武力交渉
マーチェは宣言通り、周囲に居なかった。
だが、戦争はまだ終わっていない。リベレ氏族が残っている。
担がれたのか、どうなのか、その辺りの事情は知らないが、吹っ掛けて来たのは相手からだ。
徹底的にやることにしよう。
その方が後の処理が楽だ。
何より――ストレスの発散位にはなる。
リベレ氏族の騎兵隊が見えた。
先頭を走る男が駆るのは蜘蛛の様なイキモノだった。
複眼、多脚、それは岩山などの足場が不安定な場所でこそ、その性能を発揮する構造だった。
だが、装甲を纏い、滑る様に平野を走る今の姿も中々どうして様に成っている。
それでも、撃って殺せばただの肉で、障害物だ。
指に掛かる命を刈り取る。
装甲のスリットから弾丸を入れてやると、蜘蛛の複眼の一つが弾けて、転ぶ。後続は速度を殺しきれずに、大混乱だ。
列が詰まり、詰まった列に更に後続が突っ込み、重さと速さで死んでいく。
どうやらマーチェの会社はアフターサービスが成って居ないらしい。新商品がどうなったかを伝えていないようだ。
リベレ氏族は、勝ちだけを拾いに来たようなテンションだったので、兵も散らさずに、さして警戒もしていない。数は、三百。今のでどれだけ死んだかな?
そんなことを考えながら、空薬莢を吐き出させる。かぁん、と地面に落ちる。
「S1ヒット」
『S2同じく』『S3、ヒット』『S4当ててやったぜ!』
「戦線停滞を確認。下の連中が交戦を開始した。僕等は暫く待機だ。伝令が到着次第、再度狙撃を開始、外すなよ?」
『了解』『S3、了解』『誰に言ってんだよ、ラチェット?』
「君に言っている、S4」
冗談交じりに言ってやると、お調子者がはしゃぎ出した。
軽くため息を吐く。
レオーネ氏族の中の狙撃に長けた者達と共に岩山に配置された僕は、話し合いの結果、何故か狙撃中隊のリーダーに祭り上げられていた。
正直、他人に命令すると言うのは慣れないので、やりたくない。だが、まぁ、選んでもらったのだから『良い経験』と割り切って頑張ってみよう。
――……
電子音無しに巳号が転がり、抗議する様に、ぶつかって来た。微妙に不機嫌だ。S2のコールを取られたのが気に食わないらしい。何て我儘。
「まぁ、今回だけだ。我慢してくれ」
――ぴっ
渋々と言った感じに弱々しく点滅する巳号の目、それとは対称的に、力強く咆哮を上げるリカン率いる歩兵部隊が止まった戦線に悲鳴を上げさせる。
その様子を見て、僕は勝ちを確信した。
モルタルの床は冷たく、滑らかだ。
そこを蹴る僕の機械の左足からは高い音がした。
着慣れないスーツは酷く動き難く、首の苦しさは第一ボタンまでしっかりと留めたせいなのか、締めたネクタイのせいなのか。
僕は正装をしてとあるビルの廊下を歩いていた。
苦しい思いをしているが、僕よりも苦しそうなリカンが居るので、まだ我慢できる。
リカンは、ぱっつんぱっつんだった。とっても、ぱっつんぱっつんだった。
正直、見ている分には面白い。
だが、これから話し合いの席に着くと言うことを考えると不安になる。
スーツを着慣れていないと言うことは、それだけスーツを着る機会が、こう言った話し合いの機会に立ち会うことが無かったと言うことだ。
僕もあまりない。
ここはパンツルックの出来るキャリアウーマン風な猫耳眼鏡に頼っておこう。
猫耳眼鏡を見て、そんなことを考えていたら振り向いた彼女と目が合った。
「任せた」
力強く頷く。
「うむ。任せたであるぞ」
リカンも同じ様に頷いた。
「――」
猫耳眼鏡の目のハイライトが死んでいた。呆れた様な視線が僕らに向く。
そんな目で見ないで欲しい。僕は黒服、サングラス装備で、リカンの合図に合わせてサングラスを取って睨むだけの役割だ。人間で、レオーネ氏族でも無い以上、話し合いには参加できない。
