VS.ユーリ 後
「ラチェット、親子の情に訴えかけてみてはどうだ?」
「一応。やってみます。やってみますが……無駄ですよ?」
「それでも少しは休めるであろう? 頼んだである」
「……」
何と言う無茶ぶりだろう。吐き出す息に少しの諦観を。銃のグリップで頭を掻こうとするが、頭部装甲に阻まれた。ごん、と鈍い音。だらりと両手を下げる。そのまま一歩。
「そう言うことなのですが、見逃しては貰えないだろうか?」
そして、気だるげに言葉を造った。
涼しい声が返って来た。
「――捕虜に対して拷問が禁止されている理由を知っているか?」
「人の優しさですね。敵を許す。それが人間の強さだからです」
「思ってもいないことを口にするな」
「では」、と前置きして僕は続ける。「自分が捕虜になった時に守って貰う為でしょうか?」
「まだその答えの方がお前らしい。そしてそれも正解だ。だがな、まだ理由はある。例えばな――負け方を選ぶためだ」
「……成程」
捕虜が無事なら、交渉が出来る。差し出し、その手を緩めて貰うこともできる。
そう言うことだ。
「三人は無事なのですが?」
「三人『しか』無事ではないのだ」
「……貴女の仕事は研究者の保護であり、敵対者の排除は仕事に含まれて居なかったと記憶して居るのですが?」
だから僕等を見逃して下さい。
「研究者全員が無事ならその道もあったが――お前はやり過ぎだ、バカ」
「会社としての、傭兵としてのメンツ……そう言う分けですね? ですが、そこを親子の情で曲げてどうにかなりませんか?」
「ならんな」
「そうですか」
「まぁ、親子の情だ。殺さないでおいてやろう」
「そうですか」
では僕は殺す気で行かせて貰おう。生憎と驕れるほどの実力は僕には無い。
深呼吸。一回。
ユーリを視界の中に置いたまま、ゆっくりと腰を沈める。
「リカン、見ての通りだ」
「お前は未だ命が助かりそうだが、我らは殺されるな、これは」
「……逃げるならフォローしますが?」
「馬鹿を言うな。強者との闘いはレオーネの男の誉れである」
「それはそれは――」
随分と生き難い生態をしているものだな、レオーネ氏族。
僕とリカンの会話はそれでお終い。
後衛である僕の前にリカンが出る。
そんな僕等を観て、ユーリが、ゆらり、と構える。
観の目。
そう呼ばれる技術がユーリの見切りの根本だ。
ゆらりと観る。全体を観る。動きの『起こり』を観る。
それは武術においてそれ程珍しい技術ではない。……らしい。
だが、それを突き詰めると『こう』なる。ここまでくれば珍しいでは済まない。
動きの起こりを観るどころではない。その前段階、殺気の段階を観て動きを造り出す。だから当たらない、だから避けられる。
だが、正直、それだけでは無いだろう。
言語化できたのがそこまでだった。それだけだ。そうでなければ視認不可能な距離からの狙撃を躱せる理由が無い。
ユーリの見切りは目で見ているのではない。
つまり、ユーリに死角はない。
「……ラチェット、何か策は?」
「……一番成功率が高いのは、僕と君が死んで他を逃がす方法です」
「それが成功する確率は?」
「知っているか、リカン? 男が数えて良いのは『3』迄だ」
「……」
「だから、ユーリを僕等が倒す確率も、その策の成功率も同じさ、『いっぱい』だ」
「惚れそうな男っぷりだな、ラチェット?」
「どうも」
子号を見て、頷く。端末を操作し、A1とS2に予め決めておいた符丁を送る。前に出たリカンの更に前に出て、右手を後ろに回す。腰の裏を拳で一回叩き、立てた親指でもう一回叩く、最後に人差し指で背中に背負った出口を指し示した。
「リカン、ワイルドハントだ」
言葉尻を合図にした。僕は、左手の漆式を捨て、代わりに手榴弾を手に取る。ムカデに付けられたピン抜きを使い、ピンを抜き、投げた。ユーリが跳ぶのが見えた。手榴弾を嫌って後ろに。その足が地面から離れたのを合図に、僕とリカンはバックステップで出口に飛んだ。角を曲がる。床にそっとピンを抜いた手榴弾を置いた。リカンが曲刀と、背中に背負った重機関銃を捨て、身軽になる。そしてその代わりの荷物として僕を担いだ。
「道を知らんであるぞ!」
「子号を追って下さい」
ルート選定は彼に任せた。良い感じにリカンの部下とA1と合流しながら、S2が待つ地下への入り口へ行ってくれるだろう。
だから僕はユーリに集中する。
脳がちりちりする。
それでも僕は考え続け、計算し続け、実行し続ける。
さて、どうなる?
