敗走
接敵。コールは巳号から。
最悪に備えていた防衛線が仕事をしてくれた。銃声は巳号の物だろう。見つかってしまったのは痛いが、これも選択肢の一つに入れておいた。ヘッドセットに戦略マップを展開。帽子を深く被る。さぁ、働こう。
「アルファ接敵。そっちはどうだ、ブラボー、チャーリー?」
『ブラボー、接敵してません』
『チャーリー、同じく』
「では撤退戦だ。こちらに帰って来い」
言いながら、端末を操作。随伴に付けていた虎号、亥号に巳号との合流を指示する。
『ブ、ブラボーからアルファ! 何か虎号が言うこと聞きません! 撤退してくれないです!』
「落ち着け。虎号は前線に合流させただけだ。チャーリー、亥号も同じだ、気にするな」
『ヤァ』
『了解です。あ、あれ? 僕等のモノズは、どうしたら……』
通信機越しにおどおどした声。キリエはテンパると駄目なタイプらしい。対してトウカは冷静だ。既に自分の判断でモノズを動かしている。亥号への追従。それで良い。前線への頭数が欲しかった。
「考えろ、キリエ。モノズの指揮権は君の物だ」
『でもっ! どうしたら……』
「……キャンプに戻るか? 無理でした、とな。考えろ」
『っ! 嫌です! 一機残して、残りは虎号へ追従させて合流します』
「それで良い。トウカ。君も護衛を一機持て」
通信終了。足元に転がって来た子号を拾い上げ、周りを見渡す。
あった、あった、丁度良い『木』があった。
「閣下はここでお待ちを」
「うむ」
僕はスルスルとツリークリスタルに昇る。先祖が猿なので、手慣れたものだ。
枝を足場に、幹を背中に背負う。子号を足元に下ろし、背負っていた伍式を手に取る。スコープを覗く。クリスタルの枝が邪魔だ。それでも僕の眼は獲物を見つける。
インセクトゥムの
そう、見えたのだ。
ならば当てられる。
そう言うものだ。
引き金を引く。弾丸が枝の間を抜ける。硬いだけで柔らかさの無いローチの外殻は貫かれることは無く、折れる様にして破壊された。
ワンショット。だが位置が悪いのか、生命力が強いのか、死んでいない。だが、まぁ、アレはアレで良いだろう。戦場では死体よりも怪我人の方が荷物になる。
次だ。手が動く。視界が動く。次が映る。撃つ。
戦線は硬直――にも持って行けていない。
先遣部隊が狙い撃ちされているのに対して僕の援護も届いていない。前線に出てきたローチは撃てるが、後方から蟻酸らしきものを飛ばしているアントには手が出せない。
拙いな。そう思う。だが、まぁ、分かっていたことだ。
戦力差が元よりある上に向こうは待ち伏せだ。恐らく、先回の偵察の際の痕跡を拾われたのだろう。
だから無駄な偵察は嫌なのだ。
動けば痕跡は残る。残った痕跡は拾われる。拾われれば対策を打たれる。対策が打たれた所にのこのこやって来たバカの末路はこんなものだ。
亥号、寅号、そして子供達のモノズが前線に合流した。一時的に火力の増加を確認。
「未号、申号、トラップ用意、3分で仕上げろ。戌号、酉号、閣下を連れて後退。500メートル下がって待機」
あぁ、拙いな。
僕はそう思う。右目で覗く最前線でモノズが叩き壊されていた。ローチの数が多い。アントも戦線に入ってきている。モノズの核は無事だが、回収しないと拙い。
ちり。
背中が焦げた。
錯覚だ。知っている。
それでもその予感に従って首を横にずらした。じっ、と頬をかすめて幹に円錐形の針が突き刺さる。インセクトゥム側にも狙撃手が居る様だ。コレは蜂か。蜂はそこまで遠くない。
「子号」
観測手へ指示。左目のマップに予測狙撃地点が表示される。そちらに右目を持っていく。――あぁ、居たな。前線が突破されている。これは拙い。優先順位を跳ね上げて撃つ。だが手が足りない。
トゥースの昆虫型と比べると随分と虫に近い蜂人間は4本の足で地面を踏み、こちらに腹の下の針を向けていた。
VS.スナイパー。イービィー相手よりも随分と楽だが、相手の数が多い。殺し切れない。不意に、一匹の蜂が倒れた。ヒット報告はキリエから。戦線に加わってくれたのは有り難いが――
「キリエ、良い。先ずはここまで退け」
『了解です。……モノズ達はどうですか?』
「経験の差が出ているな。君達のモノズが何機か倒されている――待て、トウカ。核は回収する」
だから反転するな。さっさとこっちに来い。目視範囲まで来ていたポニーテールがクルリと反転していた。
5分経った。
前線部隊がじりじりと下がってくる。もうもたない。だが、反転させれば背を撃たれてしまう。どうするか? 最悪を選ぶか? 巳号と虎号と亥号に死んで来いと命令をするべきか?
「……」
それは、嫌だ。
ならばどうする? 何が問題だ? ――敵が多いのが問題で、ソレを剥がせば良い。
やれるか? 無理だ。どうする?
考える。考える。考えながら撃って行く。
待て。待て。待て。状況が動くのを。相手が動くのを。
気が付けキリエとトウカも狙撃に加わっている。「……」。巳号のが上手いな。そう思う。要訓練だ。虎号が崩れた。核を巳号が回収する。あ、本格的に拙い。
向こうもそう思ったのだろう。
だから攻勢に転じたのだろう。
僕の、視界に――指揮官のソルジャーアントが映った。
撃った。
一瞬の、停滞。
数が少なくなっていたのはある意味で良かったのかもしれない。ルドを始めとした数機のモノズが戦線を離脱する。
「まぁ、残念ながら……敗走だな」
それでも僕はその敗走の援護をすべくスコープを覗き込んだ。
あとがき
言い訳。
事前投稿を忘れていたが、晩御飯の準備がめんどくさかったのでラーメンを食べた結果、こんな時間になった。
とてもおいしかった。
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