表彰式の裏側で
「ハウンドっ、俺はなっ、お前はっ、お前はっ、違いの分かる男だと思っていたっ。だから、クラリッサにも乗せてやると言ったのに……どうしてこんなことをしたんだっ!?」
「一応、ここも戦場ですので」
「ばかっ! もうっ、凄くおばかっ! 良いか、ハウンド? 戦場でこそ、花を愛でる。それが一流の傭兵ってもんだ!」
「戦車を花と見なす文化とは疎遠なので……」
言いながら、端末を弄繰り回し、電波を拾う。大絶賛で生中継中のクラッシュレース決勝戦を見る為だ。
荒野の熱砂は照り返しの熱を放出し、立っているだけでも、中々に不快だ。リタイアが決まった以上、そうそうにピットに戻り、冷たい水でも飲みたい所だが、そうも行かない。
僕に付き合う様な形でリタイアしてしまった戦車犬が大絶賛で説教をかましているからだ。
「聞いているのか、ハウンド?」
「聞いていないよ、タンク。……と、言うか、リタイアして良かったんですか?」
未だ走れるでしょう? と、僕。
ヘルハウンドが食い破ったのは、砲口だ。走行には支障がない。
「ヘンリエッタ嬢はリタイアしたみたいですけど、未だチームとしての『勝ち』は残ってますよね?」
「傷ついたクラリッサにそんな酷いことが出来るわけがないだろうがっ!!」
すごくおこられた。
「……そうですか」
曖昧に返事をして、溜息一つ。ちょうど、ヤークトをバラしていたモノズ達が帰って来たので、頭部装甲を脱ぎ、手渡す。代わりに渡された帽子を被ってみれば――決着が付いたのだろう。
端末の中と、周囲から、わっ、と歓声が上がった。
表彰台とインタビューの対応はシンゾーとハワードさんに任せた。
一応、車がひっくり返ると言う事故に遭った僕は、大会が用意した簡易的な救護室で簡単な検査を受けることになった。
とは言え、文字通り外側に付ける
トラックを改造した移動式の救護室に来ては見たモノの、簡単な問診の後は、赤十字をあしらった救護用のモノズにスキャンされて『はい帰れ』と来たものだ。
脱いだムカデを人工脊髄に嵌め込み、名前の由来となったムカデの様にして、肩にかける。それなりに重たいが、院内はモノズの持ち込みが出来ないのだから仕方がない。
一応、ヤブ先生に見せる為に、今回の検査結果をデータで受け取り。「ありがとうございました」。と、言って外に出る。
薬品は熱に弱い。
だから救護室の中は冷房が利いていた。
そんな分けで陽光が地面を焼き、熱砂が風に舞う荒野は中々に地獄だ。
「……準優勝の表彰は受けなくても良いんですか?」
ましてやそこに真っ赤なムカデを纏った女がいたら猶更だ。
もう少し涼しそうな色合いには出来ないものだろうか? そんなどうでも良いことを考える位には頭が働かない。
視線も、手も動かさずに、ヒップホルスターの自動拳銃を意識する。抜き打ちのイメージを描く。まぁ、最悪の場合でも行けるだろう。そう言うイメージが出来た。
「そっちにはバンリを行かせたさ! 私が欲しかったのは牧羊犬の名前だったからな、ちゃちな賞金に用は無い!」
ヘンリエッタ・スクルート。
護衛代わりだろうか? 数機のモノズと共に、赤い女が僕の出待ちをしていた。
何だろう? ファンなのだろうか? ―いや、そうか。ファンだった。
「約束のサインですか?」
だったらサインペンを下さい。
「それもあるが――スカウトだ」
「お断りだ」
気を利かせたのだろう、彼女のモノズの一機が色紙とサインペンを持ってきたので、サインを書き、書き、書き――難いな。テーブルとまではいかないが、何か支えられるものはないだろうか? 地面に這いつくばりたくはない。そう思おう。見渡す。あぁ、コレで良いや。出て来たばかりの救護室の壁に色紙を当てがい、崩して『トウジ』と書く。イービィープロデュースにより、『ジ』の濁音は犬の足跡になって居る。あぁ、そう言えば――
「
「……遠慮をしておこう」
何やら文句が在りそうな顔で僕のサインを受け取るヘンリエッタ嬢。
「何か?」
