ヘンリエッタと言う女

 決勝当日の朝のピット。

 ムカデを着込み、子号と戌号を並べて決勝の作戦を考えている時に、ふと、思い出した。


「そういえば、シンゾー、牧羊犬試験の方はどうなったんですか?」


 もう既に決勝だ。

 最も厄介だと思われていたバンリが離脱した以上、下手をすればこの時点で既に牧羊犬の次代は確定していてもおかしくは無い。


「あー……何っーか、終わってるけど、終わってねぇ」

「哲学ですか?」

「ちがうよ」「なぞなぞだよ」「うろぼろーす!」


 何それ? と言う僕に、三幼女が答えてくれた。接してみたら余り怖くなかったのか、昨日の餌付けが上手く言ったのか、イービィーと良く一緒にいた彼女たちは、僕に懐いてくれている。……有り難い様な、邪魔くさい様な、そんな微妙なラインだ。いや、端末使ってゲームやろうとしてくるから、今の段階だと邪魔でしかないな。

 端末を彼女たちの手の届かない場所に持ち上げて、シンゾーに『それで?』と先を、促す。


「決勝の相手も候補者だ」

「まだ終わっていないじゃないか」

「実力はユリウス以下だ」

「それがどうした? ゲームじゃないんだ。戦い方で幾らでもひっくり返るだろう?」

「っーかな、本来なら仔犬ですらない」

「成程。……哲学ですか?」


 そういうのは良いから、結論をどうぞ。


「スキルランクを金で買ったんだよ」

「……買えるものなんですか?」

「ランク3までなら、金次第で替え玉が使える。だから、ソイツの実力は、仔犬以下だ」

「……それでも問題を起こさずに仕事がこなせたから仔犬でいられたのだろう? それに決勝まで来ている」


 ならば油断は出来ない。スキルランクなどと言うものではなく、別の実力を持って居ると言うことだ。


「予選も、まぁ、仕込みはあるだろうが――ほらよ、準決だ」


 ぽん、と投げられる端末。受け取り、画面を見る。電子媒体の記事だった。読む。どうやら準決勝第二試合のものらしい。動画も張られているので、再生する。

 二画面再生――とは少し意味が違うが、画面の右側と左側に分けて陣営の動きが追えるようになっていた。「?」。疑問符が浮かぶ。両陣営とも動きがおかしい。片や、一斉に発進して、片や全く動かない。

 そう言う作戦――と思いたいところだが、どうにもおかしい。全機発進した方は散らばらず、周囲の警戒もせずに結構良い速度で走っている。まるで。そう、まるで――相手が動いていないことを知っているかのようだった。

