娘婿

「ねぇ、お父さん。あの技術、使い物にならないわ」


 頬をぷくっ、と膨らませて作業服のジーナがそんなことを言った。


「……どの技術ですか?」

「あの、バリア」

「あぁ、アレか」

「えぇ、決勝は明日でしょう? 何とか組み込めたらと思ったのだけれど……駄目ね。消費が大きすぎるわ、これじゃあ下手をするとモノズが死んでしまうもの」


 彼女の担当はハワードさんのマシンだ。

 ドライバーのせいか、マシンのせいか、予選、準決勝と我がチームで真っ先にリタイアする嵌めになったことが納得いかないらしく、こうして時間を見ては改良に勤しんでいる。

 ある意味では、こう言った場所は技術の展示会にもなる。アキトやカリスと言った技術畑の人たちはここぞと言わんばかりに質問をしたり、質問をされたりしている。

 それにしても――


「良く見せて貰えましたね」


 プリムラさん、性格悪いのに。


「……」

「どうした?」


 何故、固まっているのでしょうか? どうして僕から視線を逸らすのでしょうか?


「えぇ、そうね。――見れたわ・・・・


 彼女の言葉に、何とは無しにプリムラさんたちのピットを見てみる。荒ぶるプリムラさんが見えた。質問しようとしている技術者に「貴方達の様な低レベルの方々に教える技術はありませんわ!」と、言い放っている。アレから情報を引き出すのは無理だ。つまり――


「……程々に、して下さいね」


 僕は日本語の些細な違いに気が付かなかったことにした。

 究極のセキュリティはネットに繋がないことだと言うことが良く分かった。







 決勝は明日だと言うことで、チーム・シンゾーは今日の所はお開きと言うことになった。

 近くに宿があるので、そこでごゆっくり、と言う分けだ。


「シンゾー組は帰れる。ハワード組も帰れる。でも残念! トウジ組は残業だよ! 理由? あはは、理由だって? トウジが壊しまくったからだよっ!!」

「……」


 ごゆっくり、と言う分けだ(※一部地域を除く)。

 まぁ、そう言うことなら僕も残ろう。何故なら僕等はチームだ。皆は一人の為に、一人は皆の為にと言う奴だ。


「僕も手伝いますよ?」

「いえ、お気持ちだけで」「モノズだけで」「トウジさんは、ちょっと……」


 僕の扱いが悪い。


「トウジ!」


 凹む僕に、笑顔のアキトが声をかける。彼は笑顔のまま、びっ、とサムズアップをして――


「モノズだけ置いてどっかに行って良いよ!」

「……」


 とてもひどいことをいってきた。

 ……だが、残念ながら道理だ。生憎と僕に技術的な方面の知識は無い。その上、比較的雑だ。プラモデルを造る際に、バリが残っていても気にしない奴には用が無いと言うことだろう。

 仕方が無いので、端末を弄りまわし、本日武装を担当した子号、辰号、巳号、午号、酉号、戌号、亥号以外のモノズに作業に当たる様に指示を出す。未号と申号と言う器用な二機が居るので、まぁ、問題無いだろう。


「あっ、午号と亥号はボディ修復があるから残っててね!」


 そんなアキトの声に『了解』と、手を振って答える。

 役立たずはさっさと立ち去って差し入れでも用意するとしよう。








 野戦服に着替え、ダブCの帽子を深く被れば以外にも人は僕に気が付かないらしい。『さっきのレースは凄かった』『猟犬のサインが欲しい』『猟犬直筆のサイン帽、今ならなんと三千C!』などの言葉が先程から聞こえてくるが、僕に直接サインをねだる様な人物は現れない。