「条件も聞かずに断ることはないだろう?」
「どんな条件でも聞く気が無いというアピールですけど?」
「お前は商人失格だな」
「生憎と僕は傭兵なので」
君とは戦い方が違う。君とは戦う場所が違う。
口での戦いが交渉と言うのならば、その戦場に立っては僕に勝ち目が無い。だから最初から立たない。それが僕の方針だ。
「お前の目にどう映っているかは知らないが、私も人類の為に戦っているのだが?」
「それではやはり無理ですね。僕は僕の為に戦っています」
平行線です。と、肩を竦める。
そんな僕を見て、はぁー、と大きなため息を吐き出すヘンリエッタ嬢。
「商売をやっているとな、世界の動きが見えることがある」
「? それが、何か?」
「軍事物資の流れがおかしい。買われて、溶ける様に消えている。追えなくなっている」
「……」
「普段からあることではあるがな、今回は量が異常だ」
そのお零れで儲けさせてもらったよ。くくっ、と悪そうにお嬢様は笑う。
「アバカス。私はそこと連絡が取りたい。犬を目指したのも、その為だ。――おっと、知らないふり、勘違いをしたふりは要らんぞ? 秘密結社を秘密にするには権力者が必要だ。つまり――」
「企業上層部、名家。その辺りの連中は知っているということですね?」
「そう言うことだ」
がりがりと頭を掻く。どうするかなー? 空を見る。青い。
「……連絡をとって、どうする気ですか?」
アイツら、基本的に信用しない方が良いですよ、と僕。
前からそう思っていたが、今回のレースに当たってアキトに辰号を見せて、その思いはさらに強くなった。
灰色ですら無い。完全に黒だ。
「奴らの動きに歯車の一枚として噛む」
「……それに何の意味が?」
「儲かる」
「……」
「ふむ。『そんなことか……』と言う顔をしている所をみると、やはりお前は兵士なのだな、猟犬。貴族には、王には成れない奴の目だ。良いか? 金は民の血で、民の命だ。あれば救える、栄えることが出来る。そう言うものだ。アバカスが軍事物資を集めるような状況であるのならば、尚のこと金が必要だ。私は、私の民の為に金を稼ぐ」
「今回の大会でムダ金をバラ撒いた様に見えますが?」
僕の指摘に、ヘンリエッタ嬢は、またも悪い笑みを浮かべて僕を見る。
「猟犬、私はお前のファンで、お前の狙撃技術は凄まじいものだと認識している。お前はソレを他者に誇るか?」
「それなり以上だと言う自覚はありますが?」
「私もそれなり以上に金儲けが巧くてな、あの程度の散財は痛くもない。物の価値など人によって変わる。私から見たら『異常』でしかないお前の狙撃も、お前にしてみたら『それなり以上』でしかない様にな」
「……そうですか」
そうなのだろうか? 良く分からない。駄目だな。そう思う。会話をしたのが間違いだった。もう既に、僕は彼女の戦場に上げられ、攻撃を受けている。
被害を減らすにはさっさと逃げてしまうのが一番だ。
端末を操作し、番号を選んで、コール。
ツリークリスタルの影響により、無線での通話は同じ街の中ですら安定しないのだが、この番号に限っては、どこでも通じる。
技術の次元が一つ違う。成程、これだけでも上手く使えば金になりそうだ。
『何か、御用でございますか、トウジ様?』
三回のコールで相手が出た。
「仕事の話をしよう、スエン」
僕はヘンリエッタにアバカスを紹介した。
アバカスにヘンリエッタを売ったのか。
ヘンリエッタにアバカスを売ったのか。
その辺は商人同士の戦場で片を付けて欲しい。
「助かったぞ、猟犬」
お礼を言うヘンリエッタに、言葉も返さず、右手を振って、さようなら。
表彰式には未だ間に合う。
他人事の様に観客席から眺めるとしよう。
あとがき
昨日は更新できずにすみません。
割烹にも書きましたが、代わりと言っては何ですが、本日は二回更新です。
多分。きっと。
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