解凍
こい茶色の体毛、白い靴下を穿いた様に見える短くて太い脚、ぴん、と立った三角形の耳に、ふさふさの尻尾、どんぐりの様な瞳は好奇心の赴くままに、くりくりと良く動く。
そして、デフォルトがアホ面。
舌出てる。
それが遺伝子改造された誇り高き猛犬、ルドルフである。
元より犬は人よりも遥かに優秀な狩人だ。そんな彼らが遺伝子改造されたのがこの時代の犬だ。筋力が上がっている。特殊能力を持って居る。当然、嗅覚も上がっている。
――ヴヴゥ。
「――やめ、やめて、くれっ! 痛い! 痛いからっ! 自分で歩くから! 許して!」
どこかくぐもった唸り声。それに遅れて聞こえてくる悲痛な叫び声。
事前資料では十五人となっているのに、十四人しかいないぞ。困ったな。そんな会話をしていたら僕の誇り高き猛犬が仕事をしたらしい。
嗅覚ハウンド――と言う分けではなくても、鼻は利く。物陰に隠れていた研究員は哀れ、ルドに見つかり、足を噛まれ、引き摺り倒されていた。
涙を流し、鼻水を出し。必死に懇願するが、生憎とルドは容赦がない。ズリズリと引き摺り、他の十四名が固まる中に放り込んだ。
そして、てこてこと僕によって来る。口の周りの白い毛が赤く染まっているので中々に猟奇的だ。後ろ足立ちになると、僕の足に手を掛けて来た。
ほめてー。
「……」
まあ、そんな所だろう。しゃがみ、わしわしと頭を撫でてやる。だぁしゃしゃしゃーと撫でてやる。気分はム〇ゴロウさんだ。
「それで、ラチェット、集めてどうするのであるか?」
「名簿で名前を確認した後、殺しましょう」
「殺すのか?」
「僕らの人数でこの人数を拘束しての移動は困難ですし、別に生かして捉えろとも言われていませんので」
殺しておきましょう。
そんな会話をしながら、横目で研究者達を見る。
青ざめていた。
だが、それだけだ。まだ完全には諦めていない様に見える。
……何だ? 未だ何か手が有るのか? 考える。答えは出ない。ドールは全機壊した。他に隠れている人員も、恐らくは居ない。隠れているモノズ位なら居るかもしれないが――正直、研究助手をやっていた彼等のモノズは戦闘面では相手にならない。辰号ですら近接で圧倒できると言うことからも、戦闘練度はお察しだ。
「未号、申号、自爆装置――若しくは何らかの武装は付いているか?」
部屋の隅で敵のモノズから核を取り出して無力化している二機への質問、ボディは荷物になるから持ち帰る気はないが、核は売れるし、フォーマットすればキャンプ地の子供たちへの手土産にもなる。
今回は結構な数の核が手に入った。それは結構な数のボディがあると言うことで、それらが脅威を内包していたとしたら結構拙い。
そう思ったのだが――
回答:機体脅威度D。問題なしで有る件
「……外れか」
がりがりと頭を掻いて、帽子を被りなおす。深くだ。近くにいた丑号を椅子の代わりにして体重を乗せる。帽子の奥から窺う視線を研究者達に向ける。やはり何処かに余裕がある。
何でだ? 何で、余裕がある? どういう手を打っている?
彼らの立場で考えろ。
彼等はアバカスと言う組織の離反者だ。彼らが追手を警戒していないと言うことは無いだろう。ならばどう言う手を打つかだ。
「……」
僕ならどうする? 僕がアバカスから離脱するとする。始めの内は個人でもどうにかできるだろう。だが、その内追い詰められる。組織は強い。そうなったら僕はドギー・ハウスに頼るだろう。それが無理ならアバカス、タタラ重工などの他の組織に頼る。個人対組織では無く、組織対組織にした方が良い。――あぁ、コレな気がする。
「…………」
だが、組織にタダで助けて貰えるだろうか? 無理だ。コネがあれば話が別だが、お金なり、それに代わる対価が必要だ。そうでもないと他の大きな組織と揉めてまで、助けるはずがない。……いや、揉める口実が欲しいと言うパターンもあるな。
まぁ、そのパターンは考えても仕方がない。放置だ。そうなると、やはり――
「猟犬!」
「……はい?」
現実からの呼び声。エンドウさんの声に意識を海から引き上げる。視線を上げるとアハトを連れたエンドウさんが手招きをしているのが見えた。
「来てくれ」
「?」
何だろうか?
「リカン、見張りを頼む、S1、S2、A2、ルドも見張りだ、A1、来てくれ」
頭に疑問符を浮かべたまま、僕は取り敢えず歩き出した。
のっこのこと付いていくと、更に地下へ辿り着いた。
セキュリティレベルが高すぎて研究者達も使えなかった区域だ。だが――
「……開いてる」
さっきまで開いてなかった扉が。
「開けられたんですか?」
「まぁな。オレはこれ『も』本職だからな」
「……」
どこかで聞いたセリフだ。そんなことを考える僕を横目に。エンドウさんは次の扉に取り掛かる。アハトと施設を有線で繋ぎ、B5サイズのタブレットを弄繰り回している。「……」。何となく覗いてみた。良く分からなかった。
「――が在る」
「? すいません、もう一度」
「この先に生体反応が在る。人間大のな」
「……巨大なゴキブリですかね?」
人間大の。
「……怖い発想するなよな」
「面倒でない発想とでも言って下さい」
殺せば終わり。
それの方がこの状況だと助かる。
だが、まぁ、恐らくは
稀に良くあること。そんな矛盾した言葉を使わせて貰うが、止まった過去の施設にスリーパーが在ると言うのは――稀に良くある。
装置自体が万が一に備えて動力含めてスタンドアローンを取っているからだろう。施設が死んでも装置が生きているのだ。
何を隠そう。僕もそのパターンだ。コールドスリープ黎明期の五百年前に眠りについた僕は何らかの要因で施設が壊れても眠り続けてこの時代にやって来た。
「どういう人が眠っているかは?」
「分からんね。残念ながら」
成程。腐っても軍事施設。そう言うことだろう。
扉が開く。「――」。咄嗟、後ろ腰の自動拳銃を抜き放ってのクイック・ドロウ。天井のガンポットを撃ち抜く。金属と金属の衝突音が響く。見ればアハトがドラム缶がたの警備ロボを引き倒していた。ソレ目掛けてエンドウさんがAKの連射を叩き込む。
ぱらぱらと落ちる空薬莢の音が百年ぶりに人が入った部屋に響く。
「A1、先行」
他にも警備システムが生きている可能性も考慮して、戌号たちにクリアリングを頼む。アハトもそれに続いた。五分、たっぷりと時間を掛けて確認完了。
僕とエンドウさんはゆっくりと中に入る。一つだけ稼働状態の装置があった。『X』の文字がペイントされている。「……」。どうやって開けるのだろう? 一周、ぐるっと回ってみたがさっぱり分からない。
「これどうやって開け――どうかしたんですか?」
エンドウさんの顔色がよろしくない。何だろう? 過去に似たようなモノを開けたことがあって中からえぐいモノでも出てきたんだろうか?
「いや、何でもない。――開けるぞ」
装置が開く。中にいたモノを見て――
「……」
「……」
「……トゥースの部隊に、女性が居たな」
「……直ぐに」
僕とエンドウさんは視線を逸らした。
あとがき
更新は22時でー
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