撃てるもんなら撃ってみな
成程、と思う。
これが逃げ道を『選んだ』のでは無く『選ばされる』という感覚か。普段は自分が『やる』側だが、『やられる』側に回ると、中々にえげつない。
最適解を選んだつもりで、逃げた先に待ち受けるのが『止め』と言うのは、中々に心に来る。
勉強になった。今後も有効活用していこう。
モニター右下の三面図を確認。タイヤが吹っ飛んで行ったのは確認したが――やはり、その周辺のダメージが大きい。それは側面でガンポットと化していた戌号も例外ではない。
判定オレンジ。性能を発揮するには修理が必要だ。車内に戻る様に指示し、片手間で子号に修理をさせる。
遠距離武器を持って居ないバンリは既に逃げた。今のところは攻撃の心配はないが、一時的なものだ。L字コーナーに取り残された形になった以上、遠距離攻撃が出来る戦車犬に来られたらそこで終わる。
ギアをバックに入れて、アクセルを踏んでみる。傾いたまま、動くには動くが、速度は出せない。ここが戦場なら捨てて歩くところだが、現在はレースの真っただ中であり、車両から降りればギブアップと判定されてしまう。
それに、来た道は兎も角、この先に進む気は起きない。確実に未だ『在る』だろう。どうする? 亥号、辰号辺りに道を撃たせてみるか? そうして先に起爆させてしまえば問題は無いだろう。そうだな、そうしよう。
「亥号、前方に射撃開始。子号、ダメ元で良いから地雷を探ってみてくれ」
ピッ、と電子音が二つ。そして亥号のLMGの三つの砲門が回転し、前方着弾を知らせる様に小さな砂柱を上げて行く。運良く一発が当たった。
爆音。そして、爆音。連鎖的に爆音が響き、爆破点がズレて行く。そして、岩壁が爆発し、道を塞いだ。
「……おぅ」
溜息も出ると言うものだ。
踏んだら死んでいた。踏まなくて良かったと思いたいところだが、完全に進行方向が塞がれた。来た道を戻るしかないが、安定しない三輪でこの狭い通路だと難易度が高い。
シンゾーか、ハワードさんに助けを求めたいところだが――
『クラッシュ&クラァァァッシュ! ほぼ同時に二機が決勝の舞台を降りて行ったぁ! 狩られたのはヘンリエッタ・スクルートに、ハワード・ワーグマンの二人で、狩ったのは何れも牧羊犬の仔犬、シンゾーとバンリだぁ! 残りは犬が二匹に、仔犬が二匹っ! ワンワンと吼え声が聞こえてきそうな戦場を制するのは果たしてどの犬だぁ? ――それにしても、既に決勝の段階で『そう』だったが、残ったレーサーが何れもドギー・ハウス所属と言うのは、ドギー・ハウスの、引いては職人組合の良い宣伝になって居るのではないかぁ?』
無理そうだ。
先程マーキングしたバンリの車がこの入り組んだコースを物ともせずに猛スピードでシンゾーに向かっていく。
二対一で、片方が戦車犬と言うのは詰んでいる気がしてしょうがない。
「シンゾー、そっちにバンリが行った」
『一対一なら、何とかなるぜ?』
援護に来れるか? 聞こえなかった言葉はそんな所だろう。だから僕もそれに倣い、後半を聞かせない様に答える。
「後輪が一つ逝った」
だから無理です。
『……了解だ。仕方ねぇからそっちに持って行く』
「そうして下さい。僕も何とかしてみます」
土嚢くらいなら設計図なしでも造れるだろうが、タイヤは設計図が無いとキツイ。そもそも
材料が無い。
「亥号、午号と交代、エンジンを頼む。午号、君はタイヤになってくれ」
取り敢えず――の応急処置。
それで走る様にはなったが、午号と亥号の連携が取れておらず、がっくんがっくんと揺れながらの走行になった。
これで高機動戦は無理だ。……まぁ、元から無理だが。
『良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きてぇ?』
どうにかL字路を引き返した所で、シンゾーからの通信が届いた。
「先ずは良いニュースで」
『俺の勝ち目が見えて来たぜ。相手がバンリ一機になった』
「……次」
『チームの負けが見えて来たぜ。そっちに戦車犬が行った』
「それは――控え目に言って最悪ですね」
分厚い装甲を持つ戦車犬のクラリッサ。真っ当にそれをどうにか出来るのは、僕らのチームだと、僕の持つヘルハウンドだけだ。
詰まる所、僕が落ちて、戦車犬が残った時点でシンゾーの状況は兎も角として、チームとしての勝敗は『ほぼ』決まる。
「動きが遅すぎる。接敵時点での距離にもよるが、負けると思う……こちらにこれないだろうか?」
『直ぐには無理だ』
「……でしょうね」
互いの操縦技能は同レベル。小回りではシンゾーが上回るだろうが、最高速度はバンリに軍配が上がる。そして、今、その二人が戦うのは障害物の無い中央リングとでも呼ぶべき場所だ。簡単には抜けて来られないだろう。来させないために、戦車犬は今まで待ったのだろう。