 僕のその疑念は二つの勢力がぶつかった時に、肯定された。

 一見、守りに徹しているように見えた側がのろのろと動き出し、陣地を明け渡したのだ。


「何ですか、コレ?」

「勝ちを金で買ったんだよ」

「……良いんですか?」

「勝ちは勝ちだ」

「……ひゅー」


 思わず吹けもしない口笛を吹いてみた。


「予選もよ、恐らくだが、何チームか買収されてる」


 何を馬鹿な。そう思う。

 参加すること自体が難しいのだ。参加に人生を掛けてる様なチームもある。つまり事前の根回しにしろ、決定後の買収にしろ、無理がある。現実的では無さすぎる。


「それは、無理……だろう?」


 端末をシンゾーに返しながら。言葉尻が弱くなってしまったのは『それでも』と、思ってしまったからだ。


「そうかもしれねぇ。でも、そうじゃねぇかもしれねぇ。取り敢えず、俺がそう思った理由は単純だ。――昨日の晩に相手から八百長のお誘いが来た」


 苦笑いが浮かぶ。それはそれは――


「……バカめと言ってやれ」

「安心しろや、ソッコーで言っといた」

「超かっけー」

「ありがとよ」


 いぇーい! とシンゾーとハイタッチをし、「いぇー!」と幼女が言って来たので、その三人ともハイタ――ロータッチをしておく。


「因みに、幾らでしたか?」


 僕の言葉にシンゾーがメール画面を僕に向けてくる。


「……シンゾー、少し考えたんだがな。君の実力なら何時だって牧羊犬になれるだろう? 犬に対しても、実力が足りないと思えば、不信任決議が取れると聞く」

「……大体、何が言いてぇかわかるが、一応最後まで聞いてやる。言えや」

「うん。そうだな。率直に言うと――この話、受けよ?」


 僕を見るシンゾーの目が胡乱なモノになる。そして、こちらを指差し、シンゾーは言う。


「バカめと言ってやれ」

「ばかめー」「おばかめー」「おおばかめー」


 三人娘は実に楽しそうに僕を罵倒してくれた。







「やはり靡かないかシンゾー!」


 赤い女だった。

 絹のような黒髪をした気の強そうな目の女は真っ赤なムカデを纏っていた。

 彼女は自信に裏付けされた声音で堂々と言い放ちながら、僕等のピットに入って来た。

 余りのことに一瞬フリーズしていた警備部隊、キリエを始めとした戦闘班が慌てて動き出す。が、連れているガードがそんな子供たちを、あっさりと押しのけて、赤い女の道を造ってしまう。

 強化外骨格の存在により、大人と子供の力の差が詰まったとは言え、詰まっただけだ。差はある。だから、まぁ、この結果は仕方がないと言えば仕方がない。


「子号」


 僕のたった一言で、ピット内に散っていた僕のモノズ達が連動を開始する。自身の得意な距離を選び、ピット内の他のモノズ達を指示し、小隊を結成する。

 銃を抜き、剣を抜く。

 その様子を見て漸く落ち着きを取り戻した戦闘班が自身のモノズに指示を出し、距離を開けて銃を構える。

 過剰に映るかもしれない。それでも、この時代、笑顔で近寄って来た隣人の懐に爆弾が括られていると言うことなど、ザラだ。


「各員、準戦闘態勢維持」


 女に応じる為に前に出ながらの、ハワードさんの言葉が静まり返ったピットに響く、シンゾーとイービィーに目配せ。イービィーが三人の幼女を始めとした初等部低学年の子たちを速やかに逃がし、シンゾーは軽く頷いたあと、歩き出した。


「――」


 息を大きく吐き出す。

 溶けろ、気配。そう思う。息に乗せて自分が世界に溶けるイメージをする。

 僕は静かに音もなく、ゆっくりと荷物の影で伍式を構えた。


「あんま大した技術はねぇけどよ、それでも一応機密情報もあるんだわ。アポもねぇことだし返ってくれねぇかな?」

「アポ? アポだって? わたしと君の仲だろう、シンゾー! 冷たいことを言わないでくれよ!」


 脳のネジが外れているのか、外しているのかは分からない。

 子供の群れが思った以上の動きをし、驚愕で護衛が一瞬、身を竦める中、その護衛対象は悠々と前に歩いて見せた。

 威嚇する犬の様なシンゾーの恫喝を受けても朗らかに。赤い女は笑って見せる。


「無茶言うなや。決勝の相手にンな対応出来るほど俺は温くねぇんだよ」


 少し、声が大きい。これは僕やイービィーなどの彼女の正体を知らない層に向けての言葉だ。つまり、彼女がヘンリエッタ。シンゾーと椅子を争う最後の牧羊犬の仔犬か。


「すまない、横から口を挟ませて貰う。このタイミングで決勝の相手にアポなしで来られると言うのは余り穏やかな気分ではいられないんだ。出直して貰う分けにはいかないだろうか?」


