ガン・ドッグ
戦場の犬
荒れた大地に降り注ぐ太陽光は随分と攻撃的だ。
遮蔽物の代わりに成るような物が特にないからだろうか? ツリークリスタルは、枝はあるが葉は無い。
ギリースーツは酷く蒸す。身に纏う強化外骨格、ハウンドモデルは冷房が付いている分けでは無いので、只管に辛いだけだ。
覗き込む双眼鏡も熱い。覗く先にはツリークリスタルの群生地が見えている。
それなり程度に伸びているが、言ってしまえば『それなり』だ。遮蔽物になる部分もあれば、正直、隠れることは出来ない部分もある。
――自分なら進軍ルートにこれを選ぶだろうか?
考える。
半々だろう。そんな結論が出た。通らないといけないのならば、通る。別のルートがあるのならば通らない。そう言うルートだ。果たして蟲人間である敵性宇宙人、インセクトゥム共ならばどうだろうか?
覗き込む双眼鏡の中の景色に変化はない。
だが、顎の下に動きがあった。
地面に溶ける様に伏せている僕の胸の辺りに潜り込んでいた毛玉が動いたのだろう。
双眼鏡から目を放し、視線を下に向けてみれば。一匹の犬が居た。
ウェルッシュコーギー・ペンブローグ・サンダーボルト。
遺伝子改良されたきな粉おはぎは、狐の様な三角形の耳で僕の顎の下をくすぐっていた。
ルド。ルドルフ。
麦茶色の毛玉は軽く左右を見渡した後、とある方向に顔を向けて止まった。耳が、くぃー、と稼働して真っすぐにそちらの音を拾う様な仕草をする。
人間とは比べ物にならない犬の耳が音を拾ったのだろう。そちらに双眼鏡を向ける。生憎とまだ何も見えない。
「卯号、索敵を頼む。方角は北北西だ」
――ピッ!
返ってくる了解の電子音。
僕と同じ様に地面に隠れているモノズ達の内、索敵が上手い卯号に指示を出す。大きく口を開けた卯号が、その口の中のアンテナを僕が指示した方向に向けた。
数秒。電子音と共にゴーグルに情報が送られてくる。インセクトゥムの進軍を確認。種別としては
「――」
骨のネックレスを握る。痛み。
三秒、考える。
結論、余り僕向きの獲物ではない。
狙撃手である僕の強みは射程だ。だが、殲滅能力は無い。散兵相手にワンショットで一人を仕留めても、残りは仕留められない。相手が偵察を目的としている以上、ソレを阻止するためには攻撃を開始したら終わらせなければならない。
「――退こう」
僕の判断。
受けて、隠れていた僕の戦力が顔を出す。
犬が一匹に、モノズが十二機。
今日も元気な
僕には過去が無かった。
僕には記憶が無かった。
僕にはお金が無かった。
だから僕は傭兵になって、猟犬になった。
そんな分けで僕は傭兵として日々を生きる糧を得ている。
だから僕の仕事場は戦場だ。今の仕事は傭兵らしい傭兵業。言っていて何が何だか分からなくなりそうだが、要は雇われて戦場に立つお仕事だ。
モノズに指示を出してから十五分ほど、中腰で走る。ある程度敵から離れた所で、午号をモノクへと変形させて、またがる。フルスロットル。勢いよく開いたアクセルが呻りを上げて、速度を吐き出す。人の手が入って居ないツリークリスタルの群生地は酷く走り難い。がたがたと跳ねる午号を体重で押し込めながら僕は彼を走らせた。
十五分後。
整地された道に出た。目的地が近い。午号から降りて、待つ。戌号、亥号、酉号、卯号、それとルド。この辺りは足が速い。直ぐにゴールした。未号、申号、巳号、寅号がそれに続く。子号もそれから暫くしてやって来た。重い荷物がネックなのだろう。丑号がその後に来た。そして何も荷物を背負っていないはずの辰号が最後尾を飾った。「……」。何故だろう?