 取り敢えず、サインした覚えのないのないサイン帽を売っているおじさんの肩を軽く叩く。


「おう、お兄ちゃん! 買ってくかい?」


 笑顔で応じられたので、僕も笑顔で応じることにした。

 無論、年上の人に帽子を被ったままだと失礼に当たるので帽子を取って、だ。


「! ウ、ヒッ!」


 しゃっくりにも似た悲鳴と共に後退るおじさんを抑え、耳打ちをする。


「最近、僕はどうにも色々と忘れっぽくてな。この帽子にサインをしたのかどうかを覚えていないんだ。――なぁ、おじさん? どうだったかな? コレの数字・・・・・が増えると良いことを思い出しそうなんだが……」


 端末のお財布アプリの画面を見せながら僕は言う。


「おっと、数字には気を付けた方が良い。何と言っても、文字通りに――」


 ――命の値段だ。


 言葉と同時に、機械の左足で、おじさんの足を踏みつける。


「――! ――!」


 勿論だ。分かっている。青ざめた顔でおじさんが頷く。端末に感アリ。表示された数字は三万C。……まぁ、良いか。


「思い出したよ、おじさん。これは僕のサインだ」

「そ、そうですよね! いやっ……いやぁ、その節はお世話になりましたっ!」

「いやいや、売れる様に頑張ってくれ。――あぁ、言い忘れていました。ここにある帽子は僕のサインだが、これ以上増やす気は無いので……別のモノを僕が見つけないことを祈っていてください」


 腰が抜けた様にへなへなと座り込むおじさんに右手を振って、さようなら。

 そんな僕をモノズ達が何か言いたげに見上げて来たので、口止め料として、彼等の共通通帳に半額を振り込んでおいた。戌号と目が合ったので、『内緒だぞ』とハンドシグナル。彼が頷いたのを確認し、視線を上げてみると――


「……屋台でもどうですか? 奢りますよ?」

「それでゆるそう!」


 ルドと三人の幼女を連れたイービィーがニヤニヤ笑っていた。


「わたあめ」「カステラ」「じゃがばた」


 事態を把握した幼子たちが好き勝手に服の端をひっぱる。歩くと蹴ってしまいそうで怖い。少し離れて歩いて欲しいと思った。






 キャンプ地には結構な数の子供がいる。

 今回のクラッシュレースではその内の技術班に加え、キリエ、トウカなどの一部の戦闘班が来ている。その数、合計で五十三名。

 幼児三人だけを贔屓するのもアレなので、『お小遣い』という名目で、全員に五百Cを送っておく。

 おじさんから巻き上げた金額、三万C。モノズへの口止め料、一万五千C。子供達へのお小遣い、合計で二万六千五百C。イービィーへの接待料、千C。ルドのジャーキー、三百C。――僕の財布へのダメージ、一万二千八百C。


「……」


 だけど、それで買った思い出はプライスレスだ。

 素敵な今日と言う日の思い出に値段は付けられない。

 そういうことだ。


「……それはそれとして、口止め料を返しては貰えないだろうか?」


 モノズ達が一斉に視線を逸らした。

 駄目らしい。


「たべる?」


 凹んだ僕に、幼女が綿あめをくれた。多分、食べるのに飽きたのだろう。べたべたになった彼女の口の周りを苦笑いでイービィーが拭いているのを見ると、何だか微妙な気分になってくる。だって、これではまるで――


「おや? 何時の間に子供が出来たんだい、トウにゃん?」

「……僕もそうとしか見えないことは自覚していますが、違うんですよ、エドやん」


 人込みを割る様にして現れた紳士が「ハハッ!」と笑う。

 見れば護衛の眼鏡さんと、娘夫婦を連れたアロウン社の社長、エドラム・アロウン氏が居た。

 『終わりましたか?』『……何とかな』。レースから直接だったので、未だにムカデを纏い、同じように現場から直接出向いたことが分かる作業着姿の妻を連れたシンゾーとアイコンタクト。