僕等を追い、ユーリが出口に来る。来たらどうする? それを想像する。来たら彼女は足元に置かれた手榴弾を嫌ってそれをこちらに転がしてくるだろう。クレイモアを盾に、足を止めて耐える可能性は低い。
「――」
息を止めた。揺れるリカンの肩に座ったまま、身体を止めた。想像した未来に弾丸を置く。そこにユーリが来てくれた。そうだな。貴女なら、そうするだろうな。手榴弾を蹴る。その選択肢を択ぶよな? だったら、一瞬、そこで止まるよな? 腹を狙って。弾丸を置いて置いた。
それだけだ。
やはり、目ではない。
見ていない僕のその一手にユーリは対応する。
クレイモアを地面に突き刺し、跳躍。僕の銃弾が虚しくクレイモアを撃つ中、天井に足を掛け、更に跳躍。爆音を背中に背負いながら地面に降り立ち、跳ねるボールの様に前へ来た。
殆ど時間を使わせられなかった。
絶対、あの人だけジャンルが違う。
だが良い。
僕がユーリに勝っているものがある。
射程だ。
それを生かす戦い方は間違っていない。
人間は熊より弱い。狼よりも、それを家畜化した犬よりもだ。
だが、僕の時代よりも遥か昔の時点で既に人間はそれらを狩ることが出来ていた。
原始は投石、次に投げ槍か? そして弓が続いて、銃になるのだろう。
射程で勝ったから人間は勝てた。だから僕も偉大な先人に倣うとしよう。
次。
走り出すユーリ、彼女が踏むと思われる場所を撃つ。当たらない。それでも歩調を変えられた。それで十分。貰った時間を広がるべく、手榴弾を投げる。
打ち返された。
返って来た手榴弾を撃ち返す。空中で爆発する。ユーリの足は緩まない。こわい。
でも良い。距離と時間は稼いだ。
だから手榴弾を投げる。先ずは一つ目のピンを抜く。未だ投げない。二つ目のピンを抜き、投げてから一つ目を投げる。「スタン」。小声で、リカンにだけ聞こえるように言う。リカンのライオンの耳がペタン、とした。少し和んだ。
僕のムカデ、ハウンドモデルが中空の一つ目を見て、対閃光機能を起動させる。視界が暗くなる。音が消される。ユーリの方もそうだろう。僕はリカンに担がれているので、速度は落ちない。だが、ユーリはそうではない。
また、時間と距離を稼いだ。
弾丸が僕の横を通る。ユーリがソレを嫌って、避ける。巳号の狙撃だ。周囲の景色が、地下通路への入り口に近づいていた。
「出入口の確保はどうだろうか?」
「完了である! レオーネの
「助かります」
一瞬、背後を確認。A1とリカンの部下が主体となって出入り口を確保している。ユーリのモノズが少ない気がする。八機、二機足りない。何故だ? 考える。別働で何かをやられていたら厄介だ。何だ? ――あぁ、そうか。無事な研究者の保護か。なら良い。
「僕らが突入すると同時に反転、一気に逃げる」
「向こうはソレを知っているのか?」
「知らないな。だから――」
こうする。
「最大火力ッ!!」
リカンが階段に飛び込むと同時に、僕は声を張り上げる。申号が最前線に飛び出ると同時に、向こうの前衛を跳ね飛ばす、酉号が、狙撃から切り替えた巳号が、後先考えずに撃ちまくる。その弾の切れ目にフォローを入れるのは戌号だ。四機のモノズは連携と不意打ちで持って、格上のモノズを一瞬、止めて、退かせる。
リカンが猫耳眼鏡からAKを受け取り叫びを上げる。「遅れをとるな! 撃て撃てう撃てぇ!」トゥースと起きたばかりのお嬢さんによる一斉掃射。
銃声響く中、僕はお嬢さんの肩を叩き、止めさせる。
「君が一番足が遅い。もう良いから先に行け」
階段を降り切り、モノクと化している午号の奥、先の見えない暗闇を指差す。
「えぇ、分かったわ」
ごねるかと思ったが、あっさりと聞き分けてくれた。スエンよりも自己の客観視は出来ているようだ。頼もしい。
「ラチェット、アレが来た!」
リカンの悲鳴にも似た叫び。
「反転、撤退! 逃げろ!」
「任せろ、お嬢は我が抱える」
「頼みます!」
僕は答える。銃撃が止み、少しだけ押し上げた戦線が壊れる。
あと、一手。
広範囲に渡り、高威力な攻撃。相手を近づかせず、味方を逃がす為のそんな都合の良い一手。
僕はそれを打てる。
「ルドっ!」
ォン!
