スタイルフォロワー
シンゾーの前に立ちはだかる牧羊犬最後の仔犬、ヘンリエッタ・スクルート。
彼女を一言で言ってしまえば『金持ち』だ。
土地を持ち、街を保有し、金を持っている。それがスクルートと言う家であり、スクルート家は民の為に外敵を跳ね除ける貴族の様な役割を持っていた。
だから彼女も街の為に戦うことになったのだが、悲しいかな。
彼女には『武力』の才能が無かった。
一流の教師を用意し、必死の鍛錬を積んだとしても手が届くのは並以下。そう定められた彼女に、両親は穏やかな暮らしを進めた。
だが、彼女はソレを蹴った。
単純なことだ。彼女は知っていた。『武力』を振るうのは別に自分で無くても良い。
一騎当千、量より質のランク4が相手だと言うのなら、万の兵を用意しよう。
――金塊の中で嗤う赤薔薇。
何時しかそう称される様になった彼女の強さは『金儲け』だった。
質を喰らう量。
そうして名を売っていた彼女が、その名前に箔を付けるために選んだのが牧羊犬と言う名前だったのだとシンゾーが教えてくれた。
「……四輪じゃないじゃないか」
「認められてんだから諦めろや。それで、トウジ?」
「オーケーです。オーライです。……アレは、僕がやります」
だから僕等は彼女を舐めていた。
実際の戦場ならば兎も角、クラッシュレースには人員制限がある。三対三と言う前提がある以上、彼女お得意の物量戦は使えない。そう思っていたのだ。だが、それは驕りだった。
相手側のスタート地点に向かう鉄の塊が見える。
きゅらきゅらと言う音が地を噛むキャタピラから響く。
分厚い装甲はくすみ、重く、今の時代であればもっと改良できるだろう。
旋回する砲塔は三百六十度を射程に捉える。
決勝に合わせて車を変えたのだろう。そこには、見たことのある車が――否、見たことのある戦車があった。
『トウジ、私が牧羊犬を目指したのはお前の戦いを見たからだ。覚えているか? インセクトゥムを相手取っての先の防衛線、お前は名言を言った』
さぁ、と彼女は嗤う。
『会場に追わす皆様方っ! 今回はルールに合わせて指向を変えて、量ではなく、質を用意させていただきましたっ! ご覧あれ! 私、ヘンリエッタ・スクルート得意の、
戦車犬が操る戦車――クラリッサが爆発する様な会場の声援に応える様に震えていた。
予選はデスマッチ。
準決勝はアサルト。
では、決勝のルールは? ――予選に戻ってデスマッチだ。
ただし、スタート地点は予め決まっており、チームで固まっての開始となる。
つまりは予選の時とは異なり、チームの連携が取れると言う分けだ。
そんな分けで、スタート地点で作戦会議。
自分以外の選手登録名をアンノウンで済ませていたヘンリエッタ嬢の隠し玉、戦車犬は僕等の油断を吹き飛ばしていた。
「戦車の装甲を抜けるのが僕のヘルハウンドだけだと言うのもあるが、相手が犬だ。戦車犬の相手は僕がやろう」
「そうだな。正直、自分のドローンではアレの相手は無理だ。それで、シンゾー? ヘンリエッタ嬢と、戦車犬は分かったが、残り一機に心当たりはあるか?」
「……いや、ねぇよ。けど、あのお嬢が『質』を用意したってんなら――」
「警戒した方が良いな。猟犬、犬で心当たりは?」
ハワードさんの問いかけに、そうだな……と、考える。
「僕も全部の犬を知っているわけではないですが……この戦い方で強いのは、警察犬、軍用犬、猛犬、番犬、最後に愛玩犬――そのくらいですね」
そして、警察犬はこのイベントの警備を担当していて、軍用犬と猛犬は最近、動きのおかしいインセクトゥムの相手をする為、閣下との思い出のあの戦場に居る。そして番犬は連絡が取れなくて、そろそろMIA判定が下りそうになっている。そう考えると――
「そんじゃ愛玩犬かよ?」
「残念ながら、そこまでは……」
シンゾーの問いかけに、分かりません、と肩を竦める。
そもそも別に強いのは犬だけでは無い。他の会社の傭兵かもしれない。
「……ま、考えても仕方がねぇ。強ぇと思っときゃ良いだろ」
「そうですね。それで、作戦としては――」
「高機動のシンゾーは遊撃要員として戦場を掻き回し、高火力のトウジが高台に陣取って足を止めての攻撃、自分がその護衛」
「……それなら楽に勝てますね」
上手く行けば。
僕が省略した言葉を正確に拾った二人は苦笑いを返してくれた。
まぁ、そこまで上手く行く分けはない。
『わりぃ! 抜けられたッ! アンノウンだ!』
通信機越しにシンゾーの叫びを聞いたのは僕が狙撃ポイントを確保すべく、移動している最中だった。
