宣言

 ミミズ人間は恐らく全滅した。

 だが、まぁ、恐らく、だ。

 それを確実に確認する為に、僕とリカンを含めた戦闘職連中は見回りをすることになって居る。保護した子供達が邪魔だった。

 ならば僕が一時的に確保している安全地帯まで送ってしまえば良い。

 だが、ミミズ人間の全滅は確認していない。

 つまりは護衛が必要だ。

 見回りが遭遇戦である以上、僕は余り向いていない。そういう事情もあり、当初は僕が見回りをサボ――同族として彼等を護衛するつもりだった。

 そこで問題が起きた。

 子供達が僕に怯えているのだ。

 まぁ、無理もないだろう。彼等の日頃の行いのツケを払わせた結果とは言え、僕は明確に彼等の側への敵意を露にしている。

 僕は、彼等と彼等の家族に確かに言ったのだ。

 死ね、と。

 つまりは一度の『助けてくれてありがとうイベント』程度では僕の好感度は回復しなかったというわけだ。仕方がない。


「A1リーダーからC1リーダー、そっちから……そうだな、コウコさん辺りに護衛を付けて僕の所に来させてくれ。人間村の子供達を保護した」


 ――ピッ!

 端末が鳴って、子号から了解の解答。


「そう言うわけだ。リカン、僕はここに残る」


 丑号を椅子代わりに、体重を預けながら僕。


「上手い言い訳を思いついたものであるな、ラチェット?」


 にんまり笑って「オ仕事、頑張ッテクダサイ」。僕は軽く手を振り、リカンを見送った。







 A2が来るのと同時にコウコさん達もやって来た。

 どうやら子号の判断で途中から護衛部隊として合流させたらしい。良い判断だ。

 白い靴下を履いたような四本の足を、煤で汚したルドが僕を見つけるなり駆け寄って来た。頭を撫で、軽く肩を叩いてやる。へふっ! と何やら満足げな様子だ。


「ん? 何だ、子号? 全員で来たのか?」


 そこで気が付いたのだが、僕のモノズが勢ぞろいしていた。

 遊撃に出していたA2が居るのは良いが、待機部隊のC1まで居るのは如何なものなのだろうか? そんなことを思った。


 ――ピッ!

 報告:待機場の指揮権の移譲を完了。対象 → 序列四位シュヴァンツ。


 成程。それで手が空いたと言うわけか。


「ラチェット様」

「あぁ、すみません。呼んでしまって」

「いえ。子供達は?」

「そこの教会前に、寅号と申号が護衛に付いています。頼みます」


 僕の言葉に「かしこまりました」とコウコさん。軽く駆ける様にしながら子供達の元へ向かい、視線を下げて彼等に話をしている。まるで幼稚園か小学校の先生の様だった。

 ふと、気が付く。ムカデを纏い、大型モノズを連れた男の子がいることに。

 僕が引き取った子供達のまとめ役の少年だ。

 護衛を出せとは言ったが。彼が居るのは少し意外だった。

 AKを持った彼は、教会前の様子を、無事に保護された人間村の子供達を見て、安堵しているように見えた。

 少し、意外だ。


「……普通は、憎むのではないだろうか?」


 返事は期待していなかった。

 だから聞こえても、聞こえなくても、そのどちらでも構わない曖昧な声を出した。


「そう言う日もありました。特に誰かが死んだ夜とか。絶対に撃ち殺してやる、とか思ってました」


 だけれども声は返って来た。

 だが、その声も先程の僕と同じ様に、語り掛けるようで、独り言でもあるような声だった。


「俺たち、昔は仲良かったんですよ。解凍されて、兵士の過程を終えた俺をアイツの護衛として旦那様が買ったんです。でも……なんだろ? 兄弟みたいに過ごしてたんですよ」


 アイツ、弱っちい癖に直ぐ剝きになるから、からかうと面白いんですよ。


「君が兄で、彼が弟?」

「どうだろ。どっちかな。俺もアイツに迷惑かけてましたしね。助け合ってたんですよ、一応。けど……」


 緊急事態。トゥースの捕虜になると言う状況でそれは崩れた。


「――リカンで良ければ一発くらい殴らせるが……」


 どうだろう?


