幸せ計画

 カミサワ重工は職人組合の中でも有数の大企業――では無い。

 だが、アキトの言った通り、工場が大きい。その大きい工場で技術者は好き勝手に色々な物に手を出している。

 元々は効率重視の大企業だったのだが、それでは面白くない! と、今の社長が良くない方向にハッスルしてしまい、結果として、利益よりも面白さを優先させているのが今のカミサワ重工だと言う分けだ。

 最低限の商品はモノズ任せのラインで造っているが、大体の技術者が好き勝手に自分の好きな物を作っている。それがカミサワ重工だ。それで良いのかカミサワ重工。ファンが居るので問題ないらしい。それで良いんだ、カミサワ重工……。


「ここか」


 そして僕は今、そんなカミサワ重工の前に来ている。新しいムカデのテストパイロットとして雇われたからだ。観測手がいると言うことだったので、子号を連れて来た。

 その子号に視線を移してみる。

 目が死んでいた。

 ルドがじゃれ付いているからだ。涎でべっとべとだ。

 本来ならばイービィーと一緒に留守番予定だったルドだが、気が付いたら後ろに居て、寝床にしている宿からは結構離れていたので、そのまま連れて来た。

 そんな分けで僕は毛玉と金属球を引き連れて、カミサワ重工の門を潜る。

 転がる子号に後ろ足立ちのルドがじゃれ付いているせいで、まるで玉転がしの様になっているのが面白い。

 大理石張りの受付で名前と要件を告げる。身分証明書代わりの左手のクリスタルに感アリ。名前と所属、及び備考欄の猟犬の項目のみを読み取りを許可する。

 暫し待つ様に言われたため、傍に有った椅子に体重を預ける。アイスコーヒーが差し出されたので、クリームのみを入れてストローで乳白色が混ざって濁ったコーヒーを掻き混ぜる。

 ルドがやって来た。えいや! と二本足で立ちあがり股間の間から顔を覗かせてくる。胴が長いので体高からの想像以上に高い所に届くと言うのが最近の発見だ。因みに、狙いは、クリームの入っていた空の器だ。ぺろぺろと鼻面を舐めながらおねだりしてくる。

 別にやっても良いのだが、流石に出先でソレは行儀が悪い。僕は無視をすることにした。ルドは諦めずに、今度は僕の膝に乗ろうとしてくる。昇ろうとする度に、空を掻く後ろ足が酷く可愛らしい。仕方が無いので膝に乗せ、周りから見えない様にしながら空の容器を与えてやる。

 一通り舐め終えたルドは満足した! と言いたげに、ふぅん! と溜め息を吐き出した。小生意気だ。顎の下を撫でてやると、遊んで貰えると判断したのか、手にじゃれ付いてきた。


「やぁ、ごめん! 待たせちゃったね、トウジ!」


 そうして五分ほど過ごしたら、アキトがやって来た。

 流石に今日は髪もちゃんとしているし、汚れた作業着では無く、会社のロゴが入ったジャンバーを着ている。


「いえ、それ程待ってはいません。それより犬を連れて行っても良いですか?」


 膝の上でルドが、ひゃん、と鳴いた。楽しそうに尻尾を振っている。帰る気は無さそうだ。


「あぁ、別に良いよ。観測手ってことにしとこうか、無理があるけど!」

「えぇ、まぁ、無理がありますけど、それで行きましょう」


 それで良い、とでも言いたげにもう一度ルドが鳴いた。







 今回の最終コンペに残ったのは、アキトともう一人。

 つまりは二案だ。

 はっぴぃプロジェクトの第二弾、狙撃手用のムカデであるトリガーハッピー。それが今回の商品の名前だ。

 第一弾の近接戦闘用のブレードハッピーのヒットを受けての開発なので、それなり以上に会社側も力を入れているらしい。

 最終コンペの方法は単純だ。公平を期する為に、開発者二人と会社側が用意したテストパイロットが二つのムカデを試し、様々なテストを行う。

 まぁ、言い方を変えれば、今、この場には“それなり”以上の腕前のスナイパーが三人いる。

 そして、その中に僕の見知った顔が居た。

 レザーコート、テンガロンハット、紫煙を燻らす彼の傍らには一機のモノズと二匹のグレイハウンドがしゃん、とお座りしている。

 僕が知る限りで最高のスナイパーがそこに居た。

 つまりは――


「お久しぶりです、師匠」

「あぁ、久しいな。俺のパピー、調子はどうだ?」

「まぁ、ボチボチです」


 師匠に向かってルドが歩いていく。アーシェリカに遊んで貰おうと思ったのだろう。すまし顔のアーシェリカと比べると、躾がしっかりされていないみたいなので止めて欲しい。

 そんなルドの首をアーシェリカが咥え、そのまま僕の方にやってくる。そして、ルドを下ろして、オン、と吼えた。


 ――貴方がちゃんとしつけないと駄目でしょう?