若様をしっかり躾けなかった君達が悪い。
まぁ、この話し合いの経験を糧に成長してくれることを祈ろう。
話し合い。そう、話し合いだ。
挟み撃ちをされ、敗走すら許されない位に徹底的に
経戦の意思を見せたのだ。もう誰の目から見ても――それこそリベレ氏族から見ても敗戦は明らかなのに、だ。
理由は簡単。
スポンサーが許してくれなかったから。
その結果、三日ほど前に、スポンサーとレオーネ氏族の間で板挟みになったリベレ氏族の代表者が、族長の首を手土産に『どうかスポンサーの説得にご協力下さい』と泣きついて来た。
ふざけんな。ぶっ殺すぞ。舐めてんのかくらぁ! などの意見は当然出た。だが、落としどころは必要だ。何時までも戦争ばかりしては行けないよ。許しあうことが大切なんだ。先ずは靴舐めからな。と、言う年長者の意見が尊重され、リカンが派遣されることになった。
人選ミスだとは思うが、今の状況ですら序列六位のリカンはこれからも上に行く。『こう言うことには慣れておけ』と言う、これまた年長者の意見が通ってしまった。
そして寂しがりやのリカンは『サングラスを外して威嚇する役』と言う良く分からない役目をでっち上げて僕を巻き込んでくれたと言うわけだ。
死ねとまでは言わないが、足の小指を角にぶつける位はすれば良いと思う。
まぁ、そうは言っても僕もマーチェの情報は欲しい。その席でリベレ氏族を問い詰めよう。
それにしても――
と、周りを見渡し思う。
テント暮らしの野営暮らしのレオーネ氏族とは随分と文化様式が違う。ガラス張りのビルの中は空調が効いており、何時か入った天津鉱業の様な空気だった。
ここはスポンサーの陣地だと言う。
「……」
明らかにリカン達とは資金力に差がある。まともに戦争をしたらどうなるか――
「リカン、レオーネ氏族はここの連中に何かしたのか?」
尻尾を踏んだにしても、猛獣過ぎるだろ? と、僕。
「どうであろうな? 一応、お前が来る前に大きい仕事を回して貰ったスポンサーではるが、その際にも特に問題を起こした覚えは無いのであるが……」
むむん、と唸ってリカン。
「まぁ、生きてるだけで誰かを知らずに怒らせることもある。そう言うことであるな」
「それはそれは――」
何とも世知辛いことで。
僕は軽く肩を竦めて前を歩くリカンに続いた。
通された応接間は人間基準で見て、応接間らしい応接間だった。
このビルと言い、こう言った内装と言い、トゥースは随分と人間側に寄せた感覚を持って居るらしい。……いや、寄せた、と言う表現はおかしいな。やはり、トゥースは元が人間なのだと分かった。多分、この表現の方が近い。
ガラス張りの机を挟む様に、黒革のソファーが二つ。壁に貼られた絵は、今の世界を描いた赤い大地だった。
ソファーの片側には既に先方がお越しになられ、埋まっていた。
リカンと猫耳眼鏡はその向かい側に座り、僕はその二人のガードとして振る舞う様に後ろに立った。
相手側の複眼の男には見覚えがあった。リベレ氏族の代表者だ。
だからその隣に居るのがスポンサー様だろう。
犬だった。エジ辺りの壁画にこんなんいたなぁーと思わせる細見の犬の頭を持った男だった。随分と人間からは遠い。牙は鋭く、眼光も鋭い。懐に銃の膨らみは無いが、代わりに装飾品の様にゴテゴテと指に嵌められている黒い金属の指輪の用途を考えると、実に分かりやすい。
「D.Dだ。一族を代表して和平交渉に来た」
犬面の男――D.Dはどこか気怠そうにそんなことを言った。
「……」
サングラスで視線が隠れていることを良いことに、僕はD.Dを見つめる。
