カスター
ルドが反抗的な態度を取った場合、首根っ子を掴むと大人しくなる。
母犬が仔犬を運ぶ際に噛む場所がソコな為、反射的にだれーん、と脱力してしまうらしい。だれーん、としたまますっ呆けた顔で鼻面を、ペロっ、と舐めるルドは中々に可愛らしい。
それとは余り関係ないが、ムカデには負傷兵を回収する際の機構は搭載されていない。
「……」
そんな分けで僕は仔犬よろしく母犬であるユーリに首の部分の装甲を掴まれて引き摺られていた。
「……」
この運び方はどうなのだろうか?
左足が壊れてしまったので、歩けない。歩けないからユーリが運んでくれるのは有り難い。だが、別にモノズに運ばせれば良いのではないだろうか? 僕とも面識があるユーリのモノズ、ニタマゴがモノクになって居るのだからあっちに運ばせて欲しい。仔犬の様に首根っこを掴まないで欲しい。
ふと、僕に同じ様に運ばれることの多いルドと目が有った。
「…………」
何故か勝ち誇った顔をしていた。……何故だろう?
「ユーリ……」
「偶然、私が傍の警備に雇われていた。そこにお前の雇い主からのSOSを受けてな。来た」
「いえ、それはありがとうですが……」
どうしてここに? と聞く気は無いのですが……。
言いたいのはこの運び方に対する苦情なのですが……。
「それで。何故、歩いた?」
「仕事ですので」
「馬鹿が。お前は歩くなと教えただろうが」
「無茶を言わないでください。歩きますよ」
にんげんだもの。
「人間である以前にお前は狙撃手だ、トウジ。そんなことだから歩けなくなるんだ……その足はどうした?」
「結構前に吹き飛びました」
「再生させなかったのか?」
「細胞培養が出来なかったんですよ」
「……お前は私の傍に居ればよかったんだ」
「師匠に買われましたから仕方が無いでしょう。それに子供は旅立つものですよ、マイマザー」
ずりずりと引き摺られながら僕はそんなことを言ってみた。
恰好は付いていない。
荒野の夜は冷える。
吐き出す息が白く曇る中、それでも天幕の中は熱が満ちていた。
モノズが熱源となって居ると言うのも理由の一つだが、単純に人が多い。閣下に雇われている同僚に加え、ユーリの様にSOSを受けて集まった傭兵たちも居るからだろう。
「皆々様方、お集まり頂きありがとうございます!」
そんな中、何故か声を張り上げたのは作戦参謀殿だった。
僕を含め、これまで彼と仕事をして来た連中は色々と言いたいことがあるが、大人しくしておくことにした。
流石にここで判断を誤ることは無いだろう。
敵の規模は大きい、。以前は
元よりここはインセクトゥム側の領地だ。
警備部隊とは言え、本職軍人でもない閣下が率いる我らの部隊はお呼びではない。
故に、退く。
それだけだ。それだけなのだ。精々撤退の順番、残す資材を選ぶ位だ。
「抗戦部隊を編成します!」
「……」
僕等は全員でため息をついた。
コイツは駄目だ。本気で駄目だ。それでも僕は偵察を担当した身として、手を挙げる。
「敵の規模は、お伝えしたかと思いますが?」
「その偵察は正確ではないからな!」
「どう言う、ことでしょうか?」
感情が乗らないように注意しながら僕は作戦参謀殿に言葉を告げる。
「有り得ないんだ! 君は知っているかい? ここは防衛線とは言え、箔付けに使われるような戦場だぞ? そんな所に大隊が来る? もう一度言うぞ、そんなことは有り得ないんだ!」
「はい」
作戦参謀殿の言葉の終わりに合わせて、ぽん、と手を叩く
「撤退。シンゾー、僕は足がコレだ。頼む。ユーリ、今回はありがとう、助かった」
話を打ち切る。傍らのシンゾーと肩を組み、端末を操作。無事であるモノズ、丑号、辰号、午号、未号、戌号に撤退指示を出す。リーダーである戌号、輜重兵である丑号と、そのサポートが出来る未号が残っているので、片付けも直ぐに出来るだろう。
無論、その判断を下したのは僕だけではない。
撤退援護を務める部隊が編成される。僕の様な怪我人を優先的に逃がす方向で話が纏まる。そうやって送るからシンゾー寄越せ! の要望が寄せられる。撤退援護部隊に配属されるとお給金が貰えるそうなので、売り飛ばした。ぐっど・らっく。
話が進む。話が進む。進んで、纏まる。
呆気にとられる作戦参謀殿を放置して。
僕等はもう彼の指示を聞く気は無い。だが――
「撤退したものに給金は払わない」
思わぬ裏切りが発生した。声を発したのは軍曹殿だ。
軍曹殿は視線を集めると、軽く咳払いをし、僕等を見まわした。
「勝手な行動をするのなら、契約不履行で訴えさせて貰う。んん? 貴様らは何か勘違いしているな? 雇い主はハルカ様だ。勝手な判断は許さん」
そして、傍らの閣下の存在を強調した。
撤退援護部隊は抗戦部隊に編制し直された。