「良いですよ。若様は、まぁ、恨んでいない分けではないですが、一応、良くしてくれました」

「成程」

「ラチェットさんは、その、平気なんですか? トゥースに使われて」

「でぃす・いず・びじねす。僕の持論だが、正義や主張で戦うと弱くなる。金の為が一番だ」


 シンプル・イズ・ベスト。初志貫徹。ブレない理由があれば、それだけで強い。


「……あんまり聞きたくなかったです」

「聞いておけ。君は一応、リーダーだろう。金は力だ。無ければ死ぬ」

「それと、ラチェットさんが言っても説得力が無いです」

「そうだろうか?」

「そうですよ。だって、今もこうして、金にならないこと、してるじゃないですか」


 そうかな? そうだな。そうかもしれない。

 格好つけて持論とか語るんじゃなかった。まぁ、良いや。


「――悪ぶりたい年頃なんだよ」


 愛読書は少年ジャンプ。つまりは何時までも心は少年で、思春期だ。中二病は治らない。

 そう言うことだ。








 ちゃんと護衛をしていた。――と、言えば嘘になる。

 油断をしていた。――と、言うのが原因だ。

 ミミズ人間の数は減り、警戒していた本命もやってこない。所詮は僕の懸念だ。つまりは杞憂だったのだ。そう思っていた。

 音が響いた。

 轟音だった。

 爆音だった。

 先行する僕の後ろ。コウコさんを中心とした子供達の中にソレが落ちた。荷物が散らばる。悲鳴が上がる。


「戦闘態勢! 護衛対象救助ッ!」


 叫ぶ。ヒップホルスターから自動拳銃を抜く。煙? いや、砂塵だ。その中に、人影――。

 撃った。弾かれた。金属音。インセクトゥムでは無い。トゥースでは無い。勿論、バブルでも無い。ならば――人間。強化外骨格、ムカデを纏った人間だ。

 寅号が回転し、飛びかかる。ぃーーん、と言う風鳴りに合わせて、砂塵が晴れる。

 ヒト型が拳を地面に打ち付けていた。

 目が無い。口も無い。凹凸もない。スラリとしながらも、どこか丸いデザインのソイツはのっぺらぼうだった。

 寅号の飛びかかり、遅れて申号、更に戌号。

 切り裂き魔リッパーをやり過した後の隙を噛み付き屋ニッパーの一撃。足を、捕らえる。戌号が、捻じる。ヒト型の足が悲鳴を上げ、噛み千切られる。中身が見えた。ここ数時間で良く見た物だった。肉ミミズ。つまりは――


「……本命か」


 呟く。

 動きの質が違った。考えの質が違った。明らかに殲滅を目的とした匂いがした。

 のっぺらぼうは、千切れた足を拾い、飛び退る。

 足と足を無理矢理くっつける。断面部でミミズがうねる。足が繋がった。


「――最近、この距離が多いな」


 舌打ち。

 周囲を見渡す。犠牲は――出てしまっている。子供を庇ったのだろう。コウコさんだ。未だ息はある。未だ。だが、拙い。


「午号、コウコさん回収、それと、君達。走れ。このことを、伝えろ」


 寅号、申号、戌号、亥号、ルドの近接戦闘に向いた四機と一匹が前衛に、酉号、巳号、未号のサポート及び精密射撃が得意な三機が中盤に、子号、卯号の情報班と、高火力な辰号、あまり戦闘に向いていない丑号は僕と共に後衛に付く。