話が違う。スポンサーがごねているから戦争が止められない、と言うのがリベレ氏族の言い分だったはずだ。
だが、今、この男は和平交渉と言った。事前に聞いていた話とは随分と『色』が違う。
僕はそう思っていた。だが、そんなことは無かった。
「詫びを入れろレオーネ。それでこの話はお終いにしてやる」
「――ほぅ」
酷く、傲慢なその物言いを受けて、何かが破れる様な音がした。リカンからだ。スーツの何処か破れてしまったのだろう。
「今回の戦はそちらから攻めて来たと言う認識である」
「間違ってはいない」
「勝ったのは我等である」
「リベレに関しては、まぁ、そうだな」
「――我らに詫びろ、と?」
「そうだ。それとも何だ? 貴様は俺達に詫びろと言うのか?」
「そうだ」
「そうか」
チリチリと焦げ付くような匂いがする。
戦場で良く嗅ぐ匂いだ。殺し合いの場に流れる匂いだ。殺気、そういう種類の匂いだ。
勘弁してほしい。今はモノズ達はいないし、僕はムカデも来ていない。始められたら猫耳眼鏡よりも先に殺される自身がある。
だが、そうは成らなかった。
「残念だ」
特にそう思っていないことが良く分かる声音でD.Dが言って、立ち上がる。
「……待て」
リカンが低い声で呼び止め、怒りに震えながらゆっくりと頭を下げる。
「レオーネ氏族として、此度の戦争に関して謝罪をする」
「受け入れよう」
横柄な態度でD.Dはそれを受け入れ、ソファーに座り直す。
これにて和平交渉は完了。そう言うことだった。
力、軍事力、そう言った物を使った理不尽なまでに一方的な交渉だった。
以前、僕も天津鋼業相手にやったことがある。
アレは短期的に有利を取り、長期的な部分に関しては僕よりも、相手よりも格上であるアロウン社を使うことで対処したが……。
成程。
これが『本当に強い集団』の交渉か。
兵器の歴史は攻撃の歴史だ。防御を固めるよりも、攻撃を充実させる方が容易い。一台で億を超える様な戦車を壊せる対戦車ミサイルはその二十分の一程の値段で買える。
だから、攻撃力は揃えることはできるだろう。
だが。攻撃力は同じくらいかもしれないが、体力が違い過ぎる。
群れであり、老若男女が存在するレオーネ氏族は、継続的な戦争を許容できなかった。
リカンの四つの拳が軋みを上げる。握ったそこから赤い血が流れ出ていた。今にも噛みつかんとする己を律するのが精一杯なのだろう。牙を剥くリカンの口から言葉は出てきそうにない。
猫耳眼鏡がこちらを見る。その耳が、助けを求める様に、へたっ、と垂れた。
――仕方が無い。
頭を掻き、軽く手を上げる。D.Dの視線を貰う。
言ってみろ、そんな感じで顎で指される。
「質問を。何故、レオーネ氏族を攻撃したのですか?」
「その前に、お前、人間か?」
「……」
僕は無言でサングラスを外した。
「ふん。何処の一族の出かは知らんが良い目だ」
「……」
トゥースと判断されたので、僕は無言で凹んだ。
「近々、戦争の予定がある。その相手にレオーネが雇われたことがあるからな、事前に潰して置きたかったのだ。レオーネの厄介さは知っていたからな」
「先立ってそちらが雇えば良かったのでは?」
「――今は、そう言う方針だ。リベレと、売られた新兵器とやらが今一だったからな」
「『今』は?」
つまりは――
「ふむ。レオーネの小倅よりも頭が回るようだな。これから、その条件を詰めたい」
傲慢に、横柄に、D.Dはソファーに体重をかける。
「今回の戦争は、良い戦争だったぞ、レオーネ。雇ってやる。俺達は人間相手に戦争を始める。レオーネ、先ずは人間と手を切れ」
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