぐりっ、と親指で肩を押す。指が入らない。硬すぎる。


「硬いですね」

「そうだろ。そうだろ。そんなんに成る程、自分は働いているんだ。……で、猟犬、お前は、そんな自分に何の用だ?」

「二十三人」

「……」

「あ、大人を含めると……五十一だそうです」

「……それを、自分にどうしろと?」

「お願いします」

「……無理だ、と言ったら?」

「そこを何とかお願いします、と言います」


 ハワードさんの口から「うぼぁー」見たいな濁音が漏れた。一息で言っているのだろうが、随分と長い。凄い肺活量だなぁ。僕はそんなことを思った。


「猟犬」

「はい」

「……お前なんか嫌いだ」

「そうですか。残念です。僕は無茶を聞いてくれるハワードさんが好きですよ?」


 言いながら、肘で肩を、ぐりぃ。これ位でないと効果が無い。


「……金が無い」

「取り敢えず、出稼ぎ分はお渡しします。で、また適当にドギー・ハウスで仕事受けてきます」

「――賞金首を狙ってみてくれ。アレはデカい」

「了解です」

「大人連中は面接を――あぁ、いや、子供もだ。全員と面接をさせてくれ」

「子供も?」


 大人は、まぁ、分かる。

 そもそも元は自力で生きていた様な人もいる。そう言った人たちはそもそもこのキャンプ地に残るのか? と言う話から始まる。

 だが、子供は別に必要ないのではないだろうか?


「学校を造った。技術職と戦闘職くらいの大まかな区分け位しか出来てないがな。……あぁ、教師も雇った。後でお前も挨拶をしておいてくれ、猟犬だいひょうしゃ

「成程」


 時間は流れている。時間が経てば色々変わる。シンゾーやハワードさんはキャンプ地の為に色々動いていたらしい。

 余談だが、授業で使っている問題集を僕も解いてみた。


「にほんのれきし……」

「温故知新って奴だ。あんまり役には立たねぇが、そこそこ人気がある科目だぜ?」

「……うん。駄目だ、シンゾー。これ、恐らく僕が寝た後の時代ですね」

「因みに、その問題の答え織田信長な」

「……そうか。織田さんちのノッブは大物になったんだな……」


 胸が熱くなるぜー。


「何時代の人間だと主張する気なんだよ、テメェ……」


 シンゾーの視線が冷たいぜー。








 ドッペルゲンガーと言うのが居る。

 もう一人の自分。見たら死ぬ。そんなんでお馴染みの奴だ。

 最近、僕はドッペルゲンガーを見かける。

 と、言っても僕のモノではない。

 申号、酉号、戌号のドッペルゲンガーだ。

 何のことは無い。キャンプ地のモノズ達の間であの三機と同じドムスタイルが流行っているのだ。流行るな。

 キャンプ地には当然、僕のモノズ以外のモノズも沢山いる。そんな中、戦闘職の見習いに付き、働いている子供達のモノズの何機かがドムになっていた。

 見分けがつかないので凄く止めて欲しい。


「トウジさんからも何か言ってくれませんか?」


 子供達も困っているらしい。代表して技術職のソウタがそんな苦情を言って来た。

 アキトの下で働いているソウタは、簡単な改造位なら出来る。

 つまり、窓を十字に変えて、色を塗る位は出来てしまうわけで、最近のキャンプ地のモノズ達から頼まれるのはそんな仕事ばかりだと言う。


「……まぁ、責めてワンポイントは入れる様にはしてくれ」


 だが、当のモノズ達は楽しそうなので、注意がしにくい。一体何が楽しいのだろう?

 気になった僕は少し調べてみることにした。

 卯号を捕まえる。

 卯号は先のボディ変更により、ガラスボールタイプの小型ドローンの作成、及び運用が出来る様になっているので、こういう任務には打って付けだ。

 だが、卯号は乗り気ではなかった。

 休みだったので、日向ぼっこでもする気だったのだろう。


 ――……


 じっ。

 無言で、心なしか抗議の視線を送って来た。

 何と生意気な。

 社畜根性染みついたモノズ達だが、卯号はそうではないらしい。ウサギだからか? ウサギだからなのか? 亀号に名前を変えてやろうか?

 まぁ、キャラ付けと言うのなら仕方が無い。卯号に電子マネーで五百ポイントを渡す。

 小学生のお駄賃位だ。


 ――ピッ!

 回答:任務了解!


