命乞い

 本命は未だにこない。

 ミミズ人間との戦闘は徐々にだが少なくなってきた。

 僕は左程ピンチに陥ることなく仕事をこなしていった。

 理由は簡単だ。重歩兵ヘヴィーであるリカンが強過ぎる。

 デカくて、重い奴はそれだけで強い。それに速さと技を足したのがリカンだ。その存在は笑えるくらいの『理不尽』だった。

 イキモノとしてのスタートラインが違うこともあるが、味方である今はとても頼りになる。

 軽く作業の領域に入りかけている。緊張感が抜けている。これは少しいけないな。そう思った。頬を張る。気合を入れた。

 それを待っていた――と言うわけではないだろうが、トラブルがやって来た。

 吹き飛んでくる人間大の何か。それは正真正銘の人間だった。村長さんだ。腕の関節が一つ多い。顔面は潰れている。それでも未だ息があるようで、鼻から噴き出した粘性のある血が呼吸に合わせて膨らみ爆ぜた。

 飛んできた先を見る。

 右腕が異様に肥大化したナニかが居た。

 その右手の表面が脈打つ。うじゅる。ミミズの様だ。うじゅうじゅる。縒り合され太くなる。


「成程」


 進化した。そんなところだろう。

 僕はゆっくりと息を吐きながら、ヒップホルスターから抜いた自動拳銃をゆっくりと構える。

 半身で、右を前へ。右手で銃を持ち、左手で手榴弾を持つ。

 眼前の異形を見る。


 ――キリ。


 瞳孔が軋む音がした。錯覚だ。知っている。

 異形が僕らに気が付く。リカンの重心が落ちた。「リカン、僕が」。言葉。リカンの身体から力が抜ける。異形が駆ける。僕を目掛け。異形が駆ける。右手を振り上げ。

 最後の、一歩。

 蹴り足の右の勢いを、拳に乗せる為の、止め足である左足。

 その足が地面に付く瞬間を狙って、その膝に弾丸を置いた。

 砕けた関節が役目を果たさない。

 崩れたバランスは戻らない。

 半身に構える僕の横を異形が転びながら抜けて行った。

 僕は振り返らない。

 リカンに村長さんが担がれているのを確認して、手榴弾のピンを抜く。

 転がし、ゆっくり歩きだす僕達の後ろで肉塊がバラバラになる音がした。


「次からはアレで行くのか?」

「まさか。手榴弾が勿体ない」








 村長さんは虫の息だった。

 この場に未号が居たとしても助からないだろう。

 そんな助からないモノを担いでリカンの戦力を削ぐのは勿体ないので、僕等は最後の情けとして、物陰に村長さんを下した。


「すまないが、僕らは行く。楽にした方が良いのならそれ位は『やる』が、どうする?」

「……らジェづど?」

「あぁ、そうだ。僕だ。ラチェットだ」


 目も見えていないのだろう。

 声だけで僕の位置を推察した結果、僕の横を見ながら村長さんは血と共に言葉を吐き出した。


「だずけでグで」

「無理だ。貴方は死ぬ」


 ゆるゆる。

 そうでは無いと言う様に村長さんは首を振る。


「ごどぼ、だちを、ダずけで、ぐで」

「……」

「教会に、いル。……づごう、ガ、いいゴトを、いっでいるノは、ヴァがッテる」

「…………」

「そででも、どうが、ドウガ……」


 村長は言うだけ言った。

 言うだけ言って死んでいった。








 ――まぁ、戦略としてはそれ程悪くない。

 それが僕のその作戦に対する評価だ。

 建物からの脱出の際、先ずは囮を盾にして出て、走り去る際にも後続に蹴りをくれて、転ばせ、獣に餌をやり、その間に自分が逃げる。

 悪くは無い。

 悪くは無いな。

 囮が子供で、逃げたのが神父でなければ。

 或いは。

 その場面を僕等に見られなければ。


「っぁ! 足が! 足が、私の足がぁぁぁぁあっ!」


 銃声が響き、悲鳴が上がる。

 大きな声だった。情けない声だった。

 囮に食い掛ろうとしていたミミズ人間がそれに注意を引かれ、一瞬、止まる。


「――寅号、オーバレヴ」


 思いっきり『やれ』。

 声に乗せなかった僕の言葉を正確に拾った寅号が赤熱し、空気を焦がしながら子供を助けるべくミンチを造った。

 暴れまわる寅号が戦線維持し、申号とリカンが教会に突撃して子供達を確保するのを見ながら、僕は地面で転がるカソックの男に近づく。


「君達の村長は、最悪のクソッタレだな」

「え? は、はい! そうなんです! あいつ、あいつは、本当に、クソッタレなんです!」

「そうだ。もっと言ってやれ。お陰で僕は仕事を押し付けられた。子供達の救助だ」

「……ぁ、え? ――――――あ! ぃや、さっきの、ちが」

「僕が断る前に、言うだけ言って死んでいった。僕は断っていなかったからな。仕事を受けることになった」


 一息。しゃがみ、地面に転がる神父の目を見る。


「分かっている様だが、言ってやる。僕は『仕事を受けた』。仕事は『子供達の救助』だ。分かるか? 分かるな? 分かったな? 『僕は子供達を助けに来た』」

「――、」


 立ち上がり、銃口を突き付ける。目を見開き、絶句する神父に、だ。


「貴方の様な奴を見ると、日本人で良かったと、心底思う。――僕は宗教屋が嫌いだ」

「~~っっ、違っ! 違うのです! アレは子供が、転んで! 私は! それを助けようとっ! したんだっ! 本当だッ! ……本当、に……ゆる。許してください! アレは、出来心でっ! だからっ! お許し下さい!」


 何か。何かを、言っていた。必死で何かを言っていた。

 命乞いだろう。

 誰だって死にたくは無い。だったらチャンス位はやろう。


「――ろ」

「? はい?」

「語尾に『もじゃ』を付けろ。そして命乞いをしろ。そうすれば、まぁ――わかるな」


 にぃー。笑顔。


「お、お許しくださいもじゃ! お許しくださいもじゃ! お許しくださいもじゃぁぁぁあ!」

「酷いな」

「へ?」

「命乞い位、真剣にやれよ」


 引き金を引く。孔が開く。神父の両目が、くるん、と上に回って行った。

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