標本造り
頭を撃っても死なない。
手足を切ってもにじって動く。
今の所、効果があったのはルドの雷撃のみ。ならば――
「テントは『燃えた』と言うよりも『燃やした』のだろうな」
それを証明する様にレオーネ氏族の戦士がぶん投げた人間大のナニかが燃え盛るテントに放り投げられた。断末魔すら上げずに、それでも獲物を求めて這い出ようとするソレは恐怖すら感じない程に空想めいたモノだった。
狙撃銃を放り投げ――様として大型のモノズが居ないことに気が付く。背中に背負った。この相手は狙撃では殺せない。ならば一発撃って次弾に時間がかかる狙撃銃よりは、連射が効く拳銃の方がまだましだ。……まぁ、言ってしまえば、そもそも、銃との相性がよろしくない。
僕の小隊の戦力だと有効なのは、ルド、辰号、続いて斬撃が特異な寅号、申号、一応、戌号、『縫い留める』方向でクロスボウくらいだろう。
因みに辰号、寅号はお留守番で、クロスボウは同じくお留守番の丑号が持って居る。
今度から最低でも丑号は何処へ行くにも連れて行こう。
「子号、通信。先ずは合流を優先。僕達は街に入らない。向こうを来させてくれ」
そんなことを考えながら、指示を出す。
――ピッ!
端末に通信。戌号からだ。
戦術提案:合流部隊の編制を提案 メンバー → 我、申号、ルドルフ
成程。確かに、こちら側からも道を造った方が良いだろう。
「申号、ルド、戌号とA1を。言い出しっぺの君がリーダーだ、戌号」
――ピッ! と鳴って、ひゃん、と鳴く。
二機と一匹は子号の指示を受けながら駆けて行った。
その間に、こちらもやれることをやっておこう。
子供達にも手伝わせ、残りのモノズを使い塹壕とバリケードを造って置く。
ミミズ人間が相手ならば――と、塹壕の後ろにバリケードを造る構造にした。
丁度良く、と言うか何と言うか、一人やって来たので手足を捥いで這わせて見た。
バリケードに阻まれ、塹壕に落ちてウゴウゴしていた。暫く見ていたら、傷口、鼻、口、目などの孔と言う孔からミミズが這い出て来た。押し出され、ころん、と転がる眼球が酷く目に残る。そうして這い出た肉虫は獲物を求めるようにバリケードを登り始めた。
「卯号、建材」
これ以上見ていても始末が面倒だ。ミミズが広がる前に建材で固める。
分かってはいたが、中々に厳しいな。
何人か逃げて来た人間とトゥースを匿った。
中に居たうるさいのが『何故こんなところで待っているのだ! さっさと戦え!』と喚いていたが無視する。
僕はそれ程強くない。準備無しで出れば死ぬだけだ。それでも手持ち無沙汰なのは確かなので、卯号、巳号と協力して、ミミズ人間に対抗できそうな武器を造って置く。
戌号達を送り出してから十五分ほどが経った。丑号達とトーチカの住人を引き連れて彼らが返って来た。
「被害報告を」
「直ぐに籠城したのと、モノズ達のお陰で私達は、ただ、人間村の方は……」
「そうか」
恐らく駄目だな。
コウコさんからの報告にその言葉を飲み込んだ。
帽子と狙撃銃を丑号に渡し、頭部装甲とクロスボウを受け取る。何時も通りに子号とクロスボウを繋――ごうとして卯号に繋ぐ。準備をしていた子号には悪いが、彼には留守番を頼みたい。
いい加減に無視していた外野の一部が煩い。
仕事をしよう。
「僕、丑号、寅号、卯号、申号をA1とする。手足を切った後、地面に縫い付ける方法で対処しよう」
「酉号、戌号、ルド、A2。ルドの雷撃を中心に、酉号、戌号はフォローを。引き続き、リーダーは君だ、戌号。恐らく、君達の方が効率的だろうから頼む」
「子号、辰号、巳号、午号、未号、亥号、C1。ここを守れ、リーダーは子号、君だ。頼む。あぁ、未号は矢を作ってくれ。亥号、定期的に運搬を、君なら戦闘能力もある」
「生憎と今回の戦場は僕向きじゃぁ無い」
「悲しいことだ」
「それでも仕事だからやらなければならない。何と言っても襲われているのが雇い主だ」
「悲しいことにな」
「そんな分けで、行ってみようか。
黒天の騎士団は総勢で百名を超える大所帯だった。