 そう言われた様な気がした。レディは手厳しい。僕は誤魔化す様に頬を掻いて、ルドを抱き上げた。おろせこらぁー、と暴れるが知ったことか。


「師匠も今回の最終コンペに?」

「あぁ、その通りだ。引退したから断ろうと思ったのだが、ここの社長には世話になっていたからな、仕方なく、で引き受けたのだが……いい機会だったな」


 にやりと挑発する様に笑う師匠。省略された言葉は何だろうか? 『弟子の成長を見るには』辺りだろうか。


「そうですね。『安心して引退するには』良い機会ですね」


 だから僕も笑ってそう言った。


「ふっ」


 言うようになったじゃないか、そんな感じで肩を叩かれる。


「へぇ、知らない顔だと思ってたけど、アナタ、猟犬の知り合いなの?」


 と、そんな心温まる師弟の触れ合いを見ていた三人目に声を掛けられる。

 女言葉だが、酷く声が低い。

 そちらを向くと、サングラスを付けたスキンヘッドの巨漢が居た。

 アレックスだ。


「アナタの依頼主、アタシの依頼主と違ってお金が無いみたいだから、どんな奴を連れてくるのかと思ってたンだ・け・ど――期待しちゃっても良いのかしらね?」


 サングラスを外してウィンクされた。


「……」


 言葉を失う。久しぶりに会ったアレックスは大変なことになっていた。

 具体的には唇がキスを誘う様に、ぷるん、としてたりする。


「えー……」


 言葉を探す。出て来ない。仕方が無い。


「貴方に、何があったのですか、アレックス?」


 率直に尋ねる。

 アレックスは何故だか驚いたように瞬きを繰り返している。まつ毛も長い。カールしている。


「アナタ、兄さんの知り合い?」

「兄さん?」

「そ。アレックスはアタシの双子の兄さんよ。アタシは妹のキャサリンよ!」

「……妹」

「そうよン。い・も・う・と。間違えちゃダメよー」

「……いもうと、まちがえちゃだめ」


 繰り返してみた。

 妹って何だろう?

 僕は空に視線を送った。おそら、きれい。そう思った。







「貴方がアキト先輩が雇ったスナイパーですか?」


 視覚情報的に厳しい物を見たので、綺麗な物を見ていたら、声を掛けられた。

 視線をそちらに向けると、大人しそうな少女が居た。

 ふわりとウェーブが掛かったハチミツ色の髪をした可愛らしい眼鏡の少女だ。少し大き目の白衣の袖を捲っているのが何とも微笑ましい。

 その両側にはスーツ姿の、恐らくは同業者と思われる男が二人いた。ボディガードと言う奴だろうか? そんな物を雇う人を僕は初めて見た。

 誰だろう? そんなことを思いながら、


「はい、ドギー・ハウスのトウジです」


 と、名乗っておく。名刺は無いので、ドッグタグを見せておいた。


「やっぱり! 私、今回の最終コンペで先輩と競わせて貰うことになったプリムラ・アロウンです。今日はよろしくお願いしますね!」


 弾む様な声でそう挨拶された。


「はぁ、こちらこそ」


 取り敢えず挨拶を返した。


「……えーと、そのモノズ、エススですよね?」

「はい、そうです」


 指を指された子号が瞳を点滅させている。僕に何かを伝えたい様だが、さっぱり分からない。


「えと、あの、あ、アロウン社の物で装備を揃えていたりされるんですかっ?」

「いえ、特にそう言うこだわりはありませんが?」


 何が言いたいんだろう、この子は? さっぱり意図が掴めず、暫し、無言で見つめ合った。


「……あの、私の名前で何か気が付きませんか?」

「名前?」


 プリムラ・アロウン。

 アロウン社。

 あー……。


「ひょっとして、アロウン社の……」

「えぇ! そうですっ! アロウン社は父の会社です! 今日は『よろしく』お願いしますね、トウジさんっ!」


 それだけ言うと、嬉しそうに去って行った。


「……」


 何がしたかったのだろう?


「君、釘を刺されたんだよ、トウジ」


 苦笑い気味のアキトがやって来た。

「釘?」だが、生憎と僕には何のことだか分からない。それを見て「君には効果が無かったみたいだね」と、アキト。勝手に納得していないで説明をして欲しい。


「『私のパパはアロウン社の社長なんだから、私のムカデを選ばなかったらどうなるか分かってる?』って言われたんだよ、君は。他の二人は一流所で名が通ってるけど、君はまだまだ無名だからね、脅しが通用すると思われたんだよ」

「成程」


 つまりはどうでも良いことだった。







 先ずはアキトのトリガーハッピーのテストを行うことになった。

 塗装がされていない灰色の機体はアラガネと比べるとスリムな印象を受けた。頭部装甲はアラガネと同じでモノズを思わせるモノアイだ。付属としてギリースーツの設計図があったので、子号に頼み造っておく。

 ムカデとギリースーツを身に着けてみる。動かす。


「? 稼働音がしない?」


 ムカデは身体能力を上げてくれる。その為に補助の為のモーターがあり、普通なら動かせば稼働音がするのだが……。

 これはしない。


「……」


 まぁ、それだけだ。

 何かアキトが語りたそうにしているが、特に興味は無い。無いので訊かない。


「従来のモーター式から人工筋肉でのサポートをしています! これにより、作動音を抑え、敵からの発見を困難にしています。更に人工筋肉を生かす為に、補助脳を搭載していますので、使えば使う程、動き方の癖を学び、動作をスムーズにします。燃費の面でも――」