「僕は閣下に報告してくる。子号、君は付いてきてくれ。他は休息を取れ。ルドは食事を摂る様に」
ォン、と言う吼え声と、ピッ、と言う電子音を受けて、歩き出す。足元に子号が転がって来た。確保。他のモノズとは違い、シリコンで造られた子号のボディは汚れが目立つ。丑号から先程受け取ったタオルで磨きながら歩く。緩やかに、弱々しく、子号の眼が点滅する。どこか満足そうな空気を感じた。
革張りの天幕が見えてきた。
「北北西に敵影、種別は
天幕の中では大きなテーブルと、そこに広げられた地図、そして幾つかの駒があった。僕は『僕』を示す胴長短足のコーギーの駒を置き、その鼻面を北北西に向けて、敵が居ると思われる場所を指示した。
その報告を受けたのは若い男――いや、少年――いや、男の子だ。
年の頃は十に届くかどうかと言った所。傷一つないタタラ重工製の高機動戦闘用の強化外骨格、シロガネを纏った彼は声代わりしていない声で「うむ!」と言った。
手入れの行き届いた髪に、ふっくらと膨らんだ頬、その手にはマメ一つなく、苦労は刻まれていない。
だから、僕の報告を受けても返事はするが、それだけだった。
インセクトゥムに奪われた土地と接するが故の、インセクトゥムとの戦争の最前線。そんな厳めしい字面が並ぶこの戦場は随分と前に落ち着きを取り戻しており、お金持ちのお坊ちゃん、お嬢ちゃんの箔付けに使われていた。
だからこのあたりの区画を担当する司令官は目の前の閣下ではあるが、金で昇った地位なので特に何が出来るわけではないし、僕も、いや、僕等も彼には特に何かを期待している分けでは無い。
僕の報告だって、閣下と言うよりは天幕の中の全員に伝えただけだ。
「そ、それで、どうしてお前は戻ってきているのだ? なぜ、戦わなかったのだ?」
だから黙ってろよ、
「は。全滅させるには色々なモノが足りませんでしたので……」
出そうになった悪態をごっくんして、ニッコリ笑顔で僕はそう言った。
「ひっ! せ、責めている分けでは無いぞ! 本当だぞ! だからそんな怖い顔で睨むんじゃない! 怖くなんてないんだからなっ!」
「……」
微妙に矛盾しつつ、失礼なことを言う……。僕は失礼を承知で帽子を深く被り、目線を閣下から隠した。そのまま、視線を廻りに走らせる。「それで、どうする?」。問いかけ。向けた先は僕同様に閣下に雇われた他の小隊の傭兵たちだ。
彼等と僕は目線で意見を交わし合い、最終的に閣下の横に立つ男に視線を投げた。
頬に傷のある老齢の男だった。
小柄な男だった。
それでも歴戦、と言う言葉が似あう男だった。
纏う強化外骨格はタタラ重工の『匂い』を残すものの、改造され過ぎて元を特定することは不可能であり、その無数の傷に相応しいだけの戦歴と、その戦歴を生き延びることを持ち主に許した強化外骨格だった。
戦場で産声を上げて、戦場で育ち、戦場で死んでいく。それが似合うその老兵の本職は、モーニングスーツを纏っての執事業だと言うのだから冗談にしか思えない。
閣下曰く、爺。
僕達、傭兵連中に言わせれば軍曹。
実質、この区画の司令官を担って居る男は、周囲からの視線を受けると、鋭い視線を地図に走らせ、口を開こうと――
「偵察を出すべきです、閣下!」
したところで、馬鹿が割り込んできた。
僕達、傭兵連中が絶対に目を向けなかった場所。閣下を挟んで軍曹との反対側に立つ九官鳥がそんなことをのたまった。
「――」
ファック。
聞こえない様に口の中で悪態を転がす。傭兵連中との視線でのパス回しを再開。僕にボールが回ってきた所で、全員がボールの受け取りを拒否して下さった。
「……はぁ」
がりがり。頭を掻く。全身から嫌々オーラを出しながら、視線を声の出どころへ向ける。
眼鏡をかけた優男。肩に掛かるほどの茶髪を掻き揚げる様子は様になって居るが、彼への評価がマイナスである以上、丸刈りにしてやりたいと言う感情以外は特に上がってこない。
「意味はありません、作戦参謀殿」
「意味? 意味が無い? ちょぉぉぉぉぉぉっと、待ってくれたまえ、傭兵くん! も、もしかして、もしかしてだがっ! ……き、君は今、意味が無いと、言ったのかね?」
マイガッ! と、オーバーリアクションで嘆きだす作戦参謀殿。
そんな彼に伝えたい言葉。『言ったんだよ、クソが』。
それをオブラートに包むと――
「はい、そう言いました」
となる。
「馬鹿なッ! 君は情報の大切さを理解していないのかい!? 戦場で最も重要なのは情報だ! それを理解できていない者が傭兵になって居るとは……嘆かわしい」
「敵の位置は判明しています。
「その為に偵察が必要だと言っている!」
「……」
偵察の結果、その結論が出ていると言っている。
「……悪戯に戦力を分散させるだけです。見つかって居ないこの本陣の位置もばれるかもしれない。仕事内容が防衛・警戒である以上、大隊の方に情報を投げるべきかと――」
「情報を送る為に偵察が必要なのだ!」
「…………」
偵察の結果、送る情報が有るって言ってんだろうが!
あぁ、くそう。駄目だ。坊ちゃん采配だ。『情報は大事』の言葉に酔っ払い必要の無い偵察を出して仕事をした気になる不治の病だ。がりがり。頭を掻く。助けを求める様に軍曹を見る。目礼。意味は『すまんな』。それを受けると同時に――
「うむ、そうだな、索敵を出そう!」
声代わりを迎えていない声が結論を出してしまった。
坊ちゃんには酷く受けが良い。これもまた、坊ちゃん采配の悪い所だ。
あとがき
と、言う分けでガン・ドッグ編です。
また暫くお付き合いくださいませー。
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