隻腕の突撃兵

 白旗を上げれば助けてくれるだろうか?

 まぁ、恐らくは無理だ。先ずをもって言葉が通じない。

 武器は無く、戦えない。

 白旗を上げても、通じない。

 選択肢が潰されたので、僕は必然的に残った策を選ぶ。逃亡。逃げる。即ちソレだ。


「戌号以外はボディを破棄。戌号、ルド、悪いが君達には付き合って貰うぞ」


 地獄へな。

 口の中で転がすその言葉。一匹が、ひゃん、と吼え、一機の目が、ピッ、と光る。


「さぁ、そう言うことだ諸君」

「ボディを捨てさせるのは非常に申し訳ないが、最後に一働きして貰おう」

死んで来い・・・・・


 僕の指示。

 受けて、近接を担当する申号、亥号が突撃。酉号、巳号が距離を取っての射撃でソレを援護し、一時的にアントの輪を広げた。その隙を突きルドが、充電チャージ。白い靴下を履いた様な短い四本の足で地面を踏み締め、仔犬が唸る。

 子号、卯号は少し早めに核を戌号に手渡している。その子号から端末に感アリ。見れば逃走ルートの候補のデータが送られてきた。「……助かる」。言って、ヘッドセットにマップを投影。


「ルド。――やれ」


 放電、ソレに合わせて反転した申号、亥号が核を戌号に渡す。酉号、巳号の核は回収済みだ。足元に走り寄ってきたルドルフと戌号を回収。

 抱きかかえて僕は、飛ぶ。

 ムカデを纏わない鋼の左足。

 切り取り、人工物へと変更された機械式の左足が火を噴く。

 跳躍。飛び過ぎてツリークリスタルの枝に頭をぶつける。痛い。それでも止まる分けにはいかない。地面に降りると共に、再度跳躍。バランスが取れない。足を使う練習をしておけば良かった。そう思う。

 ルドが長い胴体をうねらせて下ろせと抗議をして来た。チカチカと点滅を繰り返している戌号も同様だろう。だが、彼等を下ろす分けにはいかない。二回の跳躍でアントは振り切った。だが――グラスホッパー。これが来た。

 張り巡らされたツリークリスタルの枝を嫌い、攻撃を控えていた彼等が僕を逃がさない為に

戦線に投入されたらしい。

 酷く迷惑な話だ。

 数は、五匹。

 一瞬、振り返る。追ってくるグラスホッパーを確認、僕と同じ様に跳躍する彼等は丁度、地面に足を付いた所だった。


「――」


 見る。観察する、大半の跳躍に合わせ、彼等を避ける方向を選んで僕も跳ぶ。

 跳躍と言う移動方法は、跳んでしまえば方向転換が出来なくなる。

 僕はその隙を付いた。


 ……つもりだった。


 残念なことだ。グラスホッパーは僕よりも幾分か上だった。羽を広げてブレーキング。減速、着地、再跳躍。スムーズに熟されるその行動で、あっさりと軌道を修正してきた。

 ずるいな。そう思う。凄いな。賞賛する。そして最後に。諦めてくれよと懇願する。

 だが、僕のそんな願いは通じない。

 グラスホッパーは容赦なく。僕に追いすがる。

 その結果など分かり切ったものだ。

 速度は同程度。

 だが、その練度が違い過ぎる。

 案の定、あっさり追いつかれ、追い抜かれ、回り込まれる。

 壁に向かって投げられたボールを連想した。

 ボールは壁に当たり、跳ね返る。グラスホッパーが勢いを殺すこと無く、跳ね返り、僕を撃った。

 腹に叩き込まれる一撃。

 抱えていたルドと戌号が空中で大勢を立て直して着地する中、不様に僕は地面に叩き付けられる。装甲で止まったが、衝撃は止まらない。アバラが逝った。


「――は、しっ、れぇ!」


 それでも僕は声を出す。

 声を出し、身体を起こし、走り出し――足を狙った一撃で再度地面に転がされる。


「あぁ、」


 左足だった。吹き飛んだ。痛覚遮断が行われたのだろう。足の先がなくなり、配線が見えている。白濁した人工血液が地面を濡らした。


「……」


 戦えない。降参できない。そして今、逃げられないが加わった。

 ルドと戌号が庇う様に立ち上がる。僕は身体を起こし、少しでも距離を取ろうとズリズリ下がる。

 蟻が飛蝗に変わっただけで、さっきと同じ様な状況になった。

 違うのは僕の状況が圧倒的に悪くなっただけだ。

 そんな時に――


「お前は歩き回ったら死ぬと思えと教えただろう」


 それが、現れた。








 タタラ重工製 強襲用強化外骨格 クロガネ

 僕を庇う様に、僕を守るルドと戌号を庇う様に立つ漆黒の人型には左腕が無く、右腕一つで鉄の板にしか見えないクレイモアを持って居た。

 肩に、背負う。

 タタラ重工の基本デザインで有るモノアイは赤く光る。

 僕は、その頭部装甲に隠された眼も赤い事を知っている。


「まぁ、良くやった。ここは私がやってやろう」


 氷の様な声。

 僕は彼女の容姿がソレに似合う氷の様な人だろ言うことを知っている。

 アルビノ種である彼女は色が薄い。

 ダブC屈指の突撃兵である彼女は僕が知る限りで最強の突撃兵だ。

 避ける、避ける、避ける。足の運びだけでグラスホッパーをやり過ごし、一振りで五匹を吹き飛ばす。

 そんな彼女は――


「助かります、ユーリ」


 この時代の僕の母親だった。

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