プリムラさん

 プリムラさんの説明が終わった。

 師匠を見る。呑気に煙草を吸っている。

 キャサリンを見る。ひらひらと手を振っている。

 二人とも僕に言わせるつもりのようだ。


「……」


 空を見る。足元見る。ルドと目が有った。ひゃん、と鳴き声。いけ! と言われている様な気がした。苦笑いが浮かぶ。


「……あの」


 僕はゆっくりと手を挙げた。

 注目が集まる。それが目的とは言え、少し嫌になる。嫌になるが仕方が無い。ネックレスを握る。言え。そう言い聞かせる。言ってやる。そう決めた。


「このままでは不公平かと思いますので、アキトのムカデでも同じパフォーマンスをやらせては貰えませんか?」

「っ! トウジ、それはッ!」

「大丈夫!」


 叫ぶアキトに食い気味に言葉を被せる。


「大丈夫だ、アキト。大丈夫だ・・・・

「――っッ」


 それで黙らせる。そう大丈夫だ。君を信じているから、君の造ったムカデを信じているから――とは言わない。酷い話だが思ってもいない。

 僕は僕を信じている。

 それだけだ。


「私は構わないですけどぉー」


 そんな僕等のやり取りをまるで喜劇の様に見ているのだろう、嘲る様な笑いを隠しながらプリムラさんが言う。


「本当に大丈夫ですかぁ? もし、当たったりしたら死んじゃいますよぉ? 実弾ですから」


 クスクスクス。

 楽しそう。彼女も自分を信じているのだろう。自分が造ったオート・スナイプシステムを信じているのだろう。自身の最高傑作が成し得たことを唯のムカデと無名のスナイパーが真似出来るわけがないと。

 素敵だな。

 素直にそう思う。プリムラさんは素敵な女性だ。

 自分を信じられると言う時点で凄いことだ。


「……」


 だから僕は凄い。そう言うことだ。


「確かに、そうですね……プリムラさん、万が一に備えて彼等を僕が買うことは出来ますか?」

「いえいえ、トウジさん! 買うなんて言わなくて大丈夫ですよ。技能の無いスリーパーに使い道なんてありませんから。法が禁止しているせいで捨てたりすることも出来ないから、この後どうしようかと思っていた所ですので差し上げます」

「……どうも」


 僕は素直にお礼を言って、アキトのムカデを身に付けて行く。

 僕が譲り受けた子供の一人を呼ぶ、一番の年長者であろう少年が来た。それでも十二歳くらいだ。彼らは頼れる人が居ないこの時代にどんなことを思っているのだろう? ふと、そんな疑問が浮かんだ。

 いや、感傷に浸るのは後だ。今は動け。


「手短に行きましょう。君、名前は?」

「ソウタです」

「良し、ソウタ。少し質問をしよう。彼女を痛い目・・・に合わせてみたくは無いか?」

「え?」

「僕はそう・・してやりたい。僕もスリーパーだからね。それなり程度には――怒っている」

「うん、でも――」


 人差し指を口の前に持って行く「しー」と言って続く言葉を止める。


「『でも』は無しにしておこう。単純な二択だ、やるか、やらないか」

「やり、ます。――やる!」


 良い返事だ。僕は笑い、彼の頭を撫でる。それから手に馴染んだ伍式に弾丸を装填する。三発だ。それ以上は撃たないから、それで良い。


「ソウタの他に走る子は?」

「――」


 無言で二人の少女が進み出た。年の順。大きな子が小さな子を庇っている。

 そう言うことだ。


「――、――」


 息を吸い、息を吐く。

 感情フラットにした。僕は何時かの様に青い色を思い浮かべた。

 ソウタにしたのと同じ質問をした。ソウタと同じ回答が返って来た。僕はソウタにした様に彼女達の頭も撫でておいた。


「僕を信じろとは言わないし、言えない。神様には祈っても良いし、祈らなくても良い。やることなんて単純だ。プリムラさんに恥をかかせる。それだけだ。兎に角勝てオーダー・トゥ・ウィン。以上」