 敵意と武器が無いことを示す世に、両手を広げながら、ハワードさん。そんな彼をヘンリエッタは見つめて「ふむ」と言い、続けて一言。


「お前がトウジか?」


 この言葉にハワードさんは動かなかった。シンゾーも、イービーも、それにキリエ、トウカと言ったある程度の訓練を積んだ子達もだ。

 だが、そうではない――例えば初等部高学年の技術班の子たちはそうではない。

 動き、ヘンリエッタの視線を引き連れ、僕を見る。


「……」


 彼女と目があった。嬉しそうに、にぃ、と獣の様に笑われ、手招きをされる。

 仕方がない。がりがりと頭を掻きながら前に出る。


「……僕に、何か?」


 せめてもの抵抗に声音に嫌悪を滲ませる。


「お前がトウジだな?」


 だが、僕のそんな悪意など物ともしない。

 カリスとは種類の違う『高貴ノーブル』。貴族階級の『武』を担う者。そんな印象を受けた。女騎士か女武者。どちらでも良いし、どうでも良いが、その辺りだ。


「はい。僕がトウジです。それで、一体どう行った御用でしょうか?」

「シンゾーが伝えていないのではないかと思ったのでな。八百長の話は聞いているか?」


 堂々と言い放たれた『八百長』の言葉に、ピット内はおろか、外の野次馬とマスコミにも動揺が広がる。


 ――あぁ、そうか。アレは卑怯でも何でもない彼女なりの戦い方か。


 微塵の動揺も見せないその姿に、ソレを確信する。


「その話なら、お断りしたかと思いますが?」

「何だ。聞いていたのか――ふむ。シンゾーと違って、お前はこう言った搦め手が利く相手だ思ったのだがな……金額が不服か?」


 ならば未だ出すぞ? と、ヘンリエッタ。


「いえ、僕は十分でしたが――」

「シンゾーか……この石頭がっ!」

「うるせぇよ。さっさと帰れよ」


 きしゃー、と威嚇されたシンゾーが、がるるー、と応じる。

 仔犬同士のじゃれあい、と書けば字面だけは和やかだ。


「そう言うことです。残念ながら僕に決定権はありません。用事がソレだけでしたら――」

「あぁ、違う違う。待て待て待て、そう言うことなら、猶更、今来てよかった。こっちが勝った後だと頼みにくいからな」

「……」


 挑発にしては随分と安い。

 僕とハワードさんは容易く流した。

 が、シンゾーは流せなかった「へぇ?」と怒気を巻き散らかしている。何たる未熟。だが、その未熟者は実力で牧羊犬の仔犬になった傭兵だ。雇い主を庇う為に護衛達の間に緊張が奔る。


「おい、どうした? 早く持ってこい」


 傍若無人とはよく言ったものだ。

 彼女は気にしない。

 シンゾーの怒気に固まる護衛を蹴り飛ばし、何かを受け取り、帰って来た。


「八百長を蹴って、その後に負けた後だとそっちの気分も悪いだろうからな。今、頼んでおく――ファンだ、サインをくれ」

「……おじさんがサイン帽を売っていますよ?」

「偽物に興味は無い」


 そうですか。

 何か言い争うのが面倒になったので、差し出されたサインペンと色紙を受け取り、机に移動。適当にサラサラとサインっぽく名前を書き――覗きにきたイービィーとソレに連れられた子供達に差し出す。「何か書くか?」。

 イービィーが苦笑いをし、初等部の子たちは『いや、駄目だろ』と引いた。

 だが、幼児はその辺、恐れ知らずと言うか空気を読まない。

 嬉しそうに花やら太陽やら魚やらを描いている。そしてルドの前足が黒く塗られ、足跡スタンプまで押された。


「待たせたな」


 ポカンとした様子のヘンリエッタにそんな合作を手渡す。


「試合の結果に関わらず、僕はサインをしよう」

「だから、試合後に改めて来ると良い」

「その時は僕が単独でサインをしよう」

「まぁ、八百長でもしないと結果が分かり切った勝負だからな」

「試合後の方が気分よくサインが出来ると言うものだ」

「安心しろ」

ヘンリエッタへトゥー・アンダードッグ、の文字も入れてやるさ」


 それだけ言って踵を返す。

 彼女の挑発は安かった。

 だが、実の所、それで買える程度には僕はお手頃価格なのだ。


「さぁ、皆、作業に戻ろう。何、大したことは無い。兎に角勝てオーダー・トゥ・ウィン、だ」


 ピット内で、わっ、と歓声が上がった。








あとがき

作中のセリフで宇宙戦艦を連想するか、艦娘を連想するかで別れる気がする。


艦娘で思い出した。

クラッシュレースの元ネタはクロスアウトと言うゲームです。

パソコンかPS4があれば無料でプレイできるよ!

書き溜め期間中に嵌ったんだ! ←矛盾

興味がある人はやってみてね!


と、言うメッセージを金曜日位に書いておこうかと思っていた。

そうすれば、三連休の暇潰しにはなるだろうから。

でも、すっかり忘れてた。カレーが悪い。

……今更だけど、書いてみる。

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