小さな体躯からは想像もつかない大きな吠え声。
短い四本脚が、たしーん、とモルタルの床を叩き――紫電!
狭い下り階段に雷が奔った。
ユーリのモノズの半数、四機を巻き込んだ。ユーリの足も止まる。
そして、そして申号と子号が巻き込まれた。
そういう対策をしている子号は平気だったが、申号が黒い煙を吐いている。
「子号、パス」
ビリヤードの様に子号が申号を打つ。そうして駆け寄ってくるその背中目掛け、僕は最後の手榴弾を投げ付けた。
転がって来た申号を拾う。ルドが駆けて行く中、子号も拾い上げ、申号と一緒に午号に積み込む。そして、午号に後ろ向きに跨る。「午号、トロットだ。優雅に行こう」。午号の横っ腹を足で蹴る。手に馴染む感触。伍式を構えた。引き金を引く。肩に衝撃。階段を飛ぶ様に降りてきたユーリに嫌がらせ。足を止めて遅らせる。
距離が開いた。
「悪いな、ユーリ」
もう、ここは――
「僕の距離だ」
ユーリが走る。広い地下通路の幅を生かして、僕から逃れる様にジグザグに。だが、それは悪手だ。だって、この地下通路は広いが、見掛けほどは広くない。「子号」。短い言葉。受けて、子号の目が光る。ユーリが踏む先の壁が炸裂した。
どうして分かったのかはもう考えない。
普通なら終わるその一撃をユーリはクレイモアを盾に防いで見せた。
だが、そこまでだ。
追い込み、追い詰め、隙を見せた所に、噛み付く。
猟犬の狩りとはそう言うものだ。
命が、指に乗る感触。
僕は引き金を引いた。
「――え?」
あ、駄目だ。
死んだ。
僕の身体を目掛け、ユーリが投げた大剣が――
「――――――――――――――――」
「凄い音がしたが、無事か、ラチェット?」
「痛い。凄く痛いです」
後頭部を打った。思いっきり打った。頭部装甲越しでも痛い。首が、がくっ、てした。とても痛い。涙が滲む。拭いたいが、頭部装甲が邪魔で拭えない。瞬きを多くした。それでどうにか視界を確保した。
僕は頭を打った。
だが、それだけだ。
身体を起こすと、クレイモアが深々と地面に突き刺さっているのが見えた。その横には子号と、申号、そしてモノクのモノク部分、つまりは外装部分が転がっていた。
「午号」
振り返ると、剥き出しになった午号がいた。
モノクになった時、午号とモノクの外装は磁力で空間を開けたまま、繋がれている。
その磁力を切るとどうなるか?
車は急に止まらない。動いていた物体もまた然り、だ。
慣性の法則により、吹き飛んでいく。
「ありがとう、助かった」
その結果がこれだ。
僕は後頭部を思いっきり打った。
それだけだ。
午号の目が、ちかちかと光って、何かを気にするように背後を振り返る。
暗闇の先は伺えない。それでも、確かに『肉』を穿った感触は残っている。
命には届いていない。その感触は無かった。大剣の投擲で指に乗っていた命は零れてしまったが、腐っても僕は猟犬だ。
ユーリはもう戦えない。だから――
「安心して良い。追撃は無い。殺してはいないが……僕の勝ちだ」
あとがき
明日の更新はお休みです。
代わりに設定集を上げます。
……と、言う連絡を書き忘れていました。
そんな分けで、某所にて要望のあった設定集を上げてみました。
未だ人物紹介だけですが、『このキャラ何だっけ?』と思った際に、見ていただけレバー。
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