断章 仔犬のワルツ

 ボールホイールタイプの四輪バイク、ブレード。

 そのタイヤとなっているモノズ達を全力稼働させ、力任せ地面に押し付ける。

 優美さなどみじんもない。

 荒れた大地にはその位の有様が丁度良い。

 地面を噛ませ、風を裂き、鉄を撃つ。

 それがシンゾーと言う傭兵の戦い方だ。

 一つだけ残された瞳が、ぐりぐりと動く。路面の状況を確認し、砂煙の流れから風を読む。迫る敵影、安全ルート、攻撃手段、それらの使い方を考えるよりも早く決めて行く。

 出来が悪いなりに思考型のトウジとはことなる反射型。

 眠りに付くよりも前の自分から積み重ねた経験がシンゾーにソレを許す。

 車高の低い、スポーツタイプの装甲車。エッヂの利いたソイツが向かってくるのを確認。アクセルを開け、それと同時に後輪のブレーキング。ォン、と唸り、前輪が持ち上がったところで、ブレーキを開放。

 ウイリー。

 そのまま走り、タイミングに合わせて、前輪を地面――否、装甲車に叩きつける。

 走るのは地面だけとは限らない。

 在るのなら走れる。

 それは敵の機体だって例外ではない。

 刹那の減速すらなく、突っ込むようにして装甲車を駆けあがり、シンゾーは四輪バイクを空に踊らせる。着地点に見えるのは地雷だろう。

 相手――バンリの操る六輪の装甲車は走りながら所々に牙を埋め込んでいた。

 避けれない。

 だったら踏めば良い。


「――はっ!」


 シンゾーの顔に浮かぶ獣の様な笑みが浮かぶ。頭部装甲で隠されているのを良いことに、犬歯と獣性を剥き出しに、彼は『死』を踏み抜き、駆け抜ける。

 爆発を置き去りにするライディング。爆風に煽られて崩れたバランスは、そのままターンへと繋げられ、削った大地の砂煙を背負い、再度、シンゾーは敵と向き直る。

 これまでは、この後、走り去る隙を伺っていた。それ故に敵に背を向けると言うリスクを背負うことになって居たが――最早必要ない。


『まるで生物の様に動くマシンとマシィィィン! コレがこの荒野で獲物を追い込む牧羊犬に求められる技能! これがランク4の【操縦】持ち! これが仔犬の噛みあいだぁぁぁぁぁっ! 互いが互いにチームに残るは己のみっ! シンゾーが勝つか、バンリが勝つか、それがそのままチームの勝利に繋がるぞぉぉぉぉ!』


 実況の音声が、設置されたスピーカーから聞こえてくる。

 全く、盛り上げてくれる。笑みを苦みが入ったものに変えながら、左手に持ったショットガンの弾倉を代える。


『……戦車犬が負けるとは思わなかったです』


 やや、甲高い、中性的な声。同年代にも拘わらず、小柄なバンリらしい物静かな声にシンゾーは応じる。


「奇遇だな。俺もだよ」


 トウジは狙撃手で、戦車犬は戦車兵だ。

 この戦場でどちらが強いか? と、問われれば、どうしたって戦車犬に軍配が上がる。


『その割に余り驚いてませんでしたね?』

「その前に驚きつくしちまったからなぁ。……よォ、バンリ。テメェ、何でヘンリエッタに付いた?」

『……教えたら負けてくれるのかい?』

「……」


 沈黙。

 ここで、しれっと『勿論です。考えます』と返せないのがシンゾーとトウジの違いだ。「あー……」と、唸り声を上げるシンゾーは、残念なことに相方程は性格が悪くなかった。


『……まぁ、隠す程のことでもないか……お金の為ですよ』

「そうかよ」


 だったら仕方がねぇ。

 態度でそう示す様に、シンゾーがショットガンで肩を二回叩く。トントン。そして、わざと大きく作った動きでの三回目。トン、と強めに叩いたソレを――双方が合図と取った。

 駆動し、稼働し、全力疾走を開始する。

 急な加速に、バンリはシートに押し付けられ、急な加速に耐える様に、シンゾーがバイクに抱き着くように姿勢を変える。

 互いが互いに相手の経路を予測し、誘導し、罠を張る。

 どちらが羊で、どちらが犬なのか、今の段階ではソレは分からない。

 追い立てる様に装甲車の後ろに付いたシンゾーがショットガンを撃つ。それを滑る様にして避けた後にバンリが残したのは見慣れた地雷。それも二つ。シンゾーの目は時速百キロを超える攻防の中で仕掛けられたソレを捉え、身体はソレに対応する。