 訊いてないのに語り出した。

 まぁ、最終コンペなので、他の人の説明も兼ねているのだろう。同じく興味が無いルドをわしゃわしゃして暇を潰す。テンションが上がって、はわん! と大き目な声で鳴かれる。注目が集まってしまった。恥ずかしい。

 仕方が無いので、ルドを抱き、聞いているふりをすることにした。どうやらアキトのムカデは視覚、聴覚、そしてレーダー索敵などの面から発見され難いらしい。取り敢えず最後に「成程」と言っておいた。

 そうして試射に移る。

 三百メートル、五百メートル、千メートル先の的を撃つ。先ずは止まっている的、次は動いている的だ。

 まぁ、普通に当てた。誰も外さなかった。これで良いのだろうか?

 確かに当てやすい。一発目を撃った後の次弾装填作業の『暴れ』が抑えられているお蔭で特に二発目以降が顕著だ。ボルトアクションを使う僕には結構違いが大きいのだが、セミオート式の人だと、どうなのだろうか?

 アキトのトリガーハッピーは敵に見つからないことを主眼に置いていることもあり、何と言うかこちらのサポートをすることを主眼に置かれている様な気がする。

 次はプリムラさんのトリガーハッピーだ。

 使い慣れた伍式を取り上げられ、セミオートを渡される。


「……」


 セミオートは部品のバラツキによる命中精度の差が大きい。

 このムカデがスナイパーモデルである以上、命中精度は大きな要因になると言うのだが、これで良いのだろうか?

 そんなことを思いながらもムカデに銃を覚えさせる為に、十発ワンクリップを撃ち切る。

 次に、連れて来たモノズにアプリをインストールするように言われた。子号にインストールすると、子号が転がって来た。


 ――ぴっ


 メッセージが送られてきた。ムカデにではなく、態々、端末にだ。何だろうか?


 苦情:重い件

「……」


 苦情だった。取り敢えず見なかったことにした。悪いが、今は我慢して欲しい。

 アプリをインストールした子号はこれからそのアプリで狙撃の補助をするらしい。僕と子号の間に無線のラインが引かれる。

 そうして漸く準備が整った。だから試射に移ろうとした所――


「折角だから余興を凝らしてみましょうか?」


 プリムラさんがそんなことを言った。

 プリムラさんが合図をするとボディガードが何人かの子供を連れて来た。何れの顔にも脅えが有った。


「……」


 嫌な、予感がする。


「狙撃の際、味方の誤射は怖いですよね? 私のトリガーハッピーにはその対策も施されています! これから、この子達には、的の側から的に向かってチャージを仕掛けて貰います。そう、射線に被る様に、です。そしてお三方は、その後ろからの狙撃をお願いします」

「……」


 嫌な予感が当たった。ネックレスを弄る。師匠を見る。キャサリンを見る。何も言う気は無さそうだ。ネックレスの尖った部分を撫でた。


「あの、実弾を使う分けですし、当たったりしたら、拙いのでは?」

「大丈夫ですよ、トウジさん! わたしのトリガーハッピーは完璧です!」

「ですが、万が一と言うことも――」

「そちらも『大丈夫』です。この子達はスリーパーですから」

「……」


 そうか。そうですか。なら良い。

 その言葉を聞いて「それなら安心だ」と笑っている奴等が目に入った。僕も笑っておくべきだろうか? そんなことを考えた。「笑う必要はないわよ」耳元でキャサリンの声、見ればキャサリンも真顔だった。そうか。良かった。感謝を示す様に、キャサリンに黙礼を送った。

 試射を行った。

 止まっている的の時は特に問題は無かったが、動く的の時にそれは起こった。

 万が一を考え、神経を尖らせていた僕は速い段階で射線を見つけた。このタイミングなら、子供達には当たらない。だが、引き金が引けなかった。物理的にだ。焦る。次の瞬間、撃てのメッセージがヘッドセットに躍る。反応できずに、僕は撃たなかった。だが、僕の指は引き金を引いた・・・。放たれた弾丸が一人の子供の頬を掠め、的のど真ん中を撃ち抜いた。


「ご覧頂けましたか! これが私の開発したオート・スナイプシステムですっ!」


 弾んだ声が響く。

 そのまま、プリムラさんは商品説明に移る。画期的なシステムなのだろう。聞く側も随分と熱心に聞いている。


「大したシステムだ、そう思わないか、パピー」


 くくっ、と笑って師匠。


「ほーんと、千メートル先の動く的もど真ん中よ、凄いわよねぇー」


 しなを造りながらキャサリン。


「……お二人とも、目が、笑っていないのですが?」


 と、僕は言う。

 そんな僕を見て二人は今度は本当に楽しそうに笑った。笑って言った。


「お前もな」/「アナタもね」

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