普段の戦場とは違い、区切られたリングコースの中だと狙撃に適した場所は最初から向こうにも分かっている。奴らの狙いは僕だろう。
少しやるせない。
場所の割れてる狙撃手とか恐怖も半分以下だろう。
「ハワードさん、アンノウンが抜けました。ドローン展開、前に出て下さい」
『了解だ、猟犬』
ハワードさんのバギーから三機のプロペラドローンと、三機のホイールドローンが展開され、僕のヤークトを囲むように配置される。
そしてハワードさんは前へ出た所で――
ピピピッ! と子号が警告音。前面モニターの右上に表示された全体マップの中で赤い矢印が猛スピードで僕等に迫っていた。
シンゾーの位置を確認する。直線距離で凡そ、七百メートル先。通信から一分程しか経っていない。どういう速度で、どう言うコースを選んだ。疑問符。浮かぶよりも早く、判断。
現状は高台への坂の途中だ。一番良くない。登り切るか、降りておかなければならない。
「下ります!」
ギアをバックに叩き込んでのべた踏み。タイヤがきゅるる、と砂塵を舞わせ、ヤークトが下がる。その判断は正しかった。
飛んだ。
そうとしか言いようがない。
車高の低いスポーツタイプ。
エッヂの利いた平べったくも、角ばったボディ。
相手側のスタート地点に居たソレが、坂を発射台として使い、文字通りにハワードさんを飛び越えて先程まで僕の居た位置にボディプレスを叩き込んでいた。
着地と同時に始まる旋回運動。ヤークトの一斉射撃を影の様に滑って躱す敵影。
只管に下がる僕に姿をちらつかせる様は、攻撃の意思が見られない。当然だ。彼には恐らくだが、武装が無い。
大会のレギュレーションで、使用できるモノズの数は六機。機体は四輪『以上』。
先程のボディプレス時に見せられた車体裏には――六機のモノズ。
シンゾー同様に、いや、それの上を行く高機動型。スポーツカータイプで、シンゾーの様に手持ちの武器での攻撃も出来ないが故に、武器はその角ばった装甲を用いての体当たりくらいしかないであろう機体。
それがアンノウンの機体だった。
予選、準決での戦い方が分からなかったのが痛い。尖っている奴は型に嵌れば強い。クラッシュレースは元より、僕向きのモノでは無く、今、この間合いは――
完全にあっちのモノだ。
「ハワードさんっ!?」
『すまないっ! 道を塞がれた、地雷だ!』
地雷? あぁ、走りながら置いたのか。それがアイツの武器か。元より近づく気の無い僕にはあまり怖くない。「子号」。それでも、念のため、子号に奴の走行経路をマッピングさせておく。右から左へ。姿をこちらに見せつけながら移動する敵影。車高が低く、速いため、殆ど銃撃が当たらない。装甲も堅そうだ。拙い。
「辰号、ドローン撒け、殿ッ!」
距離を取る。僕はそう判断した。
向かって左へ逃げた敵とは反対の右へハンドルを切る。この先は道が狭い。草木も無く、岩肌のみが見える荒野は隠れるところも無く、見通しが良い。
つまりは、辰号の一撃でも、僕のヘルハウンドにしても叩きこみ易い。
それでも僕は油断をしない。
車に乗っても、近い距離は僕の距離では無い。だから距離をとる。
限界までコードを伸ばした辰号のボールドローンがアンノウンを牽制する隙を突いて距離をとる。バッグモニターを確認。離れた。そして通路に入って来た。三秒待つ。もう、相手は抜けれない。次のコーナーに入る前に終わらせる。僕はそう決めた。
不意に、首の裏が焦げる音がした。
前輪が、ソレを踏んだ。
「ッ!」
拙い。その判断。咄嗟にハンドルを左に切る。壁にぶつかってでも、このコースから外れる様に動く。だが、間に合わない。フルスロットルでも逃げ切れない。
爆音、右後輪、逃げ切れないッ! 車体が爆風で持ち上がる。崩れたバランスでは速度を制御できずに、コーナーに突っ込んでいく。衝撃。首がガクンと揺れる。
『ヒィィィットッ! あわやクラッシュかと思われたが、そこは猟犬、流石は猟犬! それでもこれは大ダメージっ! ここで情報解禁のお知らせだぁっ! 本大会のMVP最有力の猟犬を追い立て罠に嵌めたエントリーナンバー95の正体は――ラスト・パピーっ! 最後の仔犬、バンリだぁぁぁぁっ!』
煩いくらいに響く実況以上に、身体の中で煩く鳴る心臓。
ハンドルに叩きつけられた頭をゆっくり上げてみれば――
煽る様にパッシングをするアンノウン、バンリの車が見えた。
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