その大半が非戦闘員であり、スリーパーだと言う。
つまりは、スリーパー保護の為に動いていた団体だったのだ。
入院中に僕に接触してきたのも、スリーパーであり、腕が良い僕のスカウトだった。
彼等は良い人だった。
だが、良い人『だった』、だ。今は違う。それら全てがミミズ人間になり果てている。
引き金を引く。ひゅん、と鳴き声が上がり、ボスン! と鈍い音が遅れて響く。
「……」
気味は悪いが無力化は出来た。
ソレを確認し、僕は自宅である人間村を目指す。
黒天の騎士団の住処は人間村の傍だ。僕の雇い主様もそこにいらっしゃるだろう。
三分ほど走った。キチン質の外骨格を纏った四つ腕の巨漢がガトリングガンを両手――あぁ、何か違う。左右に持ち、ミンチを造っていた。
弾切れ。その隙を狙うかのように二人のミミズ人間が走り寄ってくる。リカンはソレを嫌い、下がる。だから僕が代わりに前に出る。
走るゾンビとか最強だな。
そんなことを、考えながら。
「ハンバーグが食べれなくなったらどうしてくれるんだ?」
「? おう、ラチェットであるか!」
走るゾンビは恋する乙女よりも一途なので、不意打ちがやり易い。寅号と申号が達磨を造ったので、僕は標本を造った。
「む! 良いであるな、それ」
「後で処理は必要ですがね」
ほれ、と傷口からリカン目指して溢れ出すミミズを見せる。
「……これを見てハンバーグ食べられるのなら、我のを見ても問題ないであろう?」
言いながらリカンがポケットから何か取り出す。卵……の様に見える。
それを僕作成の標本に投げ付ける。割れる。何時ぞやのウジ虫が溢れ出し、標本を包む様にして繭が造られた。ミミズの流出も無くなった。
「……今のコレで完全に食べられなくなった」
「では、見て慣れるが良いである。……団体客のお出ましである」
リカンの視線を追う。成程、九人か。小さい旅館とかだと予約なしで来られるには厳しい人数だろうな。
リカンが左右に構えていたガトリングガンを落とす。重い音が響き、続いて甲高い金属音。四つの腕に四つの曲刀を持ち――リカンの身体が下がる。
それは獲物に飛びかかる肉食獣の様だった。
だったら結果もそうあるべきだろう。
寅号と申号もやる気だ。
団体九名様はあっという間に標本九体に変わった。
簡単すぎる。
「……リカン、コレの犯人は恐らくマーチェさんだ」
「で、あろうな。それがどうかしたであるか?」
「君は、今後、彼女の属する商会で買い物をする気は有るか?」
「……有る分けが無いであろう」
うへぇ、と嫌そうな声でリカン。
まぁ、そうだろうな。
「では、外側から見てどうだ? 今回のコレの被害者では無く、第三者、それでもこの事件を知っているという立場からならどうだ?」
「? それでも買わんな。奴等窓口の傭兵がこうなったと知っている以上、この会社の商品は買わないである」
「何故だ?」
「何故と言われても……信用できない――あぁ、そうであるか」
「信用の重要さなど、僕らよりも商人の方が良く知っている。つまり、信用を売って尚、構わないだけの利益がある。次の質問だ。コレはそれ程の利益が産めそうだろうか?」
コレ。言いながらウゴウゴミミズ人間を指さす。
「無理であるな。消耗品であるし、確かに殺し難いが、それだけである」
「では、殺し難い消耗品の使い道は?」
「陽動、であるな?」
「恐らくは」
間。
「……」
「……」
僕とリカンは真面目な空気を維持したまま、五秒ほど固まった。
周囲の戦闘音は未だに消えない。
「それで、ラチェット? 我等はどうするべきであるか?」
「本命が分からない上に、陽動も十分に脅威ですので……」
「『ですので』?」
「陽動であることを頭に入れつつ、陽動に引っかかるしかありませんね」
「……今一、締まらないであるな」
「漫画じゃないんだ。僕達が気が付いた瞬間に本命が登場してくれるわけではないさ」
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