「……」


 拳銃を収め、狙撃銃に持ち替える。

 この距離ではない。この距離ではないが、拳銃の威力では足りていなかった。

 立射。右肩にストック宛がい、ヒト型を銃口の先に置く。

 それを見てヒト型がステップを踏む。

 すっ、すっ、すっ。

 滑らかな動きだ。

 イメージする。銃口の先に糸がある。糸はヒト型と繋がっている。だから――

 すっ、すっ、すっ。

 ほら、ヒト型の動きに合わせて僕の銃口も動く。付いて行く。


「……」


 動きを見ろ。動きを終え。

 目を閉じるな。目を逸らすな。目を離すな。

 ちっ、ちっ、ちっ。

 頭の中で時計の秒針が鳴り続ける。

 前には行かせない。それ以上、前には。

 後ろには行かせない。僕よりも後ろには。

 少しで良い。少しだけで良い。子供達が逃げ切るまでの間だ。もう全員が僕の後ろに行った。だからあと少しだけ持ち堪えれば良い。

 そう思った。思っていた。

 ヒト型の横、散らばった荷物――だと思っていたモノが動いた。

 ムカデを纏った少年と、それに庇われた子供だ。

 それを、見て、ヒト型が――


「逃げろッ!」


 顔の無い顔で、笑った。


 叫ぶ。間に合わない。一撃が迫る。貫き手だ。生身の方を狙って繰り出している。肉など容易く貫く一撃。前衛のフォローは間に合わない。

 僕は引き金を引いた。

 大きい的である。腹を狙った。それが、拙かった。異形にやった様に、関節を狙うべきだった。

 大穴が開く。うじゅる。ミミズがのたうつ。穴が、塞がった。


「!」


 目を見開く。後悔する。

 手刀が、貫く。

 柔らかい肉を、生身の子供を。

 ――いや。


「……なん、で?」


 彼を庇った少年を、貫いた。


「カバァァッッ! 丑号、前衛に入れ!」


 切りかかり、体当たりをし、生身の子供をヒト型から引き離す。

 再度飛び退ったヒト型は、邪魔だと言わんばかりに、手の先でぐったりとした少年を捨てた。


「――――――――――――――――――」


 息を吸って、吐いた。呼吸をした。深く、ソレをした。深呼吸をした。

 僕は――怒り狂わない。それは僕の強さではない。

 だから僕は感情を殺す。

 冷静になる。なるべきだ。ならなければならない。なった。


「マーチェ」

『はいはい、お呼びでございますか、トウジ様』


 機械を通した音声が目の前のヒト型から聞こえる。何となくだったが、やはり見ていたか。聞いていたか。


「これが君の所の本命か?」

『えぇ、はい、そうでございます。本商品……そうですね、名前が無いのでドールとでも呼んでおきましょうか。ドールのリベレ氏族への納品、及びその根本技術と本商品のPRが今回のワタクシどもの目的でございます』


 ドール。人形。捻りがない。ありきたりなソレが、捨てた子供を見ずに、僕らに向けて構える。無手。それが構えスタイル


「僕を仕入れるという話はどうなった」

『継続中でございます。えぇ、商品開発部の方々と今、モニターを通して打ち合わせております。貴方様を『どう』するか『どんな』商品に仕上げるかを』

「僕の君への印象は最悪だが?」

『構いません。ワタクシどもが貴方に好意を持ち、評価しておりますので』

「……」


 そうか。気持ち悪いな。殺したい。


「先程、PRと?」

『えぇ、新商品のPRとして集落一つを滅ぼす絵を撮るつもりでございます』

「……これ一機なのだろうか?」

『? えぇ、そうでございます。貴方のデータを取ったらその後、集落を滅ぼします』

「舐め過ぎだな」

『いえいえ、残念ながら、現時点、この距離でしたらスペック上、貴方ではドールの相手にはなりえません、はい』


 自信に満ちたその声に、思わず笑う。

 笑ったまま、僕は言う。


「好感度を下げておこう」

『と、おっしゃいますと?』

「一発でこの欠陥品を壊してやる。良い絵が撮れるぞ? カメラを止めるなよ?」

『それはそれは……』


 失笑。

 ヒト型がそれを合図に重心を落とし、飛び掛かろうと――


「ついさっきだがな、出来るようになった」


 して来たので、殺気が乗るタイミングで、膝を撃ち抜いた。

 中途半端に跳んだヒト型は、バランスを崩して地面に落ちた。瞬時にルドの雷撃が、前衛モノズの斬撃が襲う。


『――ほほぅ、ここまで、でございますか』

「えぇ、ここまで、でございますよ?」

『殺気を読んで躱す。殺気を消して撃つ。一流と言った方々の、そう言った技法は心得ておりますが、いやはや、殺気に合わせる、と言った具合でしょうか? 素晴らしい。素晴らしいです、トウジ様。貴方は我らがアバカスの次期主力商品である英――』