 単純化する。単一化する。

 馬鹿な僕は事象を単純化する。やることは的に当てる。

 不器用な僕は行動を単一化する。やることは的に当てる。

 つまりは的に当てれば良い。

 簡単だ。

 三発の弾で三つの的を撃てば良い。

 だから僕は撃った。

 連続精密射撃ラピッド・スナイプ

 左手が躍り、レバーが煽られる。

 セミオートに連射性能で負けるのならば、狙う段で差を付けろ。

 機械を僕は越えた。研ぎ澄まされた感覚が未来を撃つ。

 ただ、それだけだ。







「ふぅぅぅぅ――」


 久しぶりに呼吸をしたような気がする。

 世界が広がった様な感覚がする。いや、違うな。世界が戻った様な感覚がする。

 周囲を見渡す。的とソウタ達の位置関係を確認する。子供たちに傷は無く、ど真ん中を撃ち抜いている。さて、では肝心な部分はどうだろう? 三百メートルの的、微妙だ。五百メートルの的、これも微妙だ。千メートルの的、コレは――明らかに僕の方が速い。良かった。上手く行った。

 驚いた様な視線が僕に集まっていた。師匠は笑いながら煙草を吹かしている。拳を突き出される。それに合わせる。がつん。


「良い腕だ、パピー、いや、ハウンド」

「ありがとうございます、ハウンド」


 にやりと笑い、映画のワンシーンの様に擦れ違う。

 視線の先にプリムラさんが居た。


「パフォーマンスだけ見るとアキトの方が性能が良さそうですね?」

「――っ! え、えぇ、そ、そうですね。でもアレはどちらかと言うとムカデの性能では無くて、トウジさんの『腕ッ!』ですよねっ!」


 強調された単語に苦笑い。


「えぇ、はい。そうですね。アレは、僕の腕の成せる業です」


 すごいだろー、と力こぶを作ってみせる。


「……理解して頂けているのでしたら結構です。そのこと、しっかりと覚えておいてくださいねっ!」

「えぇ、ですから。貴女も覚えておいてください」

「?」


 不思議そうな顔をするプリムラさんは何だか少し可愛かった。







 生産性、不具合率、安全性、色々な評価項目が有る物の、やはり、現場の意見が大きいのがムカデだ。

 何と言っても命を預けるのだ。生産性を上げる為に生存能力を下げました、でもその分お安くなっておりますよ、は通じない。


「それでは、スナイパーの御三方の意見を窺っても宜しいですか?」


 だから、当然、こうなる。

 カミサワ重工の社長だと言うカミサワ某社長はそう言って僕達テストパイロットに話を振って来た。

 現場を知らないお坊ちゃま社長――と、言う分けでは無いのだろう。そこには欠点に気づきながらも、若者を試す為に話を振っているのが見て取れた。

 僕は頭を掻いた。

 若者。そう、若者だ。つまりは僕だ。『スナイパーの御三方』と言いながら、その実、質問が向いているのは僕だけだった。その証拠に、社長の隣には師匠が居るし、キャサリンはお手並み拝見とでも言いたげに腕を組んでいる。

 因みに僕以外の若者は、質問すらされていない。いや、正確には聞いていない。アキトはオート・スナイプシステムを前にして、完全に戦意を挫かれているし、プリムラさんはもうすでに勝った気でいる。

 自分で言っていて悲しくなるのだが、僕が一番しっかりしていると言うこの状況は色々と終わっていると思う。


「先ず、先に商品のコンセプトを確認させて下さい。その後で、僕の意見を言います」


 そんな終わっている状況なので仕方が無い。僕は溜息と共に言葉を吐き出した。


「えぇ、今回ははっぴぃプロジェクトの第二弾と言う位置づけですからな、第一弾のブレードハッピーと同じコンセプト、ずばり『強い兵士を造る』、まぁ、この場合は『強い狙撃手を造る』と言った所ですかね」