怪我人ではあるモノの、狙撃が出来る僕は撤退を許されなかった。ある程度、閣下の信頼を勝ち得たのだろうか? 作戦本部の天幕に僕は椅子を用意された。
もう分かっただろう。
閣下は作戦参謀殿の意見を採用してしまった。……いや、正確にはそちらに流されてしまったと言うのが本当の所だろう。
その証拠と言う分けでは無いが、チラチラと僕に意見を求める様な視線が来ている。
「……」
足元を見る。器用貧乏な未号が待機していた。
情報処理が出来る子号、卯号が核と成ってしまっているのが地味にきつい。それでもカードの置き方を考えた場合、これしかない。前線部隊にくっつかせた他のモノズ達と連携してカードを切って行かなければならない。
時計を見る。
部隊が出てから一時間が経っていた。戦線が混じると拙い。リミット、だろう。
僕は大きく息を吸い、吐き出しながら骨のネックレスを握る。痛み。頭が冴える。行け。
「撤退を進言します」
「キミはまたソレかい!? 状況を把握していないのか! もう既に接敵済みだ、今更撤退は出来ない! いい加減にしないか!」
「接敵はしている。それでもまだ混戦にはなって居ない。未だ手が打てます」
我慢強く、それでも作戦参謀殿は見ずに、そう言う。
彼は九官鳥だ。
言葉を喋っているように聞こえるだけだ。
意味は理解していない。知っている言葉を言っているだけなのだ。
彼と会話をする意味は無い。
だから僕は閣下を見る。閣下に言う。雇い主である閣下の方針を代える為に言葉を紡ぐ。
「閣下、撤退すべきです」
「……でも、敵の規模は、大したことが無いって」
「それは現場を見ていない者が過去の推測から出した結論です。貴方は見たはずだ」
「だが、アレが多いかの判断が……」
「インセクトゥムが基本、動かすのはアントです。居てもグラスホッパーが精々です。あそこまでの混成部隊が運用されるということは、ソレに相応しいバックアップがあると言うことです。バックアップがあると言うことはソレに相応しい規模の大部隊が後ろにあると言うことです」
「だが、」
「本部へ撤退をしても貴方の経歴に傷は付きません。このままでは負けます。撤退を」
――どうか。
僕は頭を下げる。
今でもギリギリだ。
これ以上、馬鹿の趣味には付き合えないし、軍曹殿の閣下育成ゲームにも付き合えない。
僕は顔を上げる。閣下は――
「………………撤退は、しない」
「そうですか」
残念です。
言って、未号を卓上に置く。通信。
「猟犬から各位。悪いニュースだ。僕が説得に失敗した」
「そんな分けで各員、絶望的では有るが頑張って抗戦して欲しい」
「だが、この本部で僕は暇をしている」
「作戦参謀殿の立てた作戦に僕は何も言えないからな」
「そう言う分けだ」
「諸君、僕の暇潰しに付き合ってくれ」
「随伴させたモノズ達に諸君の状況を教えてくれ」
「断末魔を聞かせろ」
「泣き声を聞かせろ」
「僕に戦場を聞かせてくれ」
「
僕は言うだけ言って、椅子に体重を預ける。
その際に、未号のスピーカーをオンにしてボリュームを最高にしておくのも忘れない。
閣下の視線が泳いでいる。顔色も悪い。そんな閣下の見る前で――
――くそッ! 畜生、蟲どもめ! ――くたばれぇぇぇぇ! ――衛生兵! 衛生兵! くそっ、腕が、俺の腕がぁぁぁぁぁ! ――やってやる! やってやるぞ! うわぁぁぁぁぁっ!
銃声が響く。悲鳴が響く。断末魔が響く。
腕を失った者が居た。足を失った者が居た。命を、失った者が居た。
閣下の身体が震え出す。
音の先の世界を見てしまったのだろう。
九官鳥が「うるさい、止めろ!」と僕に言う。僕はそれを無視する。
三分が立った。
「……これは、有利、なのか?」
閣下の言葉。僕は「どう思いますか?」と応じる。
「押されているように聞こえる。負け戦に挑んでいる気がする」
閣下の言葉。僕は「その通りです」と応じる。
「まだ、何とかできるのか?」
閣下の言葉。僕は――
「余裕の部類です。閣下」
そう、応じた。「たのむ」。閣下のその三文字が僕の背中を押す、姿勢を正す。
「お任せを、閣下。――巳号、マップ展開、戌号、情報纏めて寄越せ」
意識して骨のネックレスを握る。痛み思考を尖らせる。
「……仕方が無い。撤退戦だな。指揮をしよ――っ!!!!!」
九官鳥が近づいてきた。何かを言いながら、未号の背中のモニターを覗き込む。ウルサイ。邪魔だ。僕は自動拳銃をその口に突っ込んだ。
「すっこんでろ、カスター。お前は邪魔だ」
あとがき
寝てないから今日なのです。
……すいません。
ユーリのモノズはニタマゴ、シラタキ、ダイコン、コンニャク、ハンペン、等々。
カスターの意味の補足を入れた方が良いのだろうか?
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