 何か言っている。無視をする。


「止めだ。やれ」


 僕の合図を受け、ヒト型に無数の弾丸が降り注ぎ、最後に辰号のレーザーが焼き尽くした。頭だけが、ごろん、と転がるその最後を僕は見ずに、歩く。

 奴は弾丸位なら躱す。

 だが、躱せないタイミングもある。飛び掛かる瞬間、力を貯めた蹴り足などがそれだ。

 最近、近い距離での戦闘が多かった僕は、その距離での戦い方を考えていた。

 戦闘で、先ず僕の信じるものは自身の狙撃の腕だ。ならば、距離が変わってもソレを信じてやれば良い。一発を信じてやれば良い。これが、その一応の答えだった。

 その答えに一応の手応えを感じながら、それでもそれ以上の『ナニか』を感じながら僕は歩く。行く先には一人の少年だけが居た。


「……ボクは、見捨てたんです」


 その少年は少年だったモノを抱き上げ、泣いていた。


「ボクは、見捨てたんです。父様が彼を戦場に送ると決めた時、見捨てたんです」

「何も言わなかったんです」

「どんな目にあっているのかを知っていた!」

「彼の仲間が死んだことも知っていた!」

「彼が痩せて行くのも、彼の目が変わっていくのも、知っていた!」

「……知ってたんだ」

「だけど、何もしなかった」

「ボクは、何も、しなかったんです」

「なのに――」


 少年が僕を見上げる。

 泣いていた。酷い顔だ。鼻水がでて、口は歪んで、しゃくりあげながら、泣きながら、彼は僕を見て、泣き叫ぶ。


「――どうして彼は僕を庇ったんですかぁ!」

「君のことを、弟の様だと言っていた。兄の様だとも言っていた。まぁ、そう言うことだろう」

「っ!」


 しゃくりあげる少年を無視して、引き返す。

 頭部装甲を外し、顔を出して、転がったヒト型の頭を足で転がし、空を見せてやる。


「未だ、居るだろうか?」

『えぇ、未だ、そちらの様子はしっかりと』

「通信可能と言うことは、近くに居るのだろうか?」

『居る、と言いましたら?』

「殺す、とでもお答えします」

『おや、怖い』


 言葉とは裏腹に、軽い笑いが聞こえた。


「ツリークリスタル影響下だ。近くに居るのだろう? どこに居る。答えろ」

『いえ、本当に近くには居りません。えぇ、弊社の技術です。――ねぇ、トウジ様? どうしてツリークリスタルは電波を飛ばしているのですか?』

「僕が知るか」


 吐き捨てる様にそう言った。

 考えた方が良いのかもしれない。今のが何かのヒントなのかもしれない。だが、ささくれ立った今の気分では、そんなことをやる気にはなれない。


『おや、ご名答。……何やら泣き声が聞こえますが、何か?』

「友達を失った子供がいる。それだけです」

『それはそれは……。御悔やみを申し上げます。ん? もしかして、トウジ様は、もしかして、そのことでお怒りでございますか』

「まさか。僕と死んだ彼に大した繋がりは無い。泣けないよ」

『良いことだと思います』


 心底からの称賛だった。そして僕も、それは『良いこと』だと思ってしまっていた。

 成程。僕は随分と彼等好みの思考だ。反吐が出る。


「だが、君に、償いはして貰うぞ」

「命は命で、一つは一つだ」

「分かるな? 何なら言ってやる」


 一息。機械の左足で踏みつけるヒト型に体重を掛けながら――


「殺してやる」


 返事を待たずに踏み砕いた。

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