「成程、『強い狙撃手を造る』ですね」


 言いながら僕はにやりと笑う。

 僕だってたまには反撃したいのだ。


「でしたらプリムラさんの方かと。あれなら手軽に『強い狙撃手』が出来上がります」


 何気ない風にそう言うと、アキトは「やっぱり……」と項垂れ、プリムラさんは「やっぱり!」と跳び上がった。師匠は苦笑いをして、キャサリンは、ぷっ、と吹き出した。そして目の前のカミサワ社長が慌てだした。

 まぁ、仕方が無いだろう。

 プリムラさんの方を売りに出せば間違いなくカミサワ重工は悪評を得る。得る悪評は『狙撃手殺し』辺りだろうか?

 だが、そんなことが分かっていない若者の一人はとても嬉しそうだ。


「ちゃんと『覚えて』いて下さったんですね、トウジさん! そうですよね! 私のトリガーハッピーの方が優れていますよね! あぁ! これでやっとお父様の会社に戻れますっ!」

「戻る、と言うことは修行か何かですか?」

「はい! ここの技術を学ぶ為に来ていました!」

「成程」


 だったら余り学んでいなさそうだ。僕は口の中だけでそう呟いた。

 電子機器と光学兵器に強いアロウン社には悪癖がある。

 それは実際に使う兵士から『遠い』、と言うものだ。

 ファンもいる。技術力もある。性能だって良い。だが、稀に命に係わる『仕様』と言う名の初期不良がある。発火するスマホみたいなものだ。

 最近はそう言った『仕様』は少なくなっていると聞いた。社長令嬢であり、技術者でもあるプリムラさんが社外に出されたのもその一環だろう。

 だが、はしゃぐお嬢さんをみると無駄だったようだ。


「さぁ、トウジさん、身体のサイズを測らせて下さい、お渡しする報酬の方、しっかりと仕上げさせて貰いますからねっ! あぁ、何だったら予備も含めて二機ほど――」

「いえ、要りません」

「そうですよね! 私のトリガーハッピーなら一機で十分――」

「いえ」


 心持ち、強めに。手でも言葉を制しながら。


「そうではなく。純粋に要りません、アレ」


 僕はプリムラさんの自信作を『アレ』と言う。


「――ど、どう言う、ことですか、トウジさん? 『覚えて』いらっしゃらないんですか?」


 腸煮え繰り返るとは良く言ったものだ、子供たちは勿論、集まった大人の何人かも後退る迫力がそこには有った。


「アキト、当初の話とは違ってしまうのだが、君のムカデを貰う――いや、買わせて貰うことは出来ないだろうか? あのムカデは良い物だ」

「トウジさんっ!」


 叫び声、うるさいな、そんな雰囲気を匂わせながら、僕はプリムラさんに向き直る。


「プリムラさんこそ『覚えて』いないんですか?」

「覚えていますよ、だからっ――」

「だったら進めないで下さい。狙撃が下手になる『あんな物』」

「あ、」


 プリムラさんが大きく目を見開く。

 気が付いてくれたらしい。


「そうですね。分かりやすく言うと――」


 僕は意識して笑う。馬鹿にした様に笑う。嘲る様に笑う。笑って言う。


「あんな出来損ない『使い道なんてありませんから』貰っても困ります」

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!」


 真っ赤になって歯を軋ませるプリムラさん。

 怒鳴らないかな? 怒り狂ってくれないだろうか? 我々の業界でのご褒美と言う分けでは無いが、社長令嬢が怒鳴り散らすと言うのは中々に『お行儀が良い』と思うのだが。


「お、おは、お話はわかり、ました」


 だが流石は社長令嬢。何とか堪えたようだ。何とか自尊心を保てる拠り所でも見つけたのだろうか?


