殿

 本部から閣下の徒歩圏内まで敵が迫っている。

 まぁ、半分以上積んでいると言うのはこう言う状況なのだろう。逃げ切るには随分と無理をしなければならない。

 キリエ、トウカのモノズは随伴に付いていた一機を除いて全滅だ。核であるツリークリスタルは回収できているが、中々の出費となってしまった。

 その事をハワードさんに報告して、小言を貰えるかどうかすらも危ういと言うのが現在の状況だ。


「……」


 B型伍式狙撃銃から漆式軽機関銃しちしきけいきかんじゅうに持ち替える。実戦で使うのは随分と久しぶりな気がする。

 ツリークリスタルの影に隠れるようにしながら、通って来た道へ銃弾をばら撒く。

 僕を追って伸びて来たアント主体となった敵の戦線の先端が、それを避ける様に隠れる。足を留めた。だが、それだけだ。

 戦線の頭を潰すことには成功したものの、後続が追いつき、点で構成されていた戦線が広がって面になっただけだった。

 状況が悪すぎる。

 敵の数が多すぎる。

 敵に見つかった偵察部隊の末路はそれ程明るくない。

 その上、この距離は僕の距離ではない。


「――亥号、スィッチ」


 亥号へ射撃を任せ、ツリークリスタルの陰に隠れる。

 どうする?

 タイマーをセットする。3秒だ。3、2、1。――結論を出した。


「戌号、申号、酉号、戻れ」

「午号、モノクへ変形、閣下を乗せろ。丑号、辰号、未号、その随伴」

「キリエ、トウカ、君達もだ。閣下に付け」

「巳号、回収したモノズ核を丑号へ渡しておけ、卯号、子号、索敵を続行」

殿しんがりだ。侍にとってはとても名誉なことだ、気合いを入れよう」

「……まぁ、僕はやりたくないがな」


 最後に本音をトッピングし、ニヤリと笑ってみた。







 物陰に隠れて撃つ。モノズ達と交代して、装弾し直す。またモノズ達と交代し、撃つ。

 やっていることはそれだけだ。

 単純、単調、それが辛い。

 効果がイマイチだと言うのも中々に厳しい。止めきれずに、徐々に下がって戦線を保っているのだが、相手の増援が多すぎる。アントの群れは僕等が撃ち抜いた同朋の死骸を盾にして一気に距離を詰めてくる。

 そして、その時が来た。

 下がるのが追いつかなかった。撃った弾丸で殺し切れなかった。色々な要因が重なり、アントが死骸を踏み越えて飛びかかって来た。

 引き金を引く。「!」。弾が無い、残弾の把握もろくに出来ていないと言う、新兵以下の失態。それを悔いる間もない。「っ、ぉ」。僕は。「ぉ、おおおおおおッ!」僕は叫んだ。

 重心を握りしめ、構えていた銃を鈍器として使用する。無視の甲殻を砕けるだけの筋力は僕にはない。バッターの様に振り切った銃器がアントの頭をジャストミート。

 だが、残念。

 僕の筋力ではクリーンヒットでも仕留められない。

 強制的に右を向かせたのは数秒。あっさりと僕に向き直った蟻人間はその複眼に殺意を讃えていた。あぁ、畜生。銃剣が欲しい。刃物は扱いが難しいとは言うが、それでも欲しい。


「……はは」


 と、言うか――拙い。

 思わず笑う。笑った僕をアントが押し倒す。4本の腕は遠目にみると昆虫の細い腕にしか見えなかったが、今、僕を押さえつけるソレは、中身の詰まったチューブを思わせた。

 細い。だが、硬く、強い。

 ぎちぃ、アントが口を閉じる。その口の間に押し付けた漆式軽機関銃が形を変える。口の先端が僕の頬を削る。ヒリヒリとした痛み。あぁ、頭部装甲を付けていないことに今気が付いた。

 情けない。

 やはり、この距離は僕の距離ではない。

 僕は敵との距離が近づくとその程度の判断もおぼつかないのだ。

 それが分かった。前から知っていたが、改めて自覚した。

 僕を押さえつけていたアントが吹き飛ぶ。

 切り裂き魔リッパ―。申号が身体を回転させながら切り付けることでソレを為した。


「助かった」


 礼を言う。そうして周りを見渡した。

 あぁ、コレは少し無理だな。

 囲まれている。ギチギチギチギチ。軋む音がする。アントの口からだ。閉じて、開く。その動作だけで相手の意図が汲み取れた。


 ――死ね。


 僕は無数のアントにそう言われた。

 この距離は僕の距離ではない。僕の手には武器は無い。あぁ、これは本当に――


 無理だ。









あとがき

毎日更新はするよ!

けど、今週は投稿時間が安定しないよ!

お仕事の残量を見誤ったからだよ!!

ごめんなさい。

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