籠城戦
種明かしをしておこう。
銃声が響いた。悲鳴が響いた。断末魔が響いた。
これは事実だった。だが――
腕を失った者が居た。足を失った者が居た。命を、失った者が居た。
これは嘘だ。
僕らは傭兵だ。雇われの傭兵だ。立場の弱い傭兵だ。
そんな雇い主様の言うことを聞くしかない傭兵だが、自分の命は大切にする。商売道具なのだから当然だ。
なので、閣下が聞いた叫び声は、通信機役のモノズに向かって叫んだだけだ。
みんなげんき。
正直、僕らは閣下を見捨てる気だった。
敵前逃亡をすれば今後の仕事に対して問題を抱える。最悪の場合は、所属する会社に始末される。雇い主を殺した場合など、最悪の場合でなくても殺される。
だから僕が説得に失敗した場合は閣下、作戦参謀殿、軍曹殿には事故に遭ってもらうことになっていた。
嫌な事件だったね……。と、言うわけだ。
一応、戦う。けど頑張らない。自身の防御を優先し、殆どは通す。殺到した群れに襲われてさようなら。指揮権を持って居る雇い主が死んだので、各人の判断で撤退! そんな雑なプランだ。
閣下達が死ぬまでの間に、こちらにも犠牲は出るが、一応、仕事をしたと言う言い訳は立つ。
因みに、この作戦が採用された場合、僕の死亡率は多分、八割を超える。片足を失った以上、そんなモノだ。
だが、閣下が何とか思い直してくれたので、生存率が高い作戦を取れる。
籠城戦、と言う奴だ。
本隊からの援護が来るまで耐えれば良い。
字面だけ見れば楽なものだ。
……残念ながら字面だけだが。
傭兵連中が遅延戦闘を行いながら、帰って来ている。
モノズ達を総動員して要塞化を進めてはいるが、進捗は微妙なところだ。
バリケードと、フェンス、壁。おなじみの塹壕なども用意している。モノズは偉大だ。人間では不可能な速度で要塞化されている。
それでも時間がない。
「……どうするかな」
がりがりと頭を掻く。困った。
「進捗は?」
そんな僕に年老いた男の声。見れば軍曹殿が居た。
「……さっき、割と大きい鼻くそが掘れました」
それに僕はやや低い声で応じた。
彼を見る眼付もあまりよろしいモノでは無い。
当然だ。
今、僕の中で彼の評価は低い。当たり前だ。彼は僕らを脅して『使った』。
これまでは雇い主側で一番まともだったが故に彼を信頼していた。
だが、彼はそれを裏切った。
無知で僕らを死地へ追いやった作戦参謀殿と、理解して僕らを死地へと追いやった軍曹殿。どちらも結果は同じだ。故に、向ける感情も同じモノだ。
「随分と、機嫌が悪いな?」
「作業の進捗が追いつかなくて困っている所に、嫌いな人が話しかけてきましたので……」
そんな分けであっちへ行って下さい、
言いながら敵陣を指差す。死んで下さい。言葉にしなかったのは、そんな言葉だ。
「倉庫に建材と土嚢がある。ここは高台だ。使って砦を作れ」
送られてくる地図データ。近くに午号が居た。確認させる。本当にあった。
「……随分と、準備が良いですね?」
「そうだな」
「……まるでこうなることが分かっていたみたいですね」
「まさか」
「……雇い主側が全員無能と言うのは傭兵にとっては最悪なのですが?」
「全くだ」
「……雇い主側が全員信じられないと言うのも最悪なのですが?」
「実に、その通り」
にやにや笑う。傷顔の老人。
「……」
僕は無言で彼を見る。
「――」
彼も無言で僕を見た。
三分。
「――ここ数十年大人しかった蟲共が活性化していると言う情報を貰った」
彼が、折れた。
「坊ちゃんの家は優秀な指揮官を輩出するのでな、未来の為だ」
「……才能は血に宿りませんが?」
「そう、才能は教育で造られる」
「……だから戦場に閣下を放り込んだ、と?」
「だから準備を整え、安全の為に腕の良い傭兵を集めたのさ」
あぁ、成程。だから僕が居て、シンゾーが居て、更にはユーリまで投入されたのか。
「クソが」
閣下の成長の為の教材に選んで頂いた僕ははっきりと聞こえるように悪態を吐いた。
教材に選ばれてしまったモノは仕方がない。
お金を貰って居るのだから仕方がない。
働こう。そして無事に助かろう。
「そういうわけだシンゾー。君が要だ。――遺言があるなら聞きますが?」
『……テントに大福があるんだがよ』
「了解だ。僕が食べておこう。ところで……こし餡だろうか?」
『粒餡に決まってんだろ?』
「それは残念。僕はこし餡派なんだ」
『そうかよ』
「あぁ、だからソレは無事に帰ってきた君が食べてくれ」
通信終わり。端末をポケットにねじ込み、シンゾーが単独向かう本部の方を向く。
砦は完成した。
即興故、頻繁に壁は破られるが、一流の工兵であるモノズ達が多くいるので砦の修復は楽なものだ。建材もある。食材もある。ある程度は籠城できる。だあが、ある程度だ。
だから、今日、シンゾーは単独で包囲を突き破り、援軍を呼びに行く。
一点突破だ。牧羊犬の仔犬は戦場を駆け抜けることになる。
「――さて、」
猟犬である僕の仕事はそんな彼の道を作ることだ。
歩く。左足は酷く簡易的に修理をされていた。棒が付いているだけだ。歩き難い。午号が来たので、その背に乗って移動をする。
幾つか造られた見張り台の内、僕が受け持ったモノに近づく。
梯子がある。無論使えない。「未号、射出準備」。きぃーん、と回る丑号、辰号の大型二機。その二機の間に未号が飛び込む。撃ちあがった。ぽーん。そのまま見張り台に落下。準備ができたようなので、垂れているロープを掴む。人力ならぬモノズ力で僕は引き上げられる。
「……さて、」
背中に背負っていた伍式を手に取る。高いところは見晴らしが良い。囲まれているので、周りは全部敵で、的だ。
僕から見えるということは敵からも見える。
見えるのならば僕は当てられる。だから敵も僕に当てられると考えるべきだろう。
背中が、ヒリヒリする。死の予感。そんな所だろうか?
撃たれる前に撃てばいい。
死人に口無し、殺意無し。殺してしまえば撃たれない。
「――」
深呼吸。見張り台の上は少しだけ空気が冷たい様な気がする。
肺に冷たい空気を入れるのは気持ちが良かった。
あとがき
やぁ、昨日は予告なく更新しなくてすまない。
どうせチェックしても誤字でるけど、それでも一度読んでから上げたいのです……。
以下、良い子のためのスラング講座です。
興味ない人は読み飛ばしてください。
・カスター
意味としては『無能指揮官』辺り。
上司、部下の警告を無視して二百人の部下を引き連れて千五百人以上の敵に突っ込んだアメリカの将軍様が由来だよ。
『無能将軍』の代名詞。部下の索敵を信用しないで死んだお馬鹿さんさ!
・アンクル・トム
『権力に媚びる人』みたいな蔑称。
念のため。
蔑称です!!
黒人さんにガチで言ってはいけない。本当に言ってはいけない。顔の形が変わるまで殴られます。
どうしても言いたかったらモハメドアリくらい強くなってから言おうね!
由来はアンクルトムの小屋
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