 だが、卯号的にはそれで問題ないらしい。金属と幾つかの電子部品、それとガラス用の砂をガツガツ食べ、二十分後に、ぺぃ、とガシャポン大のガラス級を五個吐き出した。中にはカメラと収音マイクが入っている。

 キャンプ地はツリークリスタルの群生地では無いが、モノズがウロウロしているので、それなり程度には影響を受ける。あまり遠くには行けないので、ボールドローンの移動に合わせて僕と卯号も動くことにする。


 僕は小型の卯号を抱え上げた。

 ボディが以前のシリコン製のモノから金属製のモノに代わっているので、微妙に重い。

 卯号の背中がぱっかり開き、モニターが出てくる。五つのウィンドウはそれぞれのカメラに対応していた。

 さぁ、楽しい楽しい追跡の始まりだ。








 取り敢えず、流行の原因である申号、酉号、戌号を追うことにする。


 だが、問題が一つ。


 この三機。仲は悪くは無いが、プライベートでは余り一緒に居ることは無いのだ。

 申号は良く寅号とつるんで変な物を造っているし、酉号は遠出して風景写真を撮っている。戌号は訓練してるか、子号と『電子将棋』とやらをやっている。

 この中で一番尾行しやすいのは戌号だろう。【索敵】を持って居ないし、将棋に集中している間は隙だらけだ。ただ、一緒にいる子号が【索敵】持ちだ。

 そして酉号は、その子号よりも【索敵】の技能が高い。


 そんな分けで僕は申号を追うことにした。

 申号と寅号は、未だ背骨を変えていない小さな子供達が遊ぶ広場に居た。


 何か、滑り台を造っていた。

 階段が無く、滑車を使うことで引き上げると言う二人以上が協力しないと遊べない滑り台だった。

 すげぇ。滑車構造を学ぶ知育玩具であり、紐を引くことによる体力向上も視野に入れ、更に仲間との協力の大切さも訴える。そんな滑り台だ。

 と、言うか僕も使ってみたい。

 今度、シンゾーかイービィーと遊びにこよう。

 申号と寅号は遊具の最終チェックを終えたのち、念の為なのか、子供達が遊ぶのを見守っていた。


 一時間ほど経った。


 申号が寅号に何かメッセージを送り、移動を開始した。

 ボールドローンがその後を追う。

 途中、ドムモノズ達が次々に合流して言った。

 ほほぅ。いよいよ本命か?


「……卯号、少し距離を取ろう」


 僕は自分のモノズ達に付いては把握しているが、他のモノズ達のことは知らない。

 あの中に【索敵】持ちがいたら厄介だ。

 僕と卯号は注意しながらドローンを動かし、安全を確保したあと、こっそり移動、と言う行為を繰り返した。

 そうしてボールドローンが辿り着いたのは街はずれ。

 何か案山子らしきものが何時の間にか建てられた謎の場所だった。

 そこにわらわら集まるドムモノズ。

 野良猫の集会みたいだ。

 そしてそんな野良猫モノズ達のボス猫モノズは――まぁ、僕の知ってる三機だった。

 三機は他のモノズ達に囲まれる様にして案山子に向かい合っていた。

 次の瞬間――


「あ、ジェットストリームアタックだ」


 戦場で良く見るコンビネーションアタックが案山子に炸裂していた。

 そしてそれを真似る様に三機一組で案山子に向かうモノズ達。

 ソレを見た戌号達がアドバイスらしきものを送っているのか、目がチカチカしていた。


「……」


 何か、ジェットストリームアタック道場が開かれていた。

 その後も道場での訓練は繰り返される。

 僕は軽く感動していた。

 子供達は、このことを知らなかった。

 と、言うことはモノズ達は自発的にあの訓練をしているのだ。

 素晴らしい。何て良い奴等だ。

 くそぅ。卯号、画質が荒くなってるぞ……。

 が、それを台無しにする奴が現れた。

 散歩の途中なのか、イービィーが何か大判焼食べながら歩いてきた。

 暫く立ち止まり、モノズ達の訓練の様子を眺めていた。


『――うん』


 そして、何を思ったのか、右手で大判焼の入った紙袋を持ったまま――


『――』


 左手で、来いや、と戌号達を挑発したのだ。

 これは戌号達も黙っていない。ジェットストリームアタックを仕掛ける。


 ――戌号が踏み台にされただとっ!


 ……まぁ、何時ものことなので、慣れたものだ。

 既に対策済み。空に跳んだ隙だらけのイービィー目掛け、申号が跳ね――蹴り飛ばされた。酉号に当たる。

 ジェットストリームアタックは破られた。


『踏み込みが足りんっ!』


 何か力強く言ってた。

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