「……」


 まぁ、大体予想は付いている。

 つまり、僕は暫く攻撃表示だ。


「それでも、私のトリガーハッピーが正式採用と言うことに変わりは――」

「えー、進めといて、何ですが……正直言うと、それも、止めた方がよろしいかと」

「何でですかッ!」


 怒鳴られた。今にも殴りかかられそうだ。

 悲しいことに、僕がプリムラさんよりも弱い可能性が捨てきれないので、さり気なく移動してアーシェリカの傍に立つ。

 アーシェリカが呆れた様に溜息を吐きながらゆっくり立ち上がり、僕の前に座ってくれた。僕を見るその眼差しは完璧に駄目な弟を見るそれだった。


「オート・スナイプシステムの肝はモノズの観測との連携だと思うのですが――」

「えぇっ! そうですよ! 敵の傍に潜らせた観測手であるモノズの計算機能をフルに使った弾道予測を超えた命中確率の操作ともいえる未来計測っ! そのシステムの何処に問題があるって言うんですかっ!」

「それ、ツリークリスタルが大量にある実際の戦場でも使えますか?」

「――」


 完璧に黙った。

 それで、これまでプリムラさんの方のムカデを押していた方々も黙ってしまう。当然だ。これはもうムカデとして成り立っていない。

 予想はしていたが、やはり使い手との距離が有り過ぎる。お粗末すぎるオチだ。

 ツリークリスタルは電波をばら撒いている。長距離の無線通信はモロにその影響を受ける。僕も戦場ではAチームやCチームを間に入れて他の狙撃班と連絡を取っている位だ。

 確かに近い距離ならば、問題は無い。だが、スナイパーの仕事を考えると、近い所では問題が無いと言うのは何の救いにも成らない。更に――


「モノズへの負担が大き過ぎます。観測しか出来なくなる上に、処理の際の熱に、稼働音も凄い。これでは簡単に見つかって、しかも逃げれない。モノズを大事にしない兵士は、余りいませんよ?」


 ちらり、と師匠を見る。頷かれる。合格らしい。良かった。


「まぁ、競技用なら需要があるんじゃないですか?」


 僕は適当にそんなことを言った。

 全員ソレを使って全員優勝、そんな、ゆとり教育式運動会が思い浮かんだ。


「あー……馬鹿みたい。所詮は学が無い傭兵ですね。がっかりです」

「……はぁ」

「科学の進歩にはトライ&エラーが必要なんです。性能に問題があっても、使い続ければ改善点が見えてくる。その為には新しい物を使う勇気が必要なんです。それなのに……古い伝統や技術にしがみ付くの、止めてもらえますか?」

「技術の進歩の為に、今の兵士は犠牲に成れ、と?」

「えぇ、そうです。人類はそうして進歩してきたんですから。はぁ、これだから学の無い人は嫌いなんですよ。目先しか見ないから。大体――」

「師匠」


 多分、自分でも何を言っているか理解していないであろうプリムラさんを、放置し、師匠に話しかける。


「どうした、ハウンド?」

「僕がプリムラさんに暴言を吐いたとして、どれ位なら揉み消せますか?」

「そうだな。アロウン社の社長は常識がある男だ」


 つまり――


お気に召すままにアズ・ユー・ライク、だ。ハウンド」

「それは、それは――」


 有り難いことだ。


「プリムラさん、プリムラさん」


 僕はアーシェリカの前に出ながら声をかける。


「何ですか、傭兵……ッ!」


 屈み、プリムラさんと至近距離で目線を合わせる。

 プリムラさんが驚いている。ボディガードが動く気配がする。

 だが、たった一言だ。さっさと済ませてしまおう。


自慰行為オナニーが気持ち良いのは分かったから、人に見せない様にお家でやりな。恥ずかしいぜ、お嬢さんビッチ?」


 僕は低い声で言って、プリムラさんと擦れ違った。

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