「……了解です」
『勝てるか?』
「余裕の部類ですよ」
余裕で勝てるのか、余裕で負けるのか。どちらかは言わないでおく。
ざっ、と見にマップに視線を走らせ、戦場を『選ぶ』。そこまで行ければ勝ち目はある。そこまで行けなければ僕の負け。時間との勝負だ。おいおい。
アクセルを噴かす。
相も変わらず連携が取れていない二機のモノズはバギーを、かっくんとさせた。
シンゾーとバンリが戦うリング中央を見下ろせる高台。
『サーチ&デストロォーイ!』
そこへ向かう途中で僕は戦車犬と出会った。
いや、出会ったと言うのは正確ではない。僕の進路を予想していた戦車犬の待ち伏せ攻撃にあった。叫びと共に側面の斜面を駆けあがってくる戦車犬。
理想であった僕だけが攻撃で来て、戦車犬の攻撃は届かない。そんな理想は壊され、互いが互いに、互いの射程。それでも距離は離れており、まだ僕よりの射程。
「子号、戌号、運転補助っ!」
こういう時、モノズ用いてのボールホイールにしなかったことが悔やまれる。
ハンドルを捨て、アクセルから足を放し、座席を蹴り上げ、開け放たれた天井から顔を出し、設置しておいたヘルハウンドを手に取る。
足の下では、戌号が必死でアクセルを抑え、子号が口から出した修理用の副腕でハンドルを握っているのが見えた。頑張って欲しい、と、言うか、頑張ってくれ。
願い、祈り、頼み込んで――後は任せた、と無責任に脳内から追い出す。
ヘルハウンドを覗く。行ける。撃てる。だから撃つ。そう決めた。その瞬間に、クラリッサの砲台が火を噴いた。良い。この距離で、戦車犬なら当てられな――いのだから、ただ撃っただけではないっ!
瞬時/判断
咄嗟にヘルハウンドを跳ね上げる。「ふっ」。吐いていた息を止める。ゼロコンマ一秒、その未来を撃つ。空中で砲弾と銃弾が交差し、爆ぜる。
伍式では不可能であったろうその一撃。それで抜いたのは――
「フレシェット弾かっ!」
内包した子機とも言える中身が落ちて行く。
装甲を張ったジープ相手に撃つのは不適切な弾だが――
『予選で見せすぎだぜ、ハァ~ウンド?』
そう言うことだ。ヤークトに天井が無いことはも周知の情報だ。「ちっ」。と、舌打ち。
巧い。
荒れ地を削るキャタピラドリフト。砂埃を尾の様に引きながら、蛇行するようにしながら戦車犬がこちらに近づいてくる。
撃てる。撃ち抜ける。そのチャンスは幾らでもある。だが――撃ったら僕はリタイアだ。
撃たれる、撃たれる、撃たれる。
煽る様にレバーを操り、引き金を引く僕に合わせる様にして、迫るヘンリエッタの砲口が咆哮を上げる。
距離が喰われる。僕の有利が喰われていく。だが、チャンスはある。最後に僅か。
距離が取れず、砲台の角度が取れなくなり、フレシェット弾が意味を無くすその刹那。
戦車犬の攻撃方法が、砲撃から突撃に変わるその刹那。
僕は、そこを、撃つ。
キィ。瞳孔が軋む。キィ、キィ。骨が軋む。
不意に、どこかで、時計の秒針が――
「ヘイ、ハウンド!
ドリフト。僕を軸に、速度はそのままに、戦車犬の操るクラリッサが弧を描き、僕の背後に滑っていく。射線から抜けられた。拙い。判断は、その動作を確認すると同時。
「ッ、の――辰号、右後方に体当たりッ、午号ッ、停止、上がった後、回れ!」
足を延ばし、ハンドルに引っ掛け、無理矢理回すと同時に、分けも分からず僕に従った辰号により、車体の重心が大きく崩れる。
噴かされるアクセルに従い、残った左後輪が地面を蹴り飛ばす、止まったままの、右後輪、午号を残して。
車体が不自然に持ち上がる。ボールホイールタイプだから出来る片足立ち。不安定な車体は、回る午号に合わせて無理矢理体制を変える。
ぐるりと回った僕の射線の先には――クラリッサ。
「
引き金を引く。弾丸が飛ぶ。支え切れない車体が倒れる。砂の地面が、迫り――
『クラァァァァッシュ! 猟犬、ひっくり返ったぁぁぁ! これはもう走れなーい! 最後に魅せてくれた曲芸運転も虚しく、戦車犬は走行可能っ! それでも砲台に弾丸を叩き込み、ひん曲げたのは流石は猟犬と言った所だぁー! さぁ、これで、二対一、シンゾーには圧倒的に不利な戦場になった――と、言、い、た、い、所だがぁぁぁあぁ!? 白旗だぁぁぁあッ! 戦車犬、ここでギブアァァァップ! どうしたどうした? トラブルかぁ?』
「クラリィィィッサ! あぁ、くそっ、畜生、ひでぇ、ひでぇじゃねぇか、ハウンド! こんな、クラリッサが、こんなに、クラリッサに、クラリッサにぃぃぃぃぃ!?」
取り敢えず。
「僕にもわかる言語で話してくれませんか?」
ちゃんと愚痴は聞きますので。
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