 トウジ曰く、シンゾーの真価。

 病によりたった一つになってしまった目は特別性だ。

 高速領域での最速ルートを選び出すその目は、遠い昔、眠りに付く前からシンゾーが持って居た紛れもない『才能』だ。

 がりり、噛み締めた歯が唸りを上げる。

 ハンドルを握る両手が、バイクを挟む両足が動きを造る。

 蛇の、様だった。

 前輪が振られ、後輪が振られ、縦に二つ、少しづつ横軸をずらして設置された地雷の間を滑る様に抜ける。

 当代の牧羊犬は、基本的に放任主義だった。

 それでも、自身の後継に足る二匹の仔犬だけには一つだけ、先人としての言葉を残していた。


 ――機体を手足の様に扱うな。


 バイクはバイク、車は車、手足で無い以上、手足の様に扱ってはならない。まして、ボールホイールタイプのタイヤはモノズだ。

 意思を持つ相方がタイヤになる以上『手足』の様に扱ってはいけない。

 それでもシンゾーの操るバイクの動きは生き物の様だった。

 手足の様に扱ってはいけない。

 だから群体として振る舞う。

 ドッグファイトとは良く言ったモノだ。地雷設置のラグを噛み散らかし、群れとして動くシンゾーが最高速で勝るバンリの尻に食らいつく。

 轟音三回に、衝撃三回。

 至近距離からばら撒かれたショットガンの弾丸は詰まった距離の分だけ集弾率を跳ね上げ、それにふさわしい働きをする。

 装甲を食い破り、孔が空く。

 それを嫌がり、バンリがシンゾーの射線から逃れる様に動き、シンゾーはその動きを更に大きくさせる為に、側面に付け、運転席を狙い、ショットガンを叩き込む。それを嫌がり、バンリはさらに距離を開ける――と見せかけ、車体を叩きつける。

 質量と速度が生み出すのは純粋な破壊力だ。

 低い車高も相まって、さながら死神の鎌の様に振るわれる黒鉄の一撃。

 それを避ける。それは当然だ。

 それが出来る。それも当然だ。

 逃げる様にハンドルをきれば、シンゾーはその一撃を容易く躱せる。その程度は出来る。


 だからバンリは出来ない様にしておいた。


 シンゾーの逃げ道に置かれる地雷群。

 尻に付かれ、運転席に銃弾を叩き込まれようが冷静に、冷徹に動いて、動いて獲物を『逃げさせる』。それが牧羊犬の戦い方だ

 逃げれば地雷の餌食になり、逃げなければ側面からのチャージをまともに喰らう。

 バンリは、シンゾーを、そういう状況に追いやった。

 装甲車が滑る。

 ボールホイールタイプ独特の滑る様にしての真横への移動。

 音も、砂塵も無い。

 静かに、怜悧に、刈り取る様に動き――


『! 手応えがッ?』


 避けられる。

 前も駄目、横も駄目、減速は間に合わず、後ろも駄目。だから、上。


「わりぃな、読めてた」


 これもボールホイールタイプならではの機動だ。

 フルスロットルでの横滑り。勢いを付け過ぎたソレが為すのは――バレル・ロール。

 止めを刺す、その動きをする用に、シンゾーはバンリを追い込んだ。

 ある一定のレベルであれば、相手の攻撃で一番読み易いのは『最善手』だ。だからソレを打つ状況にしてやれば良い。

 その状況に相手を『引き連れて行く』。これもまた――牧羊犬の戦いかただ。


 だからシンゾーはそこに誘導した。


 装甲車を跨ぐようにして跳んだシンゾーが逆さまのまま、ショットガンを頭上に構える。

 かりり、と銃口がなぞったのはバンリの運転席の装甲だ。

 完全密着で狙うのは先程の銃撃で傷を付けた場所。

 分厚い装甲と言えど、何度も撃てば孔は空く。

 引き金を引き、ショットガンを投げ捨て、着地。

 そうして見たのは、コントールを失い、蛇行しながら地雷原に突っ込んでいく装甲車だった。

 砂柱が上がる。平たい車が煽られてひっくり返る。


『クラァァァァァァァァァァァァァアァァッシュ! これで最後だ! これが最後だ! チームメイトが曲芸運転で見せたのならば俺もだと言わんばかりのバレル・ロォォォォルッ! 奴が吠え立て、連れて行くのは地獄だぁぁぁぁ! 勝者はシンゾー! 地獄の牧羊犬、シンゾーだぁぁぁッ!』


 煩い位になるスピーカー、会場。

 それに応える様に、シンゾーは拳を、がつん、と突き上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る