 アロウン社、社長令嬢の夫。

 今回の大会の裏で行われている牧羊犬試験の当事者。

 そして本大会の決勝への切符を手に入れた男。


 これだけ揃えば、マスコミへの対応をするだけで、お礼料が貰える。

 折角だから――と、カリスが試合終了直後のシンゾーをひっぱり、記者会見をしていたのだ。


「お疲れ様です」

「……もうやりたくねぇ」

「まぁ、諦めて下さい」


 権力者の一族に入った税金みたいなもんです。


「でも、まぁ、結構良い金額貰えたからよ、晩飯は期待して良いぜ?」

「それはそれは――ところで、シンゾー、今、キャンプ地の子供って何人くらいですか?」

「? 確か五百とかそんなんだろ?」


 そうか。そんなに増えていたのか。僕が配布したお小遣いは一割程度にしか届いていないのか。……三百Cにしておけば良かった。


「さっき、ここに来ている子たちにお小遣いを配布しました」

「……」

「五百Cです」

「……戻ったら俺が配っとく」

「よろしくお願いします」


 シンゾーが、がっくり項垂れた。


「? おや、シンゾーくんはどうしたんだい?」

「たった今稼いだお金が吹き飛んだので凹んでいるのです」


 そう言う貴方は、どうしたんですか? と、年の離れた友人に視線を送ってみる。


「仕事だよ! 一応、この大会は我が社も噛んでいる上に、今回は参加者が参加者だ」


 参加者? あぁ、そうか。


「そういえば、娘婿が二人も参加していますね」


 シンゾーと、ユリウスさん。


「うん? 二人? ――ふむ、そう言うことか」


 何かを納得し、深く頷くエドやん。

 彼は親し気に僕の肩を叩き、優しい目をした。


「漸く君もその気になってくれたんだな、トウにゃん。……いや、マイサン」

「のっと、ゆあ、さん」


 だから止めて。イービィー止めて。笑顔で幼女抱いたまま僕の足を踏むの止めて。


「……敵に回るぞ?」

「回らなくて良いですから……」


 僕の味方でいて下さい。と、イービィーを宥め、エドやんにもう一度『ノー』と言っておく。


「ユリウスさんのことですよ」

「ん? 誰だ、それは?」

「プリムラさんの夫らしいですけど……」

「……」


 こういう時に、分かったふりをしないのは、上に立つ者の習性なのかもしれない。エドラムさんは、片眉をくぃー、と持ち上げ、全力で『誰だっけ?』を表現していた。眼鏡が耳打ちをして、端末を見せると「あぁ、」と声が漏れた。今思い出したらしい。


「……彼、予選は?」

「突破して、ついさっき僕等と戦って負けました。――アロウン社の技術班がバックについての大会参加と聞いていますが?」


 違うんですか?


「正確には我が社の一部技術班を娘の一人が私物化しての大会参加だな」

「そうなんですか? でもあのバリア、凄いですね」


 現状、実用化は難しそうですが、アレが実用段階に至ったら中々に厄介だ。ジーナがハッキン――僕には良く分からない手段で入手したデータは既にアキトに展開済みだ。アレに影響されない、若しくは無視できる武装の開発に大会後から取り掛かってくれるらしいが、現状は有効な手が酷く少ない。


「アレ、何時頃、実用化に――何か?」


 思わずそう訊く。

 エドラム・アロウンと言う男はこの時代最高の権力者の一人である。

 そう思わせるだけの冷たい目をしていた。

 そんな父親を見て、カリスが『あ、ヤバい』と言う顔をしていた。


「すまない、トウにゃん。私は少し用事が出来てしまった。シンゾーくん、決勝、期待しているよ」


 言って、立ち去るエドやんの背中には確かな怒りが見て取れた。


「出していい技術だったんですかね?」

「あの様子だと――」

「アウト、ですね。……妹さん、大丈夫ですか?」

「一応、フォローはしておきますわ」


 僕の問いかけに、答えたカリスが付け足した「無駄だと思いますけど」。

 その結果は……まぁ、追わないことにした